第42話 イン・ザ・サン・アゲイン
終演後、真っ先に僕らのもとへやってきたのは山下だった。
僕は彼に何を言われるのかビクビクしてしまった。しかし、目の前まで距離を詰めてきた山下は勢い良く僕らへ頭を下げた。
「――本当にすまなかった。岡林のこと、見直したよ」
あまりにも山下が素直に謝罪するものだから、僕も鵜飼さんもびっくりしている。
そこは普通、ちょっと突っかかったりするんじゃないの?なんて思ったけど、どうやら彼は本気で頭を下げているらしい。
「わ、わかってくれればいいんだよ。僕と鵜飼さんは、ちゃんと音楽をやってるんだって。だ、だから頭を上げてよ」
いや、そういうわけにはいかないと2、3回顔を上げるのを拒否した山下だったけど、4回目ぐらいで顔を上げてくれた。
「正直なところ、お前らの前に出てきたあの子の演奏で決まったと思った。鵜飼は確かに歌が上手いけど、あんな凄いライブを超えるなんて無理だろって」
多分、山下だけではなく、みんながそう思っていたはず。
ほぼ梓の勝ち抜けで決まったような空気だったのは間違いない。
「でもそれをあっさりと超えてきた。これが本物じゃなくて、何が本物なんだって」
山下の言葉に熱がこもる。
ベタかもしれないけど、心に響いたというのはこういう事を言うのかもしれない。
「そんな本物だからこそ、俺は心から詫びたい。バカにして申し訳なかった」
「そ、そんな大げさな……。ちゃんと間違いとか誤解とかを正してくれれば、僕はそれでいいと思ってるよ」
「……いや、俺はお前にかなりの悪いことをしたはずなんだ。これで許されていいなんて思わない。殴るなら殴れ、そうじゃないと俺の気がすまない」
「困ったなあ……」
山下は俺を殴れと身を差し出そうとする。
でも僕は彼を殴ろうなんて気はない。だからどうやったら山下の気が済むのか頭を抱えてしまった。
僕が困惑していると、隣にいる鵜飼さんが妙案を口にする。
「じゃあこうしたら? これから山下は、私達のライブに絶対に来ること。もちろん最前列で」
「う、鵜飼さん……? それはどういう……?」
「簡単だよ、岡林くんが誤解されたぶん、山下は私達を応援してくれればいいってこと。それなら岡林くんも不本意に山下を殴らなくて済むでしょ?」
「た、確かに……」
仲を違えた分、それを取り戻すように応援してもらう。
本当に山下が反省をしているならば、確かに鵜飼さんの案は悪くない。僕だって慣れない拳を使わなくて済む。
「いいのか……? そんなんで」
「そんなんでって言うけど、結構エグいと思うよ? もし私達が武道館とかでライブすることになっても絶対最前列だからね?」
鵜飼さんは絵に描いた餅のような無理難題をふっかける。
実際にそんなことになるとは思えないけれど、山下は本気だった。
「もちろんやる! やらせてくれ! 俺がやらかしたことは、俺自信でケリをつけてやる! だから岡林、次のライブはいつなんだ? 教えてくれ!」
山下がそんなにやる気になっているとは思わず、僕は慌ててスマホを出してスケジュールを確認する。
「え、えっと……、次は……」
「次は来月の最終予選ライブ、確か場所はここより大きいライブハウスだったよね?」
僕よりひと足早く予定を確認していた鵜飼さんがそう言う。
最終予選ライブで勝ち上がれば、いよいよ全国大会も見えてくる。
「鵜飼さん、でもまだ予選通過が決まったわけじゃ……」
「何言ってんの、あれで通過しなかったらそれこそ運営に殴り込みよ。山下を鉄砲玉にしてね」
「なんだか発想がカタギっぽくなくて怖いよ……?」
僕は鵜飼さんの目が冗談ではないということを確認して、少しだけ身震いした。
やっぱり、この人を本気にさせたら敵わないんだろう。
「というわけでこの件は和解ってことで!」
「ああ、岡林も鵜飼も、絶対優勝してくれよな」
難航していた山下との関係性も、誤解していた部分が紐解けて良かったと思う。
音楽の力があればこそだったし、鵜飼さんがいなければここまでたどり着くこともなかっただろう。感謝しきれない。
「とりあえずお疲れ様だね。結果発表はまだだけど、打ち上げでもしちゃう? 梓ちゃんも誘ってさ」
「ははは、それもいいかもね。だいぶハッスルして疲れちゃったし」
大一番が終わって緊張が解けた僕ら2人は、こんな感じで軽く談笑していた。
すると、とある男性から声をかけられた。
「すいません、Sun Diva Orchestraの鵜飼さんでよろしいでしょうか」
その男性は背が高くて、ちょっとオシャレな青系のスーツを着たビジネスマンのようだった。
そして彼は僕ら2人ではなく、鵜飼さんに用事があるらしい。
「私、こういう者です。本日のライブを拝見させて頂いて、是非お話を聞いていただけたらなと思いまして」
彼は鵜飼さんに名刺を差し出してそう言う。
一方の鵜飼さんはその名刺を見て表情が変わる。その瞬間、僕はとても嫌な予感がした。
「……はい、少しだけなら」
鵜飼さんはすぐに戻るからと言って、男性に連れられてどこかへ行ってしまった。
今思えばこの瞬間、全力で彼女を引き止めるべきだったのかもしれない。でも僕の身体は、ピクリとも動かなかった。
しばらく僕がその場に立ち尽くしていると、梓がやってきた。
どうやら彼女も、打ち上げ的にどこかへ行こうと僕と鵜飼さんを誘いに来たみたいだった。
「お疲れ様、紅ちゃん。……あら、茉里奈さんはいないのですか?」
「あ、ああ、鵜飼さんなら、なんか青いスーツを着た人と話があるって……」
僕がそう言うと、梓はもしかしてという表情をする。
鵜飼さんに声をかけたスーツの彼に心当たりがあるらしい。
「さっき私もその人に声をかけられました。名刺を見る限り、芸能事務所の方のようで」
「えっ!? それはもしかして、スカウトってこと……?」
「そうだと思います。私は興味がないのでお断りしましたけど。茉里奈さんにもお誘いが来たのですね」
僕は梓のその言葉に背筋が凍った。
スカウトということは、鵜飼さんは歌手デビューする可能性があるということ。
そうなればもちろん、Sun Diva Orchestraは解散。僕はまたひとりになってしまうだろう。
そんな不安を煽るかのように、僕のスマホには鵜飼さんからのLINEのメッセージが入る。
『ごめん! 話が長くなりそうだから、打ち上げはまた後にしよ!』
僕はこのとき初めて、鵜飼さんのメッセージを既読無視してしまった。
いつの間にか、僕らと梓の2組が予選を突破したことが運営から発表されたけど、そんなことは全く耳に入らずうわの空であった。
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