第8話 マクベラ


マクベラは、ミラリーゼ子爵家の次女だった。子爵家の3女として生まれたマクベラ・ミラリーゼは、思い通りにいかない幼少期を送っていた。


マクベラの着る服や、持ち物は全て姉たちのお下がりだった。学院の制服でさえ両親はマクベラに買ってくれなかった。長女と次女の誕生日は祝うのに、3女のマクベラの誕生日には小さなプリンだけ出された。両親から厄介者のように扱われている事をマクベラは感じていた。茶髪で薄い緑色の瞳、凡庸な顔立ちのマクベラ。お世辞にも美しいとは言えないマクベラ。


マクベラは母から時々言われていた。

「貴方が、もっと美しかったら嫁ぎ先にも困らなかったでしょうに。」


ミラリーゼ子爵家は、長女が婿を取り引き継ぐことになっている。整った顔立ちの次女には何件か縁談が来ているらしい。だが、3女のマクベラには、後妻か妾の話しか来ていなかった。


マクベラは思い通りにならない鬱憤を晴らすように、大好きな劇団に通うようになった。特にマクベラのお気に入りの劇団員がいた。金髪の美しい男性だった。あんな美貌がマクベラに合ったなら、きっと両親も私を大事にしてくれた。


その劇団員はロビンという名前だった。マクベラは出来る限り劇団へ行き、時には劇場の外でロビンが出てくるのを待つ。





あの人が欲しい。




あの人が、、、、、




その日は、ロビンは他の劇団員たちと酒を飲んだのか酔っているらしかった。価値がないマクベラを待つ家族なんていない。マクベラは時間がある限りロビンを見ていたかった。


自宅へ帰るロビンが、フラフラと自宅へ入ったのをマクベラは確認した。


鍵を閉める音がしない。


マクベラは、ロビンの後をついてそっと家の中に忍び込んだ。


ロビンは寝ぼけながら、マクベラを誰かと勘違いしているようだった。


マクベラは幸せだった。ロビンと愛し合う事ができた。私のロビンとやっと。











次の日の早朝、マクベラに気が付いたロビンは激高した。


「どういう事だ。君は誰だ。」


マクベラは反論する。

「私よ。マクベラよ。何度も目があった事があるでしょ。ロビン。だってプレゼントだって何度も送ったわ。


ロビンは顔を青ざめて言う。

「まさか、君があれの犯人か!」


マクベラは言った。

「犯人って何の事。」


ロビンは言う。

「何度も脅迫文を送ってきただろ。女性の劇団員を解雇しろ、女性を見るな触るなとか。劇団にも手紙を送って、演技内容を変えるように脅したじゃないか。劇団員に危害を加えると仄めかす文章を入れて。」


マクベラは言った。

「あれは、貴方の事を思って、、、、」


ロビンは、マクベラの腕を引き、部屋の外へ追い出した。





「もううんざりだ。


気持ち悪い。


まさか家の中まで入り込むなんて。


お願いだ。



俺の事はもう忘れてください。」





そのまま、強引にドアが閉められた。




マクベラは憔悴し自宅へ帰った。


ロビンとは何度も目があったし、微笑みかけてくれていた。


愛しあっていると思っていた。


マクベラがこんなにロビンの事を愛している。


ショックを受けたマクベラは体調を崩した。1週間後再び劇団を尋ねると、ロビンは劇団を辞めていた。劇団員に尋ねても誰もロビンの行方を教えてくれない。


マクベラは愕然とした。







しばらく、憔悴し自宅に引きこもって生活していたマクベラだが、あの時から半年たってマクベラは自分が妊娠している事に気が付いた。


愛しいロビンとの子供。









だが、そんなマクベラに縁談が舞い込んできた。




妻を亡くしたオーガンジス侯爵家が後妻を探しているらしい。オーガンジス侯爵は、妻をとても愛していたらしく、後妻は幼い息子の為に娶る為、形だけの夫婦生活を希望しているらしかった。



今までで、最もいい縁談だった。



結婚は、前妻の喪が明ける1年後となっていた。


マクベラは、両親へ愛しい人との子供を妊娠している事を告げた。




事情を聴いた両親は激怒した。だが、オーガンジス侯爵家との縁談を逃すわけにはいかない。子爵家から打診してやっとまとまった縁談だった。相手が侯爵家という事もあり、マクベラの事が知られると貴族中に知れ渡る事になる。


母の子爵夫人が言った。

「こうなったら、その子の事を隠し通しましょう。侯爵様も、貴方の夜の務めを望んでおられないわ。結婚後、知られる可能性も低いでしょう。」


父の子爵も言った。

「そうだな。生まれた子供は我が家で引き取ればいい。まだ長女夫婦には子供がいない。うまく行くだろう。」


マクベラは、言う。

「私が、育てる事は出来ないのでしょうか?」


両親は怒りの籠った表情で言った。

「なにを馬鹿な事を。この結婚は、お前のわがままを通せるようなものではない。子爵家の未来がかかっているのだ。お前だって、侯爵夫人になりたいだろう。いい結婚相手を望んでいたではないか。」


マクベラは両親の意見に同意した。











マクベラが産んだ子供は金髪で緑色の瞳のとても美しい娘だった。メアリージェンと名付けられ姉夫婦が育てる事になった。


メアリージェンは愛するロビンとそっくりだった。


マクベラはメアリージェンの虜になった。


無事オーガンジス侯爵家に嫁いでも、美しいメアリージェンの事を忘れる事なんてできなかった。


夫となったオーガンジス侯爵は、マクベラと結局籍を入れなかった。


元妻に操を立てて、籍をいれないが、侯爵夫人としての地位を約束すると告げられた。


それでもよかった。


侯爵夫人として屋敷を切り盛りし、新しく息子となったライルに教育を施す。


次第に、マクベラ夫人の事を信頼してきたのか、オーガンジス侯爵はマクベラ夫人に家のすべてを任せるようになった。


年老いた管財人を思いやるふりをして、帳簿をマクベラ夫人がつけるようにした。


屋敷の使用人達を定期的にねぎらい、好感を上げた。


茶髪で薄い緑色の瞳、凡庸な顔立ちのマクベラ夫人はとても真面目そうに見える。だれもマクベラ夫人の事を疑わなかった。


オーガンジス侯爵家の財産を横領し、姪のメアリージェンにたくさんの物を買い与えているなんて。


メアリージェンは金髪で緑色の瞳をした派手な顔立ちの美人だった。マクベラ夫人に全く似ておらず、血縁関係を疑う者はいない。


よく屋敷を訪れるメアリージェンはとても使用人達に可愛がられた。父の才能を引き継いだのか、メアリージェンには周囲を魅了する才能がある。








メアリージェンが年頃になった頃、マクベラ夫人は久しぶりに愛しい人と出会った劇団を訪れた。


劇団には光り輝く人がいた。


愛するロビンにそっくりの若い青年が、、、、
















(ロビンだわ。帰ってきたのね。なんて素敵なの。)


あの時は、失敗した。


だから次こそは、、、、











すでに夫のオーガンジス侯爵は亡くなり、屋敷はマクベラ夫人と、時期侯爵夫人になると思われているメアリージェンに支配されていた。仕事が忙しく不在が多いライル・オーガンジス侯爵は、うすうす何かが可笑しいと感じている様子だが、決定打を掴めていないみたいだった。



マクベラ夫人は、侯爵家の財産を集め、郊外に小さな家を購入した。


外から何重にも鍵がかかるその家は、マクベラ夫人の理想郷だった。


そこに、マクベラ夫人は劇団で見つけた若いロビンを連れていった。若いロビンには、侯爵家が後援者になるから契約して欲しいと持ち掛け、誘い出した。


若いロビンは言う。

「夫人?本当にここですか?こんな所に後援者が?」


マクベラ夫人は、そっと睡眠薬が入ったお茶を差し出した。

「ええ、必ず来られるわ。少し一緒に待ってくださいね。」









若いロビンを眠らせ鎖でつなぎ監禁した。


もうロビンはいなくならない。


ずっと、ここにいる。


時間がある限りマクベラ夫人はロビンのいる家に通った。


若いロビンは、何度もマクベラ夫人に告げてくる。

「僕はロビンって名前じゃない。人違いだ。ここから出してくれ。」


マクベラ夫人は、わからず屋の愛しいロビンに言う。

「私が貴方を忘れる訳ないでしょ。ロビン。愛しているわ。」


若いロビンは、時折涙を流す。

「ロビンは僕じゃない。父さんの名前だ。父さんの言う通りだった。劇団員になりたいから家出までしたのに、、、」












マクベラ夫人は徐々に元気がなくなるロビンが心配だった。





ロビンとの家を用意し、2重生活を続けるために、かなりの金額を使った。


良い時期に侯爵家に嫁いできたルナリーの持参金も、ほとんど使い込んで残っていない。


何とか誤魔化しているが、そろそろ限界だった。


だけど、ルナリーとライル侯爵が離婚して、正式にメアリージェンと結婚するのを見届けたら、もう侯爵家には用がなくなる。愛しいロビンと、つつましく郊外の家で生活できればいい。


それぐらいの金額は、ライル侯爵も渡してくれるだろう。


マクベラはそう思っていた。


メアリージェンはすでにライルとの子供を妊娠している。


後はルナリーさえ追い出したら、、、、

















追い出されたのはマクベラ夫人の方だった。隣国に行ったライルからの知らせで、侯爵家を出て行くように書かれていたが、そんな事はできなかった。


愛しいメアリージェンが正式な侯爵夫人になる場面をどうしても見届けたかった。


マクベラ夫人は横領をしていたが、屋敷で誰一人気づいた者は今までいなかった。証拠が残っているはずが無い。


だが、ライルが出してきたのは、捨てたはずの裏帳簿だった。どうやって手に入れたかわからないが、確かにマクベラ夫人の字で書かれてあった。


もうダメだ。ロビンさえいればいい。ロビンの元へ行こう。


屋敷から追い出された後にメアリージェンと別れ、ロビンの待つ郊外の家へ向かった。









ロビンが待つ家に近づき、マクベラ夫人は異変に気が付く。


家のドアは開かれたままで、あたりには複数の足跡が残っている。


急いで家の中に入るとそこには誰もいなかった。




粉砕された鎖、沢山の足跡、荒された室内。





「ロビン。どこに行ったの?ロビン。」




マクベラ夫人は、ロビンを探して家を飛び出した。




複数の足跡は森の奥へ続いている。


必死に走り、川岸に着いた。



激しく流れる急流の向こう岸に数人の人物がいるのが分かる。



その中の一人は、輝く金髪をしていた。あの若いロビンに間違いない。



「ロビン。お願い帰って来て。もう私には貴方だけなの。」



川の向こうにいる人物が一斉に振り返った。



憔悴した若いロビンは、マクベラ夫人を見て顔を青ざめさせた。


その隣で、若いロビンを支える人物は、ロビンによく似た金髪の壮年の男性だった。


二人が揃ってマクベラ夫人に言った。






「もう、忘れてください。」







そう言い、二人は、黒ずくめの人物に案内されるように森の奥へ消えていった。



あああああ、なにもかも無くなった。



なにもかも、




マクベラ夫人は、その場に座り込んだ。
























ロビン達が去った後、マクベラ夫人になにもかも残っていなかった。



侯爵家の財産を横領したマクベラ夫人。嫁の持参金を使い込み、嫁を追い出したマクベラ夫人。



いつの間にか、マクベラ夫人がロビンに買った家も売られていた。



アーバン商会が持参金の代わりに回収したらしい。



生家の子爵家も、やり手のアーバン商会会長に財産を没収されて、姉夫婦も家を失ったらしい。



マクベラ夫人は、どうする事もできず、どこにも行く事ができず、狭い路地裏で、寒さに震えていた。




マクベラの周囲にはもう誰もいない。




マクベラはあんなに愛していたロビンをもう思い出す事が無くなっていた。








誰か私を受け入れて。





誰でもいい。






誰か、、、、








もう望まない。








だだ住む家とご飯が有ればいい。







だから私がしてきた事を








忘れてください。















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