4小節目
季節が廻り、二年になっても快進撃を続ける白崎が恐ろしい魔物のように思えてきた。ああいう人こそ天才と呼ぶのかもしれない。と同時に、自分は「平凡」なんだと思い知らされた。確かに、俺は「上手い」。だが、そこには「一番」ではなく「そこそこ」が付いている。つまり、俺は「そこそこ上手い」ということ。もはや何の意味もなさない「上手い」。そんなの、どこにでも転がっている。もっと言えば、この部のほとんどの人がそうだ。
「一番上手い奴」になる予定だったのに、才能を開花させた白崎なずなの存在によってそれは一生叶わず、しかも俺は「平凡」のレッテルを貼られることになった。
「あお太ってさ、吠えるの上手いよね」
それは、休日練の昼休みに口慣らしとしてグリッサンドをやっていた時のこと。急に目の前に現れたかと思えば、そんなことを言い出した。
「吠える? ああ、グリッサンドのこと?」
「そうそう。あたしさ、ホルンのグリッサンド超好きで。アルトやってた時にホルンとメロディーが同じことがあってさ、その時にグリッサンドが出てきてホルンと同じようにやろうとしても全然できなくて」
そりゃそうだろ。楽器違うんだから。
「もう笑っちゃってさ。木管楽器のグリッサンドって、ただ音階を高速で駆け上がるだけなんだよね。だからその時だけホルン吹けないかなーって思ってた」
「無理に決まってんだろ」
おっと、心の声が出てしまった。
「だよね。でも今はできるじゃん? だから、あお太みたいに力強いダイナミックな音でできたらいいな~って思ってる」
「……おまえならできるようになるよ」
俺よりも何倍も上手く。
「そうかなぁ。そうだといいんだけどねぇ」
すると、白崎が俺の目をじっ、と見つめた。……出た。何かを言い出す時の目だ。黒目がちの大きな瞳に困惑した俺が映っている。俺は耐えきれずこう言った。
「…………コツ、教えようか?」
いや、俺から教わらなくてもおまえは器用だから俺がやっているのを見ただけでできるだろ。何が『教えようか?』だよ。てか先輩に聞けよ。
「え! 本当?!」
クソ、分かりやすく目を輝かせやがって。
「よろしくお願いします、あお太師匠!!」
……ああもう。
「言っとくけど、俺は厳しいからな!」
「存じております、師匠!!」
「なら良し!」
何なんだ、この茶番は。だが、頼られることに喜びを感じたのは否定しようがない事実だった。
一個上の先輩たちが引退すると、新三年生、つまり俺たちの代から次の重役を決めるために交代でセクションリーダーの仕事を担った後、部員による投票で白崎は金管セクションリーダーに選ばれ、俺は自動的にホルンパートのパートリーダーになった。リーダーの兼任は大変だろうという配慮からだ。白崎はセクションリーダーになってから今まで以上に木管セクションリーダーであるアルトの黒岩にべったりだった。まあ、音楽の方向性を話し合うためだろうから当たり前といえば当たり前だが。
みんなから好かれ、頼りがいがあり、器用で、センスが良くて、上手い。まるで……まるで……。
「……まるで昔の俺じゃねーか」
でも俺と違うのは、吹奏楽に対して、楽器に対して、俺たちに対して、いつも本気で真摯で、情熱を持って向き合っているということ。
高二の冬、珍しく降った雪はコンクリートの地面に黒い染みを残して跡形も無く姿を消した。
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