第27話 目が覚めると
自分は炎に包まれているのではないか、それぐらいに全身が熱かった。頭から爪先。心臓から内臓から。全ての神経が熱いものでも通っているのかと思うほどに熱かった。
だが同時に心地良かった。自分が自由に空を飛んだり、どこまでも走ってなんでもできるような高揚感があった。
今ならどんなものにも負けないような気がする、あの恐ろしい魔物にさえも勝てるような気がする……これなら大丈夫だ。
(大丈夫っ……!)
そう意気込んで閉じていた目を開け、飛び起きた。そこはつい最近借りたばかりである学生寮の三人部屋だ。
木のイスに座っていたベリーが自分を見て「元気だなぁ」と安心したように笑っている。その笑顔を見ると、こちらも肩の力が抜けて安心する。ベリーは本当に優しくてイイヤツだから。
ベリーを見てホッとする一方、ミューは自分のそばにある違和感に「なんだろう」と思った。すぐそばに誰かがいるようだ。正確に言えば自分が今の今まで寝ていたベッドの、自分のすぐ隣に誰かが寝ているようだ。あたたかい体温と安らかな寝息を感じる。
(ん……?)
ベッドに座ったまま、ゆっくりそちらに視線を向けると。そこにはきれいな緑色の髪色と端正な顔立ちの天魔が美術品の彫刻のようにスヤスヤと寝ていた。
きれいな寝顔だなぁ、とのんきに思ってしまったが。それが誰であり、そして今どんな状況であり……に気付いた途端、頭がボンッと爆発しそうになった。
「セ、セラッ! なんでセラがっ!」
しかもいつもの白いスーツを着ていない。いつもはスーツに隠されて見えなかったが細いながらも力強さを感じる肩や腕があらわになっている。
下半分は薄い毛布をかけられて見えないが(もしかして……)と想像してしまう。いや確認はできない、恥ずかしい。きっと出会った頃のベリーみたいにたくましいモノが……って考えちゃダメだ。
恐る恐るベリーに視線を向けると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「わりーわりー。だってそいつケガしてただろ。それにしばらくお前の力を分けてもらってなかったからさ。力分けないと傷の治りも遅いし、下手したら意識なくして死んじまうからさー。オレとしては不服だったんだけど、お前の隣に寝かさせてもらった。次はオレが寝かせてほしいな〜」
そうだ、セラはケガしていたのだ。毛布の下に隠れて見えないが腹部には刺し傷が残っているだろう。
それにしてもきれいな肌だ。ベリーの褐色の肌とは反対に白くてスベスベしてそうで。長くて美しい指で、でも自分ぐらいなら簡単に抱えてしまいそうな程よい筋肉のある腕で。
見ているとだんだんと緊張してきた。いやいや見ちゃいけない。うん、これ以上は見ない。セラに怒られそうだ。
ミューは目を閉じ、額に手を当てて「はぁ」と息をついた。
「事情はわかったよ、ベリー。でもなんで裸なの。裸にしたのはベリーでしょ」
「あ? いや、なんとなく。スキンシップっていうのした方が安心するんじゃないかと思って〜。ミュー、オレにもしてほしいんだけど、ダメ〜?」
「ダメ」
やれやれ、とこめかみを指でかいた――その時、こめかみに痛みを感じた。鋭いもので引っかいたような痛さだ。
「えっ」
見れば自分の爪が妙に尖っている。まじまじと自分の爪を見た。やはり爪は形が変わり、先端が鋭くなっている。切り忘れたぐらいじゃ、こんなにはならない、寝ている間に誰かがネイルでも、なんてそんなわけはない。
セラを起こさないようにベッドから立ち上がり、机に置いてあった手鏡で自分の顔をのぞいた。
そこには確かに、いつものほほんとした自分の顔が写っている……だが瞳の色がまた変わっていた。正確には赤と緑の色が濃くなっている。
そして口を開けた時に気づいた。犬歯が鋭くなっている。まるでベリーの牙みたいだ。そこまではいかないけれど、それに近く見える。
「べ、ベリー、僕はどうしちゃったの。なんで僕、牙とか爪とかが鋭くなってるのっ?」
そういえば、 と思い出した。まだ記憶が曖昧だが。自分はこの手の平から火の玉みたいなのを出したはずだ。それでタナトスを攻撃して追い払ったんだ。
なんでそんなことができたんだろう、普通の人間である自分が。なんで魔物みたいなことができたんだろう。少し怖くて声が震えそうになるの我慢しながら「ベリーは何か知ってる?」とたずねてみた。
「知ってるぜ」
いつも笑顔のベリーだが。
今そこにいるベリーは目の前に宝物が現れたかのように心底にっこりと笑って、白い牙を口からのぞかせた。こういうのを恍惚の表情というのだろう、ベリーは嬉しそうだ。
「お前にはオレとセラの血が混じっている。だから覚醒したんだろうな。人間と魔物の混血として」
……混血? ベリーとセラの血?
『だってお前にはオレとセラの――』
いつだったか、ベリーが言いかけていた言葉の答えはそこにあったのだ。
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