僕がネットで評判のソングライターであることを、クラスの陽キャな歌姫だけが知っている。
水卜みう🐤
第1話 太陽と月
『普通に音痴で草』
『曲は良いのに歌がお察し』
『なんでアップロードしたのかが謎』
これらは全て僕、
作詞作曲、アレンジ、そして歌。全て僕が担当したわけなのだが、とりわけコメント欄では歌唱力の低さに批難が集中していた。
曲のクオリティと歌の酷さのミスマッチがクセになるといって再生数が地味に伸びているのもなんだか悔しい。
「くそー! 曲には自信あるんだけどなあ!!」
パソコンのモニタ越しに飛び込んで来るコメントに僕は腹を立てていた。
こっちだって下手に歌おうとして歌っているわけではない。歌に関してはどうやっても上達しないのだ。上手く歌える人がいるならばその人に歌わせてやりたいに決まっている。
でも、そんな人はいない。
スクールカースト下位の陰キャラである僕に、歌が上手い人のコネクションなんてあるわけがない。
ましてやこんな恥ずかしいこと、クラスの誰にも知られたくない。だから僕は今日もひとりで曲を作っては下手くそな歌をネットの海に垂れ流している。
◆
「えっ!? マジ!?
「ヤバくないヤバくない。若い人のエントリーが少なかったから多分数合わせだよ。ラッキーなやつ」
「そんなこと言ってー、ウチらの中でズバ抜けて歌上手いじゃん。絶対応援しに行くから優勝してよね!」
僕が通っているとある公立高校、1年F組の教室では今日も今日とて陽キャラたちが騒いでいる。
話題の中心にいるのは
ザ・陽キャラな鵜飼さんは美人で可愛くてどんな人とも仲良くなれる太陽みたいな人だ。朝学校に行くと、僕みたいな奴にすら挨拶をしてくる。聖女通り越して太陽神と言ってもいい。
しかも歌がとても上手いらしく、日曜の昼からテレビで放送されているのど自慢の予選に受かったらしい。
テレビに出たら、そのルックスと噂の歌唱力でさらに彼女の人気が高まるに違いない。
歌が下手くそというイマイチな理由でYouTubeが不本意に伸びている僕からしたら、真っ当に人気を獲得していて羨ましい限りである。
僕の作った曲も、鵜飼さんのような人に歌ってもらえたらなあ……。そんな絵に描いた餅のようなことを思いながら、僕は会話を盗み聞きする。
「それでそれでー? 茉里奈は本戦で何を歌うの?」
「うーん、本当は歌いたかった曲があったんだけど、曲の権利の関係でダメみたいでさー。しょうがないからMiSAの『紅炎華』にしようかなーって」
「超ヒット曲じゃーん! 間違いなく優勝っしょ!」
僕は音の出ていないヘッドホンを装着し、自席の机に突っ伏して寝たふりをして聞き耳を立てていたが、鵜飼さんのそのセリフに思わず吹き出しそうになった。
その曲は、しょうがないから選ぶような曲ではないのだ。
MiSAの『紅炎華』と言えば人気アニメの主題歌で、その歌唱難易度の高さからインターネットカラオケマンたちが次々悲鳴を上げているといういわく付きだ。
一介の女子高生が歌い上げようものならそれはそれで一大事になる。
「それでそれで? カラオケで『紅炎華』歌ったら茉里奈は何点取れるの?」
「うーんと……、YOISOUNDの採点だと98……」
「やっば! あの採点めっちゃシビアなのに98点とか茉里奈人間辞め過ぎー! もう絶対優勝以外あり得ん! 茉里奈しか勝たん!」
鵜飼さんのツレの子が言うとおり、カラオケの定番機種であるYOISOUNDの採点はかなり厳しい。
以前、テレビ番組で歌手本人が採点にチャレンジする企画があったが、それでも90点を超えることはなかなか難しいのだ。その採点システムで98点を叩き出すのは異次元すぎる。
……ちなみに僕は平気で50点を割り込む。下手をしたら歌わないほうが点数高いんじゃないかと思えるぐらい。
そんなハイレベルな鵜飼さんのことだ。本当にあっさり優勝してしまうだろう。
鬼に金棒、虎に翼、陽キャラ美人に歌唱力。
考えれば考えるほど、僕と鵜飼さんは住んでいる世界が違う。
「あっやばっ、次移動教室だったの忘れてた。――じゃあ茉里奈、そろそろ行くね。のど自慢頑張って!」
「ありがと! 頑張っちゃうよー!」
ツレの子が慌てて帰っていくと、騒がしかった僕の周囲がスッと静かになった。
鵜飼さんは自分も次の授業の準備をしようと自席の椅子に腰掛けようとすると、何かに気がついたのか僕に話しかけてきた。
「……あれ? 岡林くんのそのヘッドホン、『THE INITIAL TAKE』で使われているやつだよね?」
寝たふりをしていたことなどまるでバレていたかのように、鵜飼さんは僕のヘッドホンを指差してそう言う。
彼女の言う『THE INITIAL TAKE』というのは、YouTubeにて有名アーティストが自身の曲をやり直しナシの一発録りで収録する動画が上げられているチャンネルだ。
一発録りの独特の雰囲気と、アーティストの真剣な一面が見られるということで大人気チャンネルとなっている。
僕のヘッドホンはそのアーティストたちが使用している者と同じものだ。なかなかお値段が張るのでなんとか小遣いをやりくりをして買った宝物でもある。
寝たふりが感づかれないように、僕は今さっき起きたような素振りで鵜飼さんの質問に答える。
「そ、そうだよ……。SONYのMDR-900STさ」
「マジ!? いいなあー、私も欲しいんだけどどこも品薄でなかなか売ってなくてさー。やっぱり動画の影響力ってすごいよねー」
「そ、そうだね……。ハハハ……」
僕は作り笑いを浮かべた。コミュ力のある人なら、ここで気の利いた返しをするんだろう。
僕の会話が下手くそなのはしょうがない。陰キャラなんだもの。
テンションの高い陽キャラ鵜飼さんの会話についていくのは大変だ。でも、鵜飼さんは好きなことにまっすぐ向き合っているのが良くわかるので、すごく好感が持てる。
もちろん、彼女が可愛いのでつい話しかけられると嬉しくなってしまう陰キャラ特有のバイアスがかかっているのもあるけど。
鵜飼さんが友達になれば、それはそれはとても楽しい高校生活を送れるのだろうなと思う。でも多分、僕には無理だろう。だって女子と話す機会なんてほとんど無いんだもん。
「岡林くんもどう? のど自慢大会の応援来てくれない?」
「えっ……? ああ、えーっと……」
突然話が変わって僕は動揺してしまった。
誘われたのは嬉しいけれど、鵜飼さんとは隣の席である以外特にそれらしい繫がりはない。
多分、彼女は皆に同じような感じで声をかけているのだろう。
誘いに乗ったとして、そんな場所に陰キャラの僕が行ったらどうなる?
周りは陽キャラだらけだ。とても惨めな思いをするに違いない。
「ご、ごめん……、その日はちょっと……」
「あー、やっぱり忙しいよねー、3連休の中日だし。じゃあまた別の機会によろー」
渋々誘いを断ると、鵜飼さんはあっさり流してくれた。後ぐされ無いようにちょっとフォローも入れてくる。
こういうさっぱりしたやり取りも、彼女が人気者である理由なのだろう。
それぐらい鵜飼さんは気遣いが出来る人なのに僕ときたら……。いや、こういう自虐的な思考は身体に良くないらしいからやめておこう。
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