エピローグ

アメちゃんは平和の味



 クリスタルスライム。

 水と空気のキレイな妖精の谷にしか住んでない、透明感のあるスライム。

 ぷるんと可愛いやつが、つぶらな青い目でこっちを見てる。


「可愛いな」

「可愛いよね」

「これ、アコギーだよな?」

「たぶん」


 この可愛いスライムがみんなを苦しめてたのか? それに、蘭さんはどこに行った?


「蘭さんは?」

「それはたぶん、コイツの特技の擬態だろうな」

「ああ、たまにスライムが持ってるスキルね」


 本来はパーティーの仲間の誰かに化けるんだけど、アーティは敵の仲間にも化けることができるんだろう。いや、もしかしたら、僕らの記憶のなかから呼びだしたのか? スゴイ技だ。


「アーティはアコギーなんだよね?」

「ぷるん」


 アーティがうなずいた。たぶん、うなずいた。


「なんで悪いことしてたの?」

「ぷるぷる」


 今度は首をふったっぽい。

 うーん。わからん。

 困りはててると、そのとき、書斎にとびこんでくる人が。


「アーティ!」

「ぷるん!」


 猛の依頼人だ。とつぜん来たなぁ。いいタイミングだなぁ。部屋の外で待ちかまえてたかのような……。


 メー〇ルっぽい美しい半透明のクリスタさんが、かけこんできて、アーティを抱きしめる。アーティもぷるんぷるんしつつ、涙ぐんでるようだ。


「息子を見つけてくださって、ありがとうございます」

「息子さんでしたか」

「わたしたちはこのとおり、クリスタルスライムです」

「ですね」

「わたしはクリスタルスライムの女王です。なので、人間の姿に化身することができるのです」

「そうなんですねぇ」


 半分透けてるけどね。そこは黙っておこう。かどを立てる必要もあるまい。せっかく語ってくれてるんだから。


「あるとき、妖精の谷をおとずれた人間と、わたしは恋に落ちました」

「異種族間恋愛ってやつですね」

「わたしたちは婚姻を結び、幸せに暮らしておりました。それがあの廃墟です」

「なるほど」


 どおりで、あの肖像画、透けてたわけだ。オバケだったんじゃなかったんだね。


「アーティは主人とのあいだにできた子です。女王のわたくしの力と、冒険者だった主人の力を受け継ぎ、生まれつきクリスタルスライムとしては桁外れの強さを持っていたのです」


 けっきょく、ちゃんと戦えなかったけど、たしかに強かったな。とくに裏切りとか、悪魔のささやきとか。擬態も狙って蘭さんに化けたのなら、僕らの弱点をついたことになる。蘭さん相手じゃ、僕らが躊躇ちゅうちょするからね。


「そのせいで目をつけられたのです。まだ魔王軍が勢力を保っていたころ、アーティを幹部にしようと魔物たちの軍団がやってきて屋敷を襲いました。主人はアーティを守るために戦い、命を奪われました……」

「そ、そうだったんですか……」


 うっ。泣ける話じゃないか。お父さん、立派だったよ。


「わたしはアーティをつれて屋敷から逃げだしました。しかし、その途中で魔物たちに見つかってしまい、わたしは息子と引き離されてしまいました」

「うん。うん……」

「アーティは魔王軍にさらわれてしまったのです。そのあと、アーティはつらい毎日でした。怖いモンスターたちにイジメられないよう、必死に悪を演じ、功績をあげてきました。でも、心のなかではいつも逃げだしたかったのです」

「うう……」


 涙が……涙がこぼれるよ。アーティ、苦労したんだね。かわいそうに。


「魔王が倒され、やっとアーティは自由になりました。ですが、瓦解がかいした魔王軍のなかには、行き場を失った魔物がたくさんいました。魔物たちは生活に困っていました。アーティは軍の幹部になっていたので、多くの部下に泣きつかれました。それで、魔王軍の残党を集め、これまでやってきた方法で、人間たちから食料を強奪していたのです。それしかやりかたを知らなかったからです。子どものときにさらわれ、ずっと魔王軍で生きてきたので」

「うん。うん。わかるよ……」

「かーくん。鼻水出てるぞ」

「だって……」

「ほら、ティッシュ」

「兄ちゃーん」


 そうか。魔王軍の残党も、みんながみんな、ダンケさんみたいにトウモロコシ育てることができるわけじゃないもんな。平和になった世界では生活能力のない魔物もたくさんいるんだ。


「うーん。だからと言って、人間の世界であばれられるのはなぁ。ねぇ、兄ちゃん」

「魔物たちに仕事があればいいんじゃないか?」

「どんな?」

「うーん。魔物にでもできて、人間の迷惑にならなくて……」


 すると、アーティがぷるんとふるえた。クリスタさんが通訳。


「アーティが言っています。アメちゃんをもらえるなら、かーくんさんの下で働きますと」

「僕のねぇ。金貸しの下に軍団……すっごい悪徳高利貸しっぽいね」

「ハハハ」


 猛、笑いごとじゃないんだけど。

 と、そこへ、またまた、誰かが書斎にかけこんでくる。


「おお、かーくん。猛。ひさしぶりやな。遊びに来たで」


 大阪の友人の三村くんだ。この世界では、シャケって名前。エピローグになって、急に新キャラ出して、ごめんね。


「いやぁ、探したで。キッチンから物音するし、のぞいたら地下がダンジョンになっとるんで、ビックリしたわ」

「は?」

「せやし、地下がダンジョンになっとってな。ガーゴイルがウジャウジャおんねん。いやぁ、久々にバトッてスッキリしたわぁ。ええ運動になった」

「それだー!」



 *



 というわけで——


「かーくん。ダンジョンマスターになったんですってね。おもしろそうだから、僕も遊びに来ましたよ」

「あ、ロラン。いらっしゃい。入場料は上級者コースで千円ね。デンジャラスコースなら五千円だよ?」

「デンジャラス! 魅惑の響き。はい。五千円」


 今日から開店。

 アメちゃんダンジョン。

 今の世の中、鍛えようと思っても魔物とエンカウントしないからね。腕のなまった冒険者や、モンスターが落とす宝箱目当てに素材を探す鍛冶屋など、オープンと同時に大にぎわいだ。


「はいはい。ダンジョンの入口はこちら! 僕んちのキッチン地下だよ〜。はい、いらっしゃい。あ、お子さんね。なら、初級コースで庭のぽよぽよたちと戦えるよ。レベル3までの人限定ですよぉ。初級コースの宝箱は僕のアメちゃんが入ってるよ〜」


 あれ? 僕、なんでダンジョン経営してるんだ?

 いや、これでモンスターたちは働く場所ができたし、僕はアメちゃんさえ生んでれば、すわってても儲かるんだけど……。


「兄ちゃん。なんか、違わなくない?」

「ハハハ」

「僕は金貸しなのにぃー!」

「おっ、アメちゃん誕生」


 まだまだアメちゃんにふりまわされそうだ。




 了

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