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〈3年前〉

 連邦軍が支援する政府軍は潰走中のゲリラ部隊で、大体はアシミ人でした。私と一緒に行動していたグループには、他の星で生まれた兵士は2人しかいませんでした。あとは全部、アシミ人の若者たちでした。

 元内務大臣は政府軍の残党がみなアシミ人か、連邦から資金をもらっている連中だと宣伝してますが、それは嘘です。私が感じた限りでは、アシミ人には連邦から支援を受けているという意識すら、当人たちには無いように思えました。元内務大臣の宣伝は元が反連邦感情の強い星なので、悪いことはみんな連邦かアシミ人のせいだと言っておけば、政府軍に市民が批判的になるからという意図なのでしょう。そういう事情もあって、同じ仲間でも連邦軍の応援部隊は多少の緊張を強いられていたのかも知れません。

《ヘレン》はキャンプに入ってくるなり、武器の掃除を始めました。ゲリラの武器はだいたい帝国軍から盗んだ物ですが、ライフルや自動小銃はどれも古くて傷んでました。ゲリラの大半は農民出身ですので、武器の修理や分解、掃除する訓練を受けていないのです。キャンプは始終移動していましたが、その合間に《ヘレン》は自動小銃やライフルの分解の仕方を教えていました。ドライバーと数本のやすりだけで《ヘレン》は部品を磨いたり、研いだりしてました。

 そうして彼女はいくらか小金をもらっていたようです。硬貨が二枚か三枚だから、タバコも買えないような額だったと思いますが、アシミ人たちは『金のために兵隊をやってる』と嫌ってましたが、一向に平気な様子でした。

 その他に彼女はお手製の地雷や手榴弾の作り方、爆発物の仕掛け方も教えていました。缶詰の空き缶に重油と硝安を練った物をぎゅうぎゅうに詰め、雷管の代わりにライフルの銃弾を差し込むのです。実に粗末な地雷ですが、これが帝国軍のトラック一台ぐらい簡単に吹き飛ばす程の威力を持っています。私はその光景を何度か見ました。

 その間、私は何をしていたかというと、歩いてない時はシラミを潰すぐらいか、小さなメモ帳に日記をつけるか、やることがありませんでした。身体を洗うことも無かったし、雨が降ったらキレイになるどころか、泥だらけになるだけでした。

 ある時、《ヘレン》は竹を糸のように細く裂いた櫛をくれました。自分のナイフで削った物です。いつか雨が降ったら、それで髪を梳けと言うのです。私が礼を言っても、彼女は何も言わずに行ってしまいました。

 またある時、彼女は私に何かの細い若木を指して「これだ」と教えてくれました。みな行軍中にその木を見つけると、ナイフで1フィートぐらいの長さに切って、それを齧るのです。たぶん食用木の一種だと思います。樹皮は固いのですが、中に柔らかい部分があり、齧ると甘い汁が出てきます。生水が飲めないので、水分補給にはちょうどよいものでした。

 ここで、密林の生活がどのようなものであったかを全て書くことは出来ません。帝国軍の攻撃だけではありません。次第に木の1本1本、湿地の草、蛇、虫、鳥、花―全てが恐ろしくなってくるのです。獣の臭気に満ちていました。一番辛いのは夜です。夜は濃すぎる闇に、眼に幕がかかったような圧力を感じます。空を見上げると、木々の葉の隙間から月が見えます。月が銀色の尾を曳いてゆっくりと動いていきます。しばらく見ていると、木の葉だと思っていた物がオオコウモリの大群だと気づくのです。それらが一斉に飛び立つ時は、森全体が砕け散っていくような感じでした。

 私が夜に月を見ていた時、《ヘレン》が教えてくれた言葉があります。有名な詩編です。彼女は私がコップ代わりにしていた空き缶に、ナイフの刃で文字を刻みました。私はその文字を見よう見まねで自分の革ベルトに刻んで、覚えました。今でも持っています。私には素養がないので正確な意味は分かりませんが、その詩をここに書き写します。中尉殿にはお判りになるでしょう。

「死の谷の陰を行く時も、私は災いを恐れない。貴方が私とともにいてくださる」

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