第6話
ルナリーは溜息をついた。
ライルは、ルナリーの事に気が付いたのか下町の酒場に毎日通ってくるようになった。
もう半年以上ライルは、酒を飲み、裏ギルド長に会いたいと伝言を残して帰宅する。
下町の酒場は、裏ギルド長への伝言場の一つになっている。
なぜか異母兄のアーバン商会会長もルナリーにライルと会うように言ってくる。
最近は祖母までもが、ルナリーが、ライルに会おうとしない事を諫めるようになった。
そろそろ頃合いかもしれない。
でも、ルナリーは、まだライルの事は許せれそうになかった。
ルナリーの事を離婚するまで気がつかなかっただけでなく、ライルはルナリーを自ら捨てた。
約束をしたのに、その事もライルは忘れてしまったかのようだった。
それでも、時々無性にライルに会いたくなる事がある。
娘のラミアは、ライルにそっくりだ。可愛いラミアを見ていると、どうしても大好きなライルを思い出してしまう。
ルナリーは、ライルと初めて会った時の事を思い出していた。
ルナリーは、裏ギルド長の後継者の娘として生まれた。
父親はアーバン商会会長らしいが、ルナリーは10歳になる時まで父親には一度も会った事がなかった。
母は、束縛される事が嫌で父と結婚しなかったと言っていたが、祖母に内緒で度々父に会いに行っている事をルナリーは知っていた。
「母さんは、どうして父さんと結婚できないのに、私を産んだの?」
「ルナリーもいつか分かるよ。とても惹かれる相手が現れたら、ただ、この人の子供が欲しいって思う瞬間があるんだ。私は結婚とかどうでもいいけど、あの人と私の子供がどうしても欲しかった。本当に望んでルナリーが産まれてきたんだよ。」
裏ギルド長の娘と言っても、公にはただの下町の貧しい娘だ。
身元を明らかに出来ない母は、公式な場にも出席しないといけないアーバン商会会長の妻に決してなろうとはしなかった。
10歳の時に初めて会う父親は、異母兄を連れてやってきた。
父は前妻と、母と出会う前に離婚していたらしい。
父親は、ルナリーを一目見るなり駆け寄って来て強く抱きしめてきた。
「こんなに大きくなって、、、まさか本当に10年も会えないとは、、、、うううう。ルナリー。」
同席する母親は呆れた顔をして父を見て言った。
「なんだか私が悪者みたいじゃないか。産む前に、裏ギルドの後継者として育てるから合わせれないって約束したでしょ。たったの10年で、会えたからよかったじゃないか。」
ルナリーより8歳年上の異母兄は、ルナリーと母親を見て言った。
「父さんにそっくりだな。恋人と娘がいると聞いていたけど、まさか本当だったとは。影も形もないから父さんの妄想かと思っていたよ。」
代々裏ギルド長の後継者は、下町で隠れるように育てられる。
女性が産まれる事が多い一族で、裏ギルド長になる者も女性が多かった。
白髪の鬘を被り、時には老婆に扮装し、声を変えて依頼者と対面する。
裏の情報を総括する裏ギルドには、毎日様々な情報が入ってきていた。
信憑性が少ない情報については裏ギルド員が調べにいく。
ルナリーもあの日、少年の姿で調査に行っていた。
成人前のルナリーは自分の腕に自信があった。
特徴の少ない外見。小柄で敏捷な体格。聡い耳。だけどその日は、探っている所を見つかってしまった。
路地裏に追い詰められた時に、金髪の青年に助けられた。
数人の体格のいい男たちを一瞬で気絶させた人物にルナリーは見惚れた。
細身の整った外見からは想像できない程、俊敏で腕がいい。
ルナリーは、彼ともっと近づきたくなった。
それから、ライルが下町に来たと分かる度に、ルナリーはライルに会いに行った。
下町には数多くの裏ギルドの耳がある。
特に、第一王子の派手な動きは筒抜けだった。
ルナリーはライルに会う度に惹かれていった。
ライルが、ルナリーの事を少年だと思っている事は知っていた。少年を演じているのはルナリーだ。見破られるはずがない。
どうしても、ライルが好きだ。
もっと側にいたい。
どうすれば、、、、
ルナリーは、祖母の裏ギルド長に相談した。
もっとライル・オーガンジス侯爵に会いに行きたいと告げたのだ。
祖母は呆れたようにルナリーを見て言う。
「また、厄介な相手を選んだね。あの家は問題が多い。時期に没落するだろう。落ちぶれてから手に入れてもいいんじゃないかい?」
ルナリーは言う。
「ライルが辛い思いをする所は見たくないわ。」
祖母は言った。
「今でも十分大変だと思うけどね。そんなに、あの男が気に入ったのかい?」
ルナリーは頷いた。
祖母は言った。
「そうだね。ルナリーは、庶子だがアーバン商会会長の娘だろ。正面から交渉してみればいいんじゃないか?あの強欲な後妻は断れないだろうね。もう侯爵家は火の車だ。」
ルナリーは驚いた。裏ギルド長の跡取りとして教育されたルナリーが表の世界に行けるわけがないと思っていたからだ。
「本当にいいの?」
祖母は笑った。
「勿論だよ。ルナリーには表の身分がある。お前の母には辛い思いをさせたからね。孫のお前だけでも好きにすればいい。嫌になれば帰っておいで。ここはいつでもお前を待っているよ。もし帰ってきたら後を継いでおくれ。」
ルナリーは、祖母の了承を得て、父のアーバン商会会長に持参金を用意して欲しいと伝えた。
父は、ルナリーの花嫁姿が見れると、とても喜んでくれた。父は高齢で体調が思わしくないらしい。母も父を心配してアーバン商会へ行く事が増えていた。
ルナリーは、愛するライルの元へ嫁いで行った。
ライルは、初めルナリーの事を裏ギルドの関係者だと疑っていたようだが、少し演じればすぐにルナリーの事を信じてきた。
相変わらず、騙されやすいライルには呆れたが、ルナリーは幸せを感じていた。
オーガンジス侯爵家で過ごしながら、マクベラ夫人やメアリージェン、使用人達の不正を調査する。地味なルナリーを脅威に感じていないのか、屋敷に入ってからすぐにマクベラ夫人が多大な資産を使い込んでいる事が分かった。
最近では若い男の不倫相手に家まで買って貢いでいるらしい。メアリージェンがマクベラ夫人の実子である事や、マクベラ夫人が籍をいれていない内縁の妻だった事も分かった。
これだけの証拠をライルに渡せばすぐに追い出せるだろう。
だけど、それをしたらルナリーはどうなるのだろう。
ライルが契約した内容は、厄介者を追い出す為にルナリーと結婚するというものだった。
何度かライルと体を繋げ、もう子供が出来ているかもしれない。
将来の裏ギルド長を引き継ぐかもしれないルナリーの子供の父親は、どうしてもライルしか考えられなかった。
ルナリーは、マクベラ夫人とメアリージェンを侯爵家から追い出す情報をライルに伝えたら離婚を告げられるような気がしていた。
愛するライル。
ルナリーの事に全然気が付かないライル。
美しく派手なメアリージェンに抱き着かれても、触られても拒否しないライル。
時々夜の触れ合いで、ライルはルナリーに愛していると告げてくる。
だけど、それは、ルナリーの愛の言葉に返事を返しているだけだった。
本当にルナリーを愛しているなら、私の事に気が付くはず、、、
本当にルナリーを愛しているなら、メアリージェンを拒否するはず、、、、
だけど、ライルは、、、、
怖かった。
あまりにも、ライルと過ごす時間が素敵で、どうしても失いたくなかった。
ルナリーが迷っている間に、ライルは決心したらしい。
ルナリーに離婚届を渡してきた。
最後まで、ルナリーは期待していた。
ライルは、ルナリーの事を気づいている。あの約束を覚えている。ライルがルナリーを捨てるはずが無い。
だけど、、、
ライルは、、、
そう、ライルは気が付いていない。
ルナリーが、何度も下町で会った少年だという事も、
ルナリーが、ライルとの子供を身ごもっている事も、
あの約束でさえも、
だから、ルナリーはライルを解放する事にした。
ルナリーは、オーガンジス侯爵家を出て下町へ帰って行った。
マクベラ夫人とメアリージェンの情報は異母兄を通してライルへ渡るようにした。
ルナリーの父は、ルナリーの結婚姿を見て暫くして満足そうに亡くなった。その後を追うように憔悴した母も亡くなってしまった。
高齢な祖母が裏ギルド長を続け、限界な事も察していた。
ライルからの依頼は完遂した。マクベラ夫人とメアリージェンを追い出したオーガンジス侯爵家はすぐに持ち直すだろう。
依頼料は確かに受け取けとり、ルナリーは子供を身ごもった。
無事に生まれた我が子はとても可愛く愛おしい。
ライルの遺伝子を引き継ぐ我が子は、幼いながらも身体能力の高さがうかがえる。
だから、ルナリーはもういい。
ライルを好きな事には変わりないが、結婚も表の世界で生きる事も2度としたくなかった。
それなのに、ルナリーの事に今更気が付いたライルは、毎日下町の酒場を訪れる。
せっかく立て直したオーガンジス侯爵家を顧みようとしないライルの事が心配だった。
「いい加減、解放してあげないと、、、だから忘れてください。ライル。」
ルナリーは、ライルと再び会う事にした。
私の事を忘れて貰う為に、、、、
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