第40話 復縁を迫った真相
その日の放課後。
葛谷から復縁を求められたものの断固として断ったことを、俺は親友で情報通の健介に伝えて、見解を求めた。
すると、
「あー、それなぁ」
俺の問いかけに、健介がなにか思い当たる節でもあるかのような反応を見せる。
「それなって、なにか知ってるのか健介?」
「知ってるっつーか、お前に聞かせるのもなんだと思って言わなかったんだけどさ」
「前置きはいいから、知ってることを教えてくれ」
俺が急かすと、健介は「ま、いっか」みたいな顔をして語り始めた。
「葛谷のやつ、例のイケメン医大生に振られたらしいんだよ」
ま、そうだよな。
それ以外にあり得ないよな。
「思った通りか。それで?」
「なんか話じゃ、イケメン医大生には生まれた時に親同士が決めた許嫁がいて、それ以外で付き合っていた女はみんな遊びだったんだと」
「生まれた時からの許嫁って、今はもう令和だぞ? そんな昔話みたいな話がありなのかよ? 子供の人権とかないのか?」
あまりの時代錯誤っぷりに思わずツッコんでしまった俺に対して、
「俺に言われてもなぁ。金持ちには金持ちなりの面倒な人間関係とかお作法ってヤツがあるんだろ?」
健介が大仰に肩をすくめてみせる。
モブAの俺とたいして容姿に差がないモブBの健介が、そんなハリウッド俳優みたいな真似をしてもちっとも似合ってないんだけど、今はそれは置いといてだ。
「俺ら庶民とはまったく違う世界の話ってことか」
「そういうのもあって性格がねじ曲がったのかもな。なんにせよイケメン医大生様は女は全部遊び、しかも二股どころか二桁股くらいしてたって話だよ」
「葛谷もその遊びの一人だったと」
「そういうこと」
「さすがにクズいなそれは……っていうか登場人物みんなクソみたいな奴ばっかりなんだが」
「完全に同意だな」
自業自得とはいえ、性格のねじ曲がったチャラ男にいいように弄ばれたあげくにポイ捨てされた葛谷には、俺も元カレとしてわずかながらの同情を禁じ得なかった。
「でも、なんでまた俺だったんだろうな?」
「ん?」
「だって葛谷がその気になれば、いくらでもいい男は捕まえられるだろ? なんでわざわざ俺のところに戻ってきたのかなって、ちょっと思ってさ」
「そりゃおまえ、姫宮さんが蒼太にご執心だからだろ」
「なんでここで優香が出てくるんだよ」
あと、ご執心なんてされてないからな?
「考えてもみろよ蒼太。自分が捨てた男に学園のアイドルがお熱してたら、そりゃしまったって思うだろ? うわっ、もしかして勿体ないことした? 意外といい物件だったんじゃ? ってさ」
「だから俺と優香はまったくそんな関係じゃないんだが? ただのクラスメイトだっての」
「その言い訳はいい加減、聞き飽きたから、そろそろ別の言い訳を用意してくれないかなぁ?」
「そんなこと言われても事実だからしょうがないだろ。あれ? でも葛谷が振られた話って全然噂になってないよな? 俺が知らないだけか?」
「いんにゃ、この件に関しては新聞部はじっくり裏取りしてる最中みたいだから、まだほとんど誰にも伝わってないはずだぞ」
今さらだが、健介がこんな風にやたらと情報通なのは、うちの高校を卒業した3つ年上の新聞部の先輩(俺はあまり知らないんだけど部長だったそうな)が隣に住んでいて、子供の頃から仲が良かったかららしい。
今でもうちの高校にまつわる噂やら情報やらなんやらは、その人経由ですぐに教えてもらえるんだとか。
「は? なんでだよ? 俺が振られた時は速攻で学校中に知れ渡ってたのに」
俺が振られた翌朝には学校中の噂になっていたことに、心底驚かされた記憶があるんだけど?
「だははっ。そりゃあお前、学校カーストトップランカーの1人で美少女の葛谷詩織のネガティブスクープなんだから、新聞部も相応の気も使うっての。人気もあるし話題が話題だ。間違っても誤報はできないからな」
「ちょっと待て。なんだよそれ? その言い方だとまるで俺のニュースは誤報してもいいみたいに聞こえるんだが?」
「まさに聞こえたとおりだぞ?」
「いやいや、俺は良くて葛谷はダメとか差別かよ? 新聞部の報道魂はどこに行ったんだ」
「ばーか。カースト下位の蒼太なら誤報だったとしても笑い話で済むだろ。だから適当に裏取りなしで拡散しても大丈夫ってわけだ。だはははっ!」
腹を抱えてこれ見よがしに笑ってくる健介。
「……なぁ健介、もしかしてお前ちょっと怒ってたりする?」
「別に? 職員室に呼び出された俺を見捨てて、とっとと一人でメシを食いに行った薄情な親友のことなんて、俺は全然ちっともこれっぽっちも怒ってなんていないぞ?」
「めちゃくちゃ根に持ってるじゃないか……相変わらず器の小さい奴め……」
「けっ、俺がどれだけ辛い思いをしたか知らないから、そんなことが言えるんだよ」
「呼び出されたのは健介がなにかやらかしたからだろ? それで俺に泣きつかれてもな。それこそ自業自得じゃないか」
「俺には一緒についてきて精神的に支えてくれる心の友が必要だったんだよ!」
「はいはい、か弱い精神を支えてあげられなくてすんませんでしたね。それで結局なにをやらかしたんだよ? 仕方ないから話のついでに聞いてやるよ」
「それがさぁ、ほんと聞いてくれよぉ。俺の聞くも涙、語るも涙の話をよぉ……」
俺は健介が満足するまで、馬鹿話に付き合ってやった。
ちなみに話を全部聞いた上での感想は「どう考えてもお前が悪い」だった。
やれやれ、職員室までついていかなくて正解だったよ。
10代の貴重な時間を無駄に浪費するところだった。
ちなみについでに。
この後すぐに葛谷が、俺とイケメン医大生の二股をかけて俺を捨てたあげくに、許嫁がいたイケメン医大生にポイ捨てされ、その後あろうことか俺に復縁を迫った話が新聞部によって学校中に広まり。
葛谷は我が校随一のクソビッチとして主に女子から激しくハブられ。
女子に睨まれるのを恐れた男子からもよそよそしい態度を取られることとなり。
スクールカーストを転がり落ちて学校も休みがちになった。
だけどそれはもう俺には何の関係もない話なので、これ以上は述べないでおこう。
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