王城オワリは愛されたい。
大塚
事故物件
第1話
お父さんが嫌い。
いつもぼーっとしてるし、仕事も何してるか分かんないし、家にいる時は黙って本を読んでるか飼い犬のレモンの散歩をしてるかのどっちかだし、レモンと一緒に山の方まで歩いて行って途中で力尽きて消防団の人に救助されてるところがものすごくカッコ悪かったし、たまに話しかけても「ああ」「うん」って返事するか、そうじゃない時にはその話はしてないんですけど!? ってことをまるで洪水のように喋りまくるし、
それにお母さんと離婚したし。
っていうか、お母さんとは結婚してなかったし。ということにお母さんと妹が家からいなくなってから初めて知った。教えてくれたのはおじいちゃんだった。おじいちゃんも言うつもりはなかったんだと思う。「えっ、そうなの?」って思わず声を上げた私を見て、アチャーって顔してたから。おじいちゃんはお父さんのお父さん。だからというわけでもないだろうけど、すごく似てる。そういう、隠し事をできないところとか。
私もお母さんと一緒に行きたかった。お母さんと、妹の
「東京じゃなくて神奈川だって楽しいぞ。横浜の中華街とか」
だからそういう話をしてるわけじゃないんだってば。お父さんはすぐこうやって、今はそれじゃないでしょ、みたいなことを言う。
でも中華街にも行ってみたい。行ったことがない。
生まれも育ちも山奥で、小学校も中学校も馬鹿みたいに遠くて、毎日お父さんが軽トラで送り迎えをしてくれた。小学校の途中までは繭美も一緒。でもいなくなっちゃったから今は私だけ。お父さんが仕事で忙しい時にはおじいちゃんが愛車で来てくれる。なんだっけ、ハコスカ? 変な形のクルマ。この土地は田舎で学校まで歩いて30分かかる同級生なんて両手両足の指の数を合わせても足りないぐらいいるけど、毎日クルマで登校してる子なんて私だけだ。だから、同級生にもあんたん家って過保護だねーとか言われて。それもほんとに嫌。
だから高校は県外に進学しようと思ったのに、受験に落ちた。最悪。結局高校の三年間も、お父さんとおじいちゃんに送り迎えされて過ごすことになった。
高校に通い始めて少し変わったのは、なんとなく入部した美術部が楽しかった、ってこと。生徒は全員なんらかの部活に所属しなきゃいけないっていう最悪ルールがあるものだから入学してすぐに先輩たちのデモンストレーションを見せつけられて、運動部は絶対無理、だってこんなクソど田舎の運動部なんて年功序列の権化なんだから、新入生って書いてルビが『使いっ走り』になることなんか目に見えてる。だったら文化系かなって思ってたんだけど、吹奏楽部は……うーん、どっちかっていうと運動部に近いかな……演劇部も……運動部に近いな……映画研究部も……いやあれは運動部だな……合唱部は……存在そのものが運動部!! ということで、消去に消去を重ねた結果、私は美術部に入部届を提出した。
静かな部活だった。部員たちはみんなそれぞれの作品を作ることに熱中してて、先輩後輩関係なく会話はほとんどなかった。私は、絵を描いた。絵なんか描いたことなかったんだけど、とりあえず部室に置いてある果物のデッサンから初めて、どういうアレなのかは良く分からないけれど一ヶ月に一度は人間のモデルさんが来てくれる(服は着ている、女の人)からその人の姿を描いたりして、水彩画と油絵なら油絵の方が好みだな〜って思ったから油絵を描いてる先輩に話しかけたら意外と色々教えてくれたから道具を揃えて、描いて、描いて、放課後はずっと描いて、お父さんやおじいちゃんにも「今日は部活で遅くなる」って連絡したらその時間に迎えに来てくれるようになったから周りにも過保護〜とか言われなくなって(山に囲まれた田舎だから、日が沈むと本当に真っ暗になってしまうのだ)、やっとちょっと生活しやすくなったな〜って思ってたら、モデルさんを描いた絵が県内のコンクールで最優秀賞を獲得した。
部員のみんなも、顧問の先生も、普段あんなに会話がない人たちとは思えないぐらい私の偉業を褒め称えてくれた。全校生徒の前で表彰もされた。おじいちゃんはごぼうと鶏肉の炊き込みご飯を炊いてくれた。お父さんはずっと欲しいなぁって思ってたけどちょっと高いから無理かなぁってAmazonの購入ページを開いたり閉じたりしてた海外の画家の画集を買ってくれた。私とお父さんのAmazonのアカウントは別だから、お父さんは私がこの画集を欲しいって知らなかったはずだ。言ってないし。でも、最優秀賞を獲った私の絵を見て、好きそう、って思ったんだって。ちょっと意外だった。けど嬉しかった。
うーん。でもやっぱり、お父さんは好きになれない。
画集一冊で流されるような安い人間ではないのですよ、私は。
大学進学の話が出た時も、お父さんは何も言わなかった。顧問の先生が東京にある美大に進んではどうかって言ってくれて、私もそれに乗り気になって、おじいちゃんもいいんじゃないかってニコニコしてたのに、お父さんだけ「うーん」とか言ってて、なんか変。
でも私は東京の美大に行きたかった。絵も描けるし、東京に住める! 最高だ。お母さんと繭美に会えるかも……とはそこまで思わなかったけど、とにかくこの田舎を大手を振って脱出したかったんだ。
推薦でも結構な倍率らしいって話のその美大を本命にして、試験に挑んだ。
一発で合格した。
村中が大騒ぎになった。あーもうだから嫌なんだよ〜ってちょっと思ったけど、まあ、お祝いしてくれてるならいいか……って穏やかな気持ちにもなっていた。だって私は、この田舎の外に出ることができるんだから!
「うーん」
その時もお父さんは唸ってた。
なんで娘の受験合格をお祝いできないんだよって思った。
都内の美大に進学することになって、まずクリアすべきは家をどうするか、だった。
自慢じゃないけど私と来たら一度も実家を出たことがないし、料理はちょっとできるけどそれ以外の家事はさっぱりで、部屋も汚いし、一人暮らしを始めたら一瞬で汚部屋を構築する未来がはっきり見えていた。やだなぁ。でも仕方ない。実家から美大には通えない。大学には寮があるそうで、そこに入居するという手もあった。が。
「
お父さんが呼んだ。
お父さんの嫌いなところのひとつ。ふつう、子ども、しかも長女に、『オワリ』なんて名前付けますか!? 妹は繭美なのに!!
「なに」
「家、決めてきたから」
「は!?」
そういえばここ数日お父さんの姿を見ていなかった。何か仕事の関係で遠出してるのかな、でもおじいちゃんも何も言ってないからまあいいか、みたいな気持ちだったんだけど、
「東京に行ってたの……?」
「埼玉」
私にしてみればどっちでも同じだ。関東関東。
目をしぱしぱさせる私の手に、お父さんが紙切れを乗せる。名刺。
「居候、させてくれるって」
「ええ〜!?」
意味不明だ。居候って。他人の家に住むってことじゃん。
慌てて名刺に書かれた名前を見る。弁護士。弁護士って書いてある。弁護士の家に住むの? 誰なのこの弁護士?
『相澤鳴海』
って書いてある。
『Narumi Aizawa』
男性か女性かも分からない。
「男のひと」
「えー!!」
年頃の娘を!? 男性弁護士に預ける!?
やっぱりお父さんおかしいよ!!
「結婚されてる」
「あ……」
「小学生の息子さんがいる」
「そうなの……」
そんなに警戒しなくても良かった、っぽい。
いや。
いや待って。
ていうか私に許可取らないで何を勝手に居候先を決めてるの? それも私の全然知らない人、弁護士って職業はちょっとカッコいいし信頼できそう、って思うけど、でも知らない人じゃん!
「親切なひとだから」
でしょうね! どこの馬の骨とも知れぬ私の居候先になってくれる人だもんね!
「安心して」
無理!!!
お父さんのこと、嫌いじゃないって思いたいけど。
でも無理。だって変だもん。
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