第8話 まつろわぬ者ども・前編

 七月八日、二人が長い隔離生活に疲れ切っていた頃、彼らの家のドアをノックする者があった。

「……どちら様ですか?」

 ドアを開けたペーティルを待ち受けていたのは、数人の憲兵だった。

「こちらは徴兵局だ。貴様にが出ている」

 一人の憲兵の男がそう言って「召集令状チターヒア」と印字された一枚の紙を差し出した。それは二十歳以上のハルホルト市民を対象に送られたもので、市民登録をしているペーティルも例外ではなかった。

「おめでとう。これでノルディア人の貴様も晴れて王国軍アルミアの兵士だ」

 彼は喜ばしいことであるとばかりにパチパチ、と軽く拍手して微笑んだ。

 ペーティルはその紙を握りしめたまま体を震わせた。

「ぼ、僕はまだ学校シュクーラも出てないし、第一僕じゃ兵士になるには身長が足りないんじゃ――」

「ほう、拒否するか。貴様は王国への忠誠心が足りないな」

 彼は急に真顔になると、周りにいた別の憲兵たちに指示した。

「このノルディア人は独立分子スィチェーフに違いない。おい、コイツを拘束しろ」

 これにはペーティルも慌てた。

「まっ、待ってください。『兵役を拒否する』とは一言も言ってないじゃないですか」

 すると彼は再びあの張り付いたような笑顔に戻った。

「兵士の役目は何も戦うことだけではない。是非ともこれを機会に、どうやったらの貴様でも王国に貢献できるか考えたまえ」

 彼はポンポン、とペーティルの肩を叩くと、「明日までに出頭しろ。くれぐれも賢い決断を、な」と言い残して去っていった。

 憲兵たちが去った後、マリーシャは心配そうにその場にへたり込むペーティルの顔を覗き込んだ。

「……大丈夫?」

 ペーティルはドアにもたれかかったまま頷いた。

「何のために兵士を集めてるのかしら」

 マリーシャが不安を露わに尋ねると、

「決まってるだろ。しかし、北部ノルディアと戦うのにノルディア人を使おうなんて、彼らも考えたね」

 ハハ、とペーティルは空笑いをしたが、マリーシャは全く笑わなかった。

「……兵士になんて、なっちゃイヤ」

 ペーティルの服の袖を握りしめて、マリーシャは小声でささやいた。

「戦争に行って、たくさんの人、それも仲間の命を奪って、何が偉いの?」

 マリーシャは悔しそうに唇を噛んだ。彼女の言うことはもっともだった。

「でも、拒否すれば明日にでも僕も処刑されちゃうかもしれない」

 この時点でペーティルに与えられた選択肢は

 今すぐ王国軍兵士になるか。

 それとも、強制収容所送りになってから兵士になるか。

「こんなの間違ってる……。絶対に間違ってるわ」

 マリーシャの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。彼女の真剣なまなざしにペーティルは思わず目を逸らした。

 彼は頭を掻きながら、いつものように軽口を叩いた。

「……それより、僕はただの背の低い人間なんだけどな」

 ペーティルは北部ノルディア出身ではあるものの、小人ファリーニュではなかった。

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