第8話 思い出話
寮で夕食と入浴をいつも通り済ませ、部屋に戻ろうとした時。管理人のおじさんが声をかけてきた。
なんと生徒三人が相部屋で使える部屋が偶然にも空いているらしい。明日掃除して使えるようにしておくから、今日だけはなんとか狭い部屋で我慢してほしい、とのことだ。
自分はまだ管理人さんに話をしていないから。もしかしたらトト先生が先に話をつけてくれたのかもしれない。さすがトト先生、優しいし、先の見通しがバッチリだ。
ならば今夜だけ、ベリーとセラを別部屋でとも考えたが。それはやめておいた方がいい、と管理人さんに言われた。
寮の中とはいえ、万が一にも魔物が襲ってこないとも限らない。特に一度召喚した召喚者には独特な魔力が発生し、野魔に狙われやすくなるらしい。だからパートナーがいない状態で長時間一人でいるのは危険だそうだ。
そういう管理人さんの足下には渋めの顔つきの狼に似た地魔がいた。その落ち着いた佇まいから、きっととても長い時間を一緒にいるんだろう貫禄を感じた。管理人さんは愛しい子をあやすように狼の頭をなで、一方で狼は安心した顔で管理人さんの手に身を委ねている。
その様子を見ていると自分もいつか……管理人さんと、この地魔のように長年連れ添い、深い信頼関係になれたらいいな、と思った。
部屋に戻るとパートナーの二人がいた。床に座って壁に寄りかかるベリーと、勉強机のイスに座るセラに「明日は広い部屋に移れるからね」と伝えた。今晩だけは我慢なのだが。
「んー……でもやっぱり二人とも、今夜その状態で寝るのは、きついよね。一晩ぐらい大丈夫じゃないかな、別の部屋でも。僕は一人でもいいよ?」
そう言うとベリーは今の言葉をいさめるように「ダーメ」と言って、セラは鋭い視線で睨んできた。特にセラの視線には身体がギクッとなってしまった。
「管理人にも言われたのですよね。一人で過ごすのはダメだと。その油断で自分の身も私達の身も滅ぼすことになるんですよ。それなりの理由があるんだということを理解しなさい」
残念、怒られてしまった。
セラは呆れたようにため息をつき、本棚にあった本を一冊取り、それに目を通し始めた。物理学の本だ、よく似合う。セラは人間の知識にも精通しているんだろうか、探究心が深そうだ。頭も良さそうだけど、セラはやはり少し怖い、かも。
「……ごめんなさい」
怒られたことに、へこんでいると。ベリーが笑って手を振りながら「気にすんな〜」と言った。
「ミュー、確かにそいつの言うとおりだ。オレらにはお前が必要だ。中には本能のままに人間を喰らう魔物もいるんだから用心するに越したことはない。それにさ、そいつ冷てぇことを言ってるようだけど、実はお前のこと心配してんだよ。見た目と言葉が一致しねぇの、ツンデレ、っつーのか、こういうの」
(……そうなの、かな)
そう思いつつ、視線をセラに向けた。セラは変わらずムッとしている。
だがチラッとこちらに視線を向けると、またすぐに視線を本に戻していた。
「くだらないことを言ってないで明日も学校なんでしょう。早く寝ることです。若いうちは睡眠が重要ですよ」
そんなセラの気づかいを聞いたら、思わず笑えてしまった。今のはすごく年寄りみたいな発言だ。端整な顔から急に引き出されたその言葉が考えれば考えるほど、おかしくなる。セラに失礼だと思って、すぐ手で口を隠した。
「……何がおかしいのです」
「ごめん、なんでもない」
セラはふてくされてしまったのか、小さく息をついていた。
けれどなんだかんだセラも優しいみたいだということがわかった。冷たく言い放ちはするけど、内心は陽を浴びたあたたかな布団のように、ほんわかしているのかもしれない。
そうなると恐怖心はなくなり、自分は二人に対する興味の方が強くなった。
「もう少しだけ話したいな。ねぇ、セラにベリー、君達は何十年も生きてるんだよね。すごい魔物とかと戦ったこともあるの?」
ミューはベッドの端に座り、二人の返事を浮き立つ気持ちで待った。なんだか楽しくなってきた、まるで友人とお泊りしているみたいだ。
セラはめんどくさそうな顔をしていたが、ベリーは「へへ、もちろん」と気合いが入ったのかその場で両腕を回し始めた。頭の横の黒い角が壁に当たりそうでヒヤヒヤする。
「オレとセラはこう見えてもレベル高い方なんだ。前のパートナーがさ、結構正義感あるヤツだったから。巨大な野魔になっちまったヤツとか頭おかしくなった強いヤツとかの退治に駆り出されることも何度かあったなぁ。あ、そいつと戦ったことあんぞ、そこの変態と」
ベリーはセラを指差した。セラは相手にしない感じで本を見続けている。
「でもそいつ、つえーんだよ。スカしてるし、白いスーツなんか着て一見弱そうに見えるけどめちゃくちゃタフだし。何回か戦うんだけど結局引き分け。でもそいつ、口がうまいから人間を乗せるのがうまくてな。だからなんだかんだ言いくるめて力を分けてもらってレベルを上げてる感じ?」
「乗せるなんて失礼ですね。パートナーとなった人間にお願いしているだけですよ。力がほしいので、ちょっと身体の一部を多めにくださいとかね」
「そ、それはつまり……」
ミューの言葉が詰まる。魔物が力を得るには人間の一部をもらう必要がある。主には血だ。血は一番分け与えやすい。あとは髪の毛とか、爪とか、指とか、かな?
そう考えるとゾッとした。朝起きたら自分の指は一本なくなっていたりするんじゃないか。いや大丈夫だよね、いくらセラでも寝込みを襲うようなことは……ないよね。
「そ、そうなんだ。二人ともすごく強いんだね、心強いよ。じゃあ、前のパートナーの人はすごくいい人だったんだね? 僕より力もあっただろうし」
話を誤魔化そうと思って、たずねると。
セラは本を見ながら目を細め、ベリーは「そうだな」と笑った。
「オレの前のパートナーは、すごくいいヤツだった。自分より他人を大事にするような。魔物のオレのこともすごく大事にしてくれたなぁ、うまいもんとかもたくさんくれて。あ、オレ、ハンバーガーってやつ好きなんだ。あれはうまい!」
ベリーは目を閉じ、なつかしむように笑っている。その脳裏では過去のパートナーである優しい人間も笑っているのかもしれない。
もしかしてベリーが見た目とは違ってすごく優しいのは、その人の影響も強いのではないか。今度ハンバーガーを買ってきてあげようかな、どこの店だろう、リサーチしとこうかな。
ベリーが色々教えてくれる一方で、セラは何も教えてはくれなかった。ただ静かに本に目を落としていた。彼のまとう雰囲気が氷のように冷えているような気がして。その雰囲気に気圧されてしまい、何も話せないまま時間が経過してしまった。
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