俺は女装趣味があるんだがどういうわけか同じ趣味の奴と付き合うことになったんだけど

奈々野圭

前編

 高校生である友崎晴人には、周囲に秘密にしていることがあった。


「…よし」

 晴人は鏡の前で、入念に化粧をしていた。そう、晴人には女装趣味があったのである。


「…今日も、可愛いな、俺」

 晴人は姿見の前に立った。そこには、入念にめかしこんだ黒ロリが立っていた。黒を基調としたワンピースには、白いレースがふんだんにあしらわれ、スカートはパニエでふわりと膨らませる。

 頭に黒のウェーブがかったウィッグを乗せたあと、ワンピースと同じく黒地に白レースのヘッドドレスを乗せる。

 そして、メイクは服に負けないよう、しっかりとしつつも、可愛らしさを失わないよう、絶妙のバランスで施されていた。


「メイクがいちばん難しいんだよな……でも、これは完璧な、美少女だ!」

 晴人の口から思わず感嘆の声が漏れた。事実、今の晴人はまごうことなき美少女だった。


「では、行ってきます!」

 晴人はこの格好で玄関を出た。


 なんで晴人はこんな格好をしだしたのかというと、可愛いものが好きすぎるあまり、自分も可愛くなりたいと思ったからである。

 だがしかし、いくら女装をしても、顔立ちまでは変えられない。そのため、晴人は化粧やファッションなどで自分の見た目を変えようと努力しているのだ。


 家から出た晴人は、まず、カフェに向かった。店内に入り、席に着き、パフェを注文した。

 晴人はパフェを待っている間、店内を見回していた。このカフェは、女性客が多かった。

「女って堂々と可愛い服が着られるからいいよな…」

 晴人はため息をついた。


「お待たせしましたー! こちらご注文のお品になります」

「ありがとうございます」

 店員が持ってきたパフェを受け取ると、上に乗っているアイスをスプーンですくい、そして口にした。

「ここのパフェ、相変わらず美味だ」

 舌鼓を打ちながら、黙々と食べていた。


 食べ終わり、会計を済ませ、カフェの外を出た。

「失礼します。ちょっと、よろしいですか?」

 晴人は声をかけられた。

 ナンパか?晴人は身構えた。


 声をかけた者は、晴人と同じような背格好で、ロングのフレアスカートの中にゆったりめのトップスを入れている、ボブヘアーの女性だった。


 今の晴人は美少女だ、でもそれは他人が見てもそうとは限らないのかもしれない。

 だとしても、あえてそんな男に声をかけるか?もしかしたら、「女に見えたから」声をかけたのかもしれない。だとしたら、それはそれで騙したことにならないか?晴人は真意がわかりかねた。


「ごめんなさい。急に声をかけて…素敵な人だなと思ったものですから…あ、宗教とか、マルチとか、そういうのじゃないですから」

 声をかけた人は慌てた様子を見せた。


 それにしても美人だ。スタイルもいいし、肌も綺麗だし……。

 もしやモデルさんだろうか?


 その人は、まじまじと晴人の事を見た。

「うーん、やっぱりどこかで見たことがあるような気がするんだけど……」

 晴人はギクッとした。

「気のせいです!私はあなたとは初対面ですよ!」

 晴人は即答した。

「そうなんですね。変なこと言ってすみません」

 その女性は素直に引き下がった。


 …危なかった。知り合いに女装癖があるなんて知られたら、それこそ一環の終わりだった。

 晴人がホッとしていると、女性が言った。

「あの、また会えますか?」


 晴人は戸惑った。

「どうして私なんかに? 」

「あなたのことが気に入ったんですよ。また会いたいなって思っただけです。それじゃあ、連絡先を交換しましょう!」

 そう言うと、その女性はスマホを取り出した。

「いや、結構です!知らない人に個人情報を教えるわけにはいきません!」

 晴人は逃げ出すようにして、その場を去った。


「…あの女の人、どういうつもりで俺に声をかけたんだろうか……」

 帰宅後、晴人はカフェを出たあとに会った女性のことばかり考えていた。宗教やマルチではないとは言っていたが、そもそもそういう手合いは馬鹿正直に自分の正体を明かすだろうか?

「…でも、綺麗な人だったなぁ…」

 晴人としては「素敵な人ですね」と言われたとき、悪い気はしなかったし、なによりも美人だった。

「俺、チョロいなぁ…」

 晴人は苦笑いした。



 ―翌日。

「おはようございます」

 晴人は教室に入った。


 すると、一人の男子生徒が近づいてきた。

「おはよう。今日はいつもより早いね」

 彼は爽やかな笑顔で話しかけてきた。

「そ、そうかな?」

 晴人はついドギマギしてしまった。というのも、彼、一ノ瀬義哉はクラス1の人気者であるからだ。


「うん。いつもギリギリに来るのに、珍しいなと思ってさ」

「まぁ、たまには早く来てみようかと……」

「へぇー。それはいい心掛けだ」

「それにしても、よく見てるなぁ。俺なんか、全然目立たないと思うけど」

 晴人は、少し照れながら答えた。

「そんなことないよ。君は十分目立ってる。可愛いからね」

 晴人は思わず顔が赤くなった。

「はっ!?何言ってんだよ!可愛いって……俺は男だぞ?」

「ごめんごめん。可愛いって言われるの、嫌だった?」

「…いや、そんなことないけど……」


 一ノ瀬という奴はどうしてこう臆面もなく「可愛い」と言ってのけるのか。しかも、男に。

 それがモテる男の秘訣なのか?晴人はそんな事を考えていた。

(…俺、一ノ瀬と学校以外でも会ったことがあるような気がする…)

 晴人と一ノ瀬は学校以外、接点があまりないのだが、心当たりがないにも関わらず、なぜかそう思ってしまった。晴人は一日中、そのことばかり、考えていた。



 ―休日。

 今日の晴人は、甘ロリだった。

 白のレースがふんだんにあしらわれた白のブラウスの上に、ピンクを基調とし、同じように白いレースがふんだんにあしらわれたジャンパースカートを着て、頭にはピンク地に白のレースをあしらったヘッドドレス、そして、メイクは入念に施されていた。


「……よし、完璧だ」

 鏡の前で何度も確認した晴人は、家を出発した。

 目的地は、もちろん、カフェである。


 店に入ると、例の女性がいた。女性は晴人を見るなり、ニコッと微笑んだ。

 晴人は嬉しさ半分、怖さ半分といった気持ちになった。

「お久しぶりです」

 女性は晴人に話しかけた。

「お、おひさしぶりです……」

 晴人は女性の言葉に戸惑いながらも返した。

「お時間ありますか?よかったらお茶しませんか?」

「は、はい!」

 晴人は迷ったが、断る理由が見つからなかったので、承諾してしまった。

 女性は「ありがとうございます」と言うと、席に案内した。


(なんで俺は「はい」なんて言っちゃったんだろう…)

 晴人は後悔していた。

「…ご迷惑ですよね」

 晴人が困惑しているようなのを見て、女性は申し訳なさそうにこんなことを言った。

「え?あ、いえ!全然!」

 晴人は慌てて否定した。


「良かった……。ところで、私が誰だか、わかりますか?」

 女性は俯きがちに話した。

「え?」

 晴人は女性の口から思いもよらぬことが出たので、つい変な声が出てしまった。

「私はあなたと会った事があるんですよ?それも、毎日」

 女性は真剣な眼差しで晴人を見つめている。晴人は、この女性が何を言っているのか、理解できなかった。

「えっと、どこかで会いましたっけ?しかも、毎日って…」

 向こうは毎日会っているというが、まるで検討がつかなかった。晴人はそこそこ女子と会話をする方であったが、その中に当てはまるものもいない。


「僕だよ。一ノ瀬義哉」


 それを聞いた晴人は固まった。目の前の美女が一ノ瀬義哉?確かに、一ノ瀬は線の細いイケメンだ。でも、目の前にいるのは、紛うことなき美女だ。晴人が混乱していると、女性はクスッと笑った。


「やっぱり、わからないよね……」

「いや、その……」

「実は僕は女装が好きなんだ」

 晴人は驚いた。まさか、一ノ瀬にそんな秘密があったとは……。

「この前、友崎がここを通った時、驚いたよ。まさか、僕以外にも女装趣味がある奴が学校に、しかも同じクラスにいるなんて」

 しかもバレてたのか。晴人は恥ずかしさのあまり、顔から火が出るかと思った。

 それにしても、こっちはバレてるのに、自分の方は気がつかなかったとは。向こうの方が女装スキルが高いのか。晴人は嫉妬心が湧き上がってくるのを感じた。


「もしかして、僕が気がついたのは、自分の女装がまずいからだと思ってる?そんなことないよ。君は可愛いよ」

 また臆面もなく「可愛い」なんて言いやがった。

「あのさぁ、可愛いとか簡単に言うなよ!俺、男なんだぞ!?」

 嬉しくないといったら嘘になるが、なんだか苛立たしくなってしまい、晴人は頬を膨らました。

「あははは」

 一ノ瀬は笑いだした。

「何笑ってんだよ!馬鹿にしてんのか!?」

「ごめんごめん。君の反応が可愛くてね」

「…お前だって笑ってられんのかよ。女みたいな格好してるのに」

「まあいいか。今日はそのことについて話すためにここに呼んだわけじゃないし」

 一ノ瀬は自分のコーヒーを一口飲んだ。


「単刀直入に聞くけど、僕のことどう思ってる?」

「え?」

 晴人は目を丸くした。

「ほら、好きか嫌いかっていう二択」

 一ノ瀬の顔を見ると、少し赤くなっていた。


「うーん…いや、今まであんまり話したことないし、つか、そもそもこっち側の人間だと思ってなかったし…好きとか嫌いとか言われても…」

 晴人は答えに窮してしまった。


「そっか」

 一ノ瀬は小さくため息をつく。

「じゃあさ、友達になってくれないかな?」

「え?」

 一ノ瀬の申し出に対し、晴人は思わず聞き返してしまった。

「いや、だからさ、友達にならなくていいから、せめて知り合いくらいにはなって欲しいんだ」

 一ノ瀬はそう言って、照れくさそうな顔をした。

「……わかった」

 晴人は戸惑いながらも承諾すると、一ノ瀬は笑顔になった。

「ありがとう。嬉しいよ」

 晴人と一ノ瀬はスマホを取り出し、お互いの連絡先を交換した。

 それから二人は他愛もない話をした後、解散した。



 晴人は秘密を握られる形になってしまったが、それは一ノ瀬だって同じことだ。少なくとも、晴人と仲良くしたいという意思はあるのだから、無闇に言いふらすような真似はしないだろう。

 それに、図らずも「仲間」ができたのだ。晴人はこの関係を大事にしようと決意した。


(それにしても、一ノ瀬は可愛かったな…俺も、「可愛い」って言われたし…)

 一ノ瀬のことでいっぱいになっている頭を抱え、晴人は家路に着いた。

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