コルルオンライン――廃人様に連れられて、タマゴとふるふる狩りざんまい――

大舞 神

第1話 一話:チュートリアル

 狭いワンルームアパートの一室。


俺は配達指定時間を過ぎた配達物を待ちながら、ネットで情報収集をしていた。




「んーーーー。 どっちかなぁ? 両方か??」




 俺を悩ませる憎い奴。 VRMMORPG、ネットゲームだ。




「でも、両方やる時間はないし、金もかかるしなぁ……」




 一人暮らしの貧乏大学生には、月に五千円ていどの課金でも、二つは難しい。


スマホに交友費、毎日の食事に電気代だってばかにならない。 実家のしけた仕送りなんて速攻で溶ける。 どこかに割りの良いバイトないかなぁ……。




「守護獣と共に成長していく物語……」




 久しぶりのネトゲ。


 悩んでいた二つの作品。


選ぶ決定打となったのは守護獣――コルルだ。




「よし! コルルオンラインに決定!!」




 俺が選ぶと同時。


待っていたかのように配達指定時間を過ぎた配達物の到着を告げるチャイムが鳴った。




『ピーンポーン』




「はいはーーい!!」




 遅れたことに悪びれる様子の無い配達員。


目の隈が酷い。 なんか言ったら逆ギレされそうだから何も言わない。




「ご苦労様で~す」




 サインを貰うと颯爽と去っていく背中に敬礼し、俺はさっそく小包を開封するとしよう。




「ひひ」




 小包の中身は黒光りするヘルメット。 


最新のVR機器は顔を丸ごと覆うヘルメットタイプだ。


 フルダイブシステムに対応していて、ゲーム内のアバターと完全リンクすることができる。


 実家にいた頃は旧型の大きなカプセルタイプならあったんだけど、ワンルームマンションでは厳しい。 たぶん入口のドア、通らないし。




「久しぶりだな、上手くいくかな?」


 


 心配は杞憂。


問題なく、ヘルメットを被るとプライベート空間への接続に成功した。


 そこは小さな部屋だ。 そこかしこに昔やっていたゲームのアバターや、お気に入りのスクリーンショットが飾れている。 今は終わってしまったゲームのフィールドBGMが静かに流れている。




「よし! やるぞぉ!!」




 アバターもほどほど、クラスも直感。 


俺は初期設定を終えるとすぐにゲームにアクセスした。


 高鳴る鼓動。


身体異常のアラートが鳴らないか心配しながら、俺はゲームの世界へと入る。




 電脳の滝を遡り、俺の意識は光りの世界に溶け込んでいく……。








◇◆◇








『ようこそ、コルルオンラインへ!』




 目を覚ますと、そんな声が聞こえた。


辺りを見渡しても声の主は見つからない。 ぽっかりと空いた森の空間に一人で佇んでいた。


 服装が変わっている、茶色のズボンと白い長袖にサンダル。 防御力皆無の初期装備だ。






「……どこ、ここ?」




 見上げれば曇り空。 


耳をすませば風に揺れる木々の音が聞こえる。


 周りを注意して見渡すと、森の隙間に小道を発見する。




「行ってみるか!」




 手を開いて握り、感触を確かめる。


体の隅々まで確かめて、一つジャンプをしたら、走り出す。


 森の空間を抜けて小道まで行くと、変な音がした。




ピロロン。




「お?」




 視界の右端に、メッセージの着信を知らせるアイコンが点滅する。




++++++++++++++++++++++++++




★チュートリアル★




1.体を動かしてみよう。


2.メッセージを確認しよう。


3.アイテムを受け取ろう。


4.ステータスを確認しよう。


5.戦闘をしてみよう。


6.村まで行ってみよう。




報酬:???




++++++++++++++++++++++++++




 右手を視界の端に持っていき、引っ張るようにスライドさせるとメニューバーが現れる。 メッセージを開くとチュートリアルが確認できた。




「アイテムって、これか?」




 メニューにあるアイテムボックス。


中には体力を回復させるポーションが十個と……。




「木の棒かよ……」




 物理攻撃力は最低の一だ。


アイテムボックス内の木の棒をタップし、目の前に現れた木の棒を掴む。




 軽い。 


俺の手にあつらえたかのような握り心地。


 素振りをすれば空気を切り裂く心地よい音が耳についた。




「まぁ攻撃力は一なんだけどね……。 ステータス」


 


――――――――――――――


名前:ノリオ


クラス:アサシン


種族:ヒューマン


レベル:1


ギルド:




HP:80


MP:100




力:12


体力:8


敏捷:15


器用:14


知力:9


精神:10


SP:0




スキル:【短剣.Lv1】【投擲.Lv1】【バックスタブ.Lv1】


スキルポイント:0




物理攻撃力:21


魔法攻撃力:10


クリティカル:2.5倍(クラスボーナス+0.5)


攻撃速度:20




物理防御:0%


対火炎属性:0%


対風雷属性:0%


対水氷属性:0%


対土岩属性:0%


ダメージ軽減:0%


―――――――――――――― 




 ネットゲームではお馴染みのステータスを唱える。


HPやMPだけの簡素なものもあれば、詳細に表示してくれるゲームもある。


どうやらコルルオンラインは後者のようだ。




「初期スキルは三つ。 後はスキルブックで覚える、と」




 スキルを覚えるにはスキルブックと呼ばれるアイテムが必要。


スキルレベルを伸ばすにはレベルアップで貰えるスキルポイントを消費して上げていく。


 事前に調べた情報ではそんな感じ。




「ま、よくあるタイプだな」




 クラスはアサシン。


火力特化の近接キャラ。 


回復職よりHPと防御が低い紙火力だとか。




 このゲームのメインコンテンツが大規模戦らしく、死に職と呼ばれている。




 終わってるという意味なのか、死にやすいと言う意味なのか、はたまた両方か。


 コルルオンラインは新規のゲームではなく、サービス開始からそろそろ一年ほど経つらしい。 死に職、つまり不遇職だとパーティプレイとか大丈夫かな? アサシンお断りとかされちゃうかも?




 まぁ、気楽なソロプレイも悪くないか。




「お……」




 敵だ。


森の小道を進んでいくと、敵性対象である赤いカーソルが見えた。


 カーソルに示されるのは……。




「なんかめっちゃ強そうなんだけど……?」




 見えたのはカラスの仮面を被ったロングコートを着た人物。


ロングコートには華美な装飾が施されて、どこか軍服のようにも見える。


 石の祭壇のような物を見つめ怪しげな雰囲気。 


たとえ赤いカーソルが無くても警戒心はマックスだったろう。




『……誰だ?』


 


 見つかった。




『フン……。 雑魚か』




 いけ好かない男の声。


 仮面から覗く赤い瞳は嘲笑の色を浮かべている。


そりゃ雑魚でしょ。 まだレベル一だからね? 始めたばかりだからねっ!




『孵化まではまだ時間がある。 ……余興だ、踊ってみせろ!』




 どこの大佐ですか!? と、ツッコミを入れる前に仮面の人物が突き出した手の下に魔法陣が描かれる。 赤い光を伴い地面に描かれる魔法陣。 複雑な文字と図形。 得体の知れない雰囲気に恐怖を感じる。 魔法陣から何かが生まれると同時、俺は木の棒を構えた。




「――スケルトン!」




 動く骸骨、スケルトンだ。


アンデット系モンスターとしてはお馴染みの雑魚。


頭の上には『サモン:スケルトン』と赤いマーカー付きで出ている。




 雑魚には雑魚をってことか? 




 俺が仮面の人物を睨むと。 


爛々と赤い瞳を宝石のように輝かせるスケルトンは、白い何かを大きく振りかぶった。




「っ!」




 大腿骨。


俺は大振りの一撃を難なく躱し、スケルトンの持つ武器を確認した。


 木の棒対大腿骨。


果たしてどちらが武器として優秀なのか、その優劣を決めろとでも言うのだろうか?




「シッ!!」




 手に持つ木の棒、一メートルもないソレをスケルトンに突き出す。


鋭いとは言えない突き。 しかし、体勢を崩していたスケルトンの肩に直撃する。


 スケルトンをぐらつかせると同時。 薄紅色のエフェクトが宙を散る。




「おっと!」




 スケルトンは振るう、真っ白く太い骨を。


でたらめな攻撃を一歩引いて躱す。 俺は軽い突きを繰り出し、また一歩下がる。


 戦いは一方的。


たしかに俺はレベル一の新規だが、VRMMO初心者という訳ではない。


真っ白な頭蓋骨の眼窩に光る赤は揺らぎ、感情があるかも分からないスケルトンの焦りを表しているようだった。




「三段突きぃい!」




 大きく振りかぶった隙へ、俺は三連続の突きをお見舞いする。


片足を上げ天を仰ぎながら倒れないように堪えるスケルトン。 俺は踏み込み、隙だらけの側面を無視して死角の背後に移動する。


 


「――――バックスタブッッ!!」




 態勢を戻したスケルトンの視野に俺はいない。


背後からの必殺。 その隙だらけの背中に≪バックスタブ≫を炸裂させる。


 握りしめ、突き出された木の棒はうっすらと紫紺の輝きを放っていた。


 


『――カッカッカッァ……』




 一発ごとにスケルトンのアゴはカタカタと鳴り、最後の一撃がヒットするとスケルトンは崩れ落ちた。 バラバラと崩れ落ちる骨格。 骨の山の上でこちらを見つめる眼窩にはすでに赤い光は無かった。




『チッ……。 見世物のぶんざいで、粋がるなッッ!』




「――ぐっ!?」




 影が、地面から伸びた影に首を絞められる。


一瞬でHPバーは減少し、生命の危険を暗示するかのように視界の枠は赤く滲む。




(……死ぬ?)


 


 あまりに理不尽な展開。


指一本動かせず、ただただ殺されるのを待つしかない。


 仮面の人物の口元は歪み、三日月を描いた刹那。




 死をもたらす者が現れた。




『――――ッッ!?』




 仮面の男の背後。 両手に短剣を持った黒ずくめの人物が奇襲を仕掛けた。


両手に持つ短剣は紫紺の光を放ち、仮面の人物の首を的確に跳ね飛ばす。


……と、思ったのだが。




「……!」




『貴様ぁ……!!』




 仮面の人物を守る何かに阻まれる。


紫紺の光と、紫紺の闇が弾け合うように甲高い音が響いた。


 突然の襲撃者に対し、仮面の人物の激怒した声は大気は震わせる。


構え直した黒ずくめに焦りの色が見える。




「シオン、離れろ!」




 その声に黒ずくめが離れた瞬間。


炎柱が、仮面の人物を中心に燃え上がった。




「やったか!?」




「……無理。 使いっぱしりじゃなさそ……」




 新たに三人。


長い剣を持ったアホそうな剣士とワンドを構える黒ローブの女魔術師。


 未だ燃え盛る炎柱を見つめている。


さらに影から解放され片膝を突いた俺に近づく者も。




「大丈夫ですか? ヒールライト!」




 巨乳だ。 違った、いや、違くはないが神官だ。


 ≪ヒールライト≫の効果か、エメラルドのエフェクトが俺を包む。


HPバーが回復すると共に、赤く滲んでいた枠も直った。




『……小賢しい。 こんな脆弱な炎が、我ら魔族に効くと思っているのか?』




 底冷えする程の殺意と共に仮面の人物は炎柱を掻き消した。


辺りの時は停まったように緩やかに進み、俺は恐怖を感じてしまっていた。


となりにいた神官も一緒だ、僅かにその肩を震わせている。




「くっそ! やるっきゃねぇぜ!!」




 虚勢を上げ、アホっぽい剣士は剣を構える。


黒ずくめも短剣を構え直し、魔術師も詠唱を開始する。


 神官も巨乳を震わせながらも、前を見据え、仲間の背中を守る。




 彼らは恐怖を感じても、恐怖に負けない勇敢さを持っていた。






『雑魚が……。 それが小賢しいと言うのだ! ――死ね!!』




 仮面の人物――魔族はその言葉と共に爆発した。




『ぐあっ!?』


 


「なんだあ!?」




 天からの爆撃。


魔族を目がけ魔法が吹き荒れる。 


 複数の魔法攻撃に、魔族を守っていた何かは甲高い音を立てて弾けていく。




『チィッ! あと少しの所だというのに……。 羽付きどもめっ!!』




 天を見上げ神に吠えるように悪態をついた魔族は、石の祭壇へ手を向けた。




『仕方あるまい』


 


 放たれた魔弾。


ドッチボールほどの紫炎の球は祭壇に直撃し、石は音を立てて崩れていく。




「あっ! 待てっ!!」




 崩れた祭壇から視線を戻すと、魔族は逃げ出していた。


追いかけようとする剣士を黒ずくめが制しする。 魔術師は嘆息し、神官はほっとスタッフをおろした。


 その時だ、俺たちの上を何かが高速で通過していく。




「おお……?」




 真っ白な翼を広げ人が飛んでいる。


魔族が言っていた羽付きどもだろうか?


 そんな種族は無かったと思う、NPCかな。




「おーい、大丈夫か?」




 ぼうっと空を見上げていたら、剣士たちに囲まれていた。


声をかけてきたのはアホっぽい剣士。 いや、助けてくれた人物にアホっぽいは失礼か。


 赤茶色の短髪、やんちゃそうな顔立ち。 動きやそうな服装だが急所にはしっかりと防具をつけている。




「祭壇が……。 あれでは……タマゴはもう……」




 巨乳の神官は壊された祭壇を見て悲しそうな表情を見せていた。


神官服と言ってもたくさんある。 この巨乳神官は正統派だ。 白と青を基調とした清楚な服装。


 まぁはちきれんばかりに胸元はぱっつんぱっつんだけど。


黒ローブの魔術師と黒ずくめの短剣使いも、静かに崩れた祭壇を見ている。




『――――』


 


「ん?」




 何かに呼ばれた気がした。


俺はなんとなく、崩れてしまった祭壇に足を向ける。


 魔族の攻撃で周りの草も焼け、焦げた臭いがした。




「あっ」




 瓦礫をどけると、大きなタマゴを見つけた。


両手ではないと持てないような、バレーボールくらいあるタマゴだ。


 恐竜のタマゴでないのなら、きっとコルルのタマゴじゃないか?


このクソ長いチュートリアルは、守護獣のタマゴ獲得フラグだったのか!




「割れて……ないな」




 タマゴの無事を確かめる。


俺が持つと僅かに動いた気がする。 そういえばあの仮面の魔族がもうじきとか言ってたような。




「おわっ!?」




 俺の手の上で激しく揺れるタマゴ。


う、産まれるのか!? 動揺しながらも俺は落とさないように両手で押さえる。




「おお! 無事だったのかぁ!!」




「産まれそうだね!」




「神の奇跡です!!」




 ビキリ!


タマゴに大きなヒビが入った。


 俺を含めた五人がその瞬間に固唾を飲む。




――!




 タマゴが眩い光に包まれる。


激しい点滅を繰り返し、やがて光は収まっていく。




 それはつまり、俺の守護獣――コルルが姿を現すのだ!!






「「「「「……」」」」」




 その姿に五人の間に沈黙が流れた。 




「タマゴ……?」




 先ほどまであった大きなヒビすらない。


真っ白な大きなタマゴ。 どうゆうこと?




「えっ?」




「……」




 じっとタマゴを見つめていると、目が合った。


クリっとしたパッチリおめめ。 瞼をあけるように瞳の分だけカラが開き、金の瞳がタマゴに出来た。




「これは……新種のコルルですね」




 巨乳神官曰く、コルルではあるらしい。




「はは、なんにせよ、クエストクリアだな!」




「クエスト?」




「ああ、冒険者ギルドの緊急クエストさ! コルルの祭壇に出没する怪しい人物からコルルのタマゴを守れってな?」




 剣士は嬉しそうに喋る。 




「はぁ、能天気ねぇ? 私たちだけじゃやられてたわよ。 天人族の騎士団が来なかったらやばかったわ……」




「……」




 黒二人が調子に乗る剣士をたしなめる。


彼らの関係性が見えてきたところで、彼らの上にあるマーカーに気づいた。


 青色のマーカー、味方のNPCを表すマークだ。 先ほどまではなかったはずだけど。




(NPCなのかぁ……)




 残念。


巨乳を寄せてコルルを凝視する神官ちゃんもNPCだ。


 残念でならないね!




「よし! はやくギルドに戻ろうぜ?」




「まったく……。 帰ったら反省会だからねっ!?」




 こうして最初のイベントは終了した。


彼らとともに村へと向かう。 それでチュートリアルもクリアだろう。




(???はコルルのタマゴだったのか?)




 チュートリアルのメッセージには報酬???と、未だに表示されている。


なんにせよ村まで行けば分かるだろう。 


 俺はタマゴ――コルルを両手で持ったまま彼らの後をついてく。




「お前……歩けないの?」




「……」




 手の上で震えるタマゴ。 


どうやら俺の守護獣は役に立たないらしい……。






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