第31話「うん、ぜんぜん期待しないで待ってるね♪(期待に満ち溢れた声)」

 だが落ち着け、落ち着くんだ紺野蒼太。

 こんなことで勘違いしてはいけない。


 俺と優香は確かに仲良くなった。

 だがそれはあくまで妹を助けてくれた恩人としての紺野蒼太であって、気になる異性としての紺野蒼太ではないのだから。

 そこはちゃんと線引きしておかないと、俺はピエロで哀れな勘違いくんになってしまう。


 俺は優香に極上の笑顔を向けられてゆるゆるに緩み切っていた気持ちを、強く引き締めた。


「蒼太くん、どうかした?」

 言葉に詰まった俺を見て優香が再び小首をかしげる。


「ごめん、なんでもないんだ」

「そう?」


「それに冷静に考えたら、俺たちクラスメイトなんだから一緒に登校して何がおかしいって話だよな」


「そ、そうだよね! 私たちクラスメイトなんだから一緒に登校したって全然不思議じゃないよね! クラスメイトなんだし!」

「お、おう」


 俺の言葉に優香がなぜか猛然と食い付いてきた。

 お腹を空かした子犬がとっておきのご馳走を貰ったみたいな反応で、超絶に可愛いんだが!?


「あ、そうだ。蒼太くんが一本遅いバスなら、今度から私もそれに乗ろうかな? そうしたら蒼太くんと一緒に登校できるし」

 ナイスアイデアとばかりに胸の前で軽くパシっと手のひらを合わせる優香。


「それはやめた方がいいよ」

「そ、即答されちゃった……」


 俺に否定されて笑顔から一転、優香がションボリとした顔をした。


「あー、いや。優香と一緒に登校したくないって意味じゃなくてさ。俺の乗ってる時間のバスは遅れるとマジで遅刻の危機だから、やめた方がいいって話」


「そうなの?」


「バスが遅れたせいで、校門まで全力ダッシュしたことが何回あったことか……」


 しかも遅れるのは往々にして雨とか台風の日が多く、つまり台風の日に朝から校門までダッシュしないといけなかったりする。

 過去にはずぶ濡れになってしまって、健介に「カッパかよw」とか笑われたこともあったので、清楚で可憐で、いつもお洒落可愛い学園のアイドルには間違ってもお勧めできないのだ。


「そっか~、蒼太くんと一緒にバス通学できると思ったのになぁ。残念」


 しかし俺の説明を聞いて何気なくつぶやいた優香の声が、やけに寂しそうに聞こえたのは果たして俺の気のせいだったのだろうか?


「じゃあ俺が1本早いのに乗ってみようかな?」

 だからってわけでもないんだけど、俺の口は自然とそんな言葉を繰り出していた。


 ……いや「だからってわけ」はあったかもしれない。

 まぁそれは今はいいだろ。

 男なんて女の子がションボリしてたらついつい元気づけちゃおうとしちゃう、お馬鹿な生き物なんだから。


「ほんと?」


「あくまで俺がその時間に起きられたらなんだけどさ。実は俺、朝起きるのが超苦手で、いつもギリギリまで起きれないんだよな。だから強く約束はできないんだけど……」


 出来ないことを軽々に約束してしまい、それを破って優香に幻滅でもされたら間抜けすぎる。


「ううん、そんなの全然いいし。じゃあ蒼太くんが早く起きれた時は、一緒にバス通学しようね♪」

「あーえっと、本当にあんまり期待はしないでくれると嬉しいかな。朝は本当に弱くてさ……」


「うん、ぜんぜん期待しないで待ってるね♪」


 そう言った優香の声は明らかに期待に満ち溢れていた。

 瞳もまるで宝石のようにキラキラと輝いている。


 オッケー分かった。

 せめて明日の朝だけは、頑張って早起きするとしよう……なんとか、意地でも。

 気になる女の子にいいところを見せたい男の子のプライドを舐めんなよ?


 そんなことを話している間に、そろそろ始業の時間が近づいていることに気付く。


「そろそろ予鈴だし、ここにいると目立っちゃうから教室に行くか」

「だねっ」


 俺と優香は続々と登校してくる生徒たちの視線を一手に集めながら、肩を並べて教室へと向かった。


 そして俺と優香が校門前で待ち合わせていた話は、既に教室中に広まっていたのか、足を踏み入れた教室はいつになくざわめきに包まれていたものの。


 速攻で友だちから質問攻めにあった優香が、


「バスが遅れたから一緒になっただけだよ? クラスメイトなんだし普通でしょ? だってクラスメイトなんだもん、普通だよ」


 と、クラスメイトであることを強調しまくって押し切ってくれたおかげで、みんなはとりあえずのところは納得してくれたようだった。


 さすが優香は学園のアイドルだけあって、俺が健介に散々されたみたいにしつこくウザ絡みしてくるような友だちはいないようだ。


 ちなみに健介は死んだカエルのように机に突っ伏してふて寝していた。

 起こしてもいいことは全くなさそうなので、放っておいた。


 さてと。

 なんとしても明日の朝だけは早起きをするぞ……!!


 俺は自分の席に座って勉強道具を机に詰めながら、猛然たる決意を固めた。

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