第21話:複製体

アバコーン王国暦287年5月2日ハミルトン公爵領テンペス城・エマ視点


(これがわたくしの複製体なのですか?

 わたくしと容姿が違うように思うのですが?)


(それはエマが公爵令嬢に相応しい立ち振る舞いをしつけられたからよ。

 それに王太子妃になるための厳しい教育も受けたのでしょう?

 それに、いつも侍女達が最高のメイクをしてくれているじゃない。

 何の努力もせずに大きくなって、メイクもしなければこうなるのよ)


(信じられませんし……なんだか腹立たしいですわ!)


(でも、エマも一緒にみていたでしょう?

 エマが探し出してくれた魔術書に従って創ったわよね?)


(……確かにその通りですわ)


(納得してくれたのなら、問題は私の意識をこの複製体に移せるかどうかよ)


(移せなかったらどうするつもりですの?)


(もう既に魂が宿っているなら、私には殺せないわ。

 エマが妹として育てるか、孤児として誰かの養子に出すか……)


(わたくしの複製を自由にさせる訳にはいきませんわ。

 ふしだらな夫人や令嬢がお腹に宿った子を流すのと同じですわ)


(全力で反対したいけれど、私のいた世界にも堕胎があるのよね。

 できれば私の寝ている時にして、お願い)


(……ミサキにはまだ人殺しは無理のようですわね)


(できれば殺さずにすませたいの)


(そんな余裕はないと思いますわよ。

 このままでは殺される未来しか思い浮かびませんわ。

 毎月複製体を作って、できるだけ早くこの身体から出て行ってもらいますわ)


(うん、これ以上他人の命を預かるのは嫌だから、できるだけ早く成功させて)


 これ以上ミサキに厳しくするわけにはいきませんわね。

 もう十分に役に立ってくれていますもの。

 命の恩人にこれ以上の無理強いするのは貴族として美しくありませんわ。


 なにより複製体をほぼ完成させられた事は信じられないほどの業績ですわ。

 わたくしの見つけ出した魔術書でも、理論は書かれていましたが、ことごとく失敗していたのですもの。


 それが月に1度女性にしかできないとはいえ、成功させてくれたのです。

 莫大な魔力が必要で、わたくしにしかできないとはいえ、成功させてくれました。

 この研究を極めることができれば、魔術を復活させられますわ。


 わたくしが考えなければいけないのは、これを一般化させてもいいかどうかです。

 ミサキが教えてくれた魔力を蓄える技術も含めて、私個人で終わらせるのか、それともハミルトン公爵家の秘術として残すかですわ。


 ミサキが同意してくれるかどうかは分かりませんが、ハミルトン公爵家の当主としては、家の秘術として秘匿したいですわね。


 ブラウン侯爵家と一緒になって新たな王家を打ち立てるのなら、なおさら他に漏らすわけにはいきませんわ。


 王家が揺るぎようのない圧倒的な力を持ってこそ、その国は安定しますわ

 安定した国でなければ、家臣領民が苦しむ事になりますもの。


 問題は、ミサキが反対した時ですわね。

 ミサキが魔術の技術を広めると言い張った時、わたくしには止められませんわ。

 残念ながら、この身体の優先権はミサキにありますもの。


 ミサキが眠っている時は自由に使えますが、起きている時には何もできませんわ。

 だからといって、この身体に同居している以上、殺す事もできません。

 自分も一緒に死んでしまいますもの。


 ミサキを殺すには、複製体を完成させなければいけませんわね。

 ミサキはこの身体をわたくしに返してくれるつもりです。

 何も言わなければ、自ら積極的に研究してくれるでしょう。


 でも、できる事なら、ミサキを殺したくはありませんわ。

 命の恩人であり協力者でもあるミサキは、できることなら殺したくないのです。


 ですが、わたくしはハミルトン公爵家の当主です。

 私情は押し殺さなければいけない立場にありますわ。


 ミサキが魔力と魔術を秘密にする事に賛成してくれるのが1番いいのです。

 賛成してくれれば、ミサキと敵対する事もありませんわ。


 普段からミサキと争う事がないのが1番ですが、そうもいきません。

 そもそも複製体の処遇からして意見が違うのですから。


 かといって、わたくしと全く同じ身体を持つ複製体を野放しにはできませんわ。

 最悪の場合、わたくしを殺してハミルトン公爵家当主の座を奪おうとするかもしれないのです。


 ミサキがわたくしの身体を乗っ取ったように、複製体の身体を処刑したジェームズが乗っ取ってしまうかもしれないのです。


 ジェームズだけに限った事ではりません。

 ミサキが言う魂というモノが、魂のない複製体に入り込むかもしれないのです。

 

 この事をミサキに言えば、ミサキが入り込めない複製体の処分に心から賛成してくれるかもしれませんわね。


(ミサキ、話し合っておきたい事がありますの)


 ★★★★★★


(エマの言いたいことは分かったわ。

 確かに、数千万人の命を預かるエマには見過ごせない事よね。

 私もよく考えたけれど、ジェームズや王太子のような奴に、魔力や魔術を教えたら、どのような罪を犯すか分からないよね。

 エマが認めた人間にしか魔力と魔術を教えない事には賛成する。

 複製体の事も、私が直接手を下さなくてもいいのなら、眼をつむるよ。

 こんな事なら、複製体なんて創らなければよかった!

 複製体を創るよりも、この身体を不老不死にする研究をした方がよかった)


(……ですがそれでは、ミサキの覚悟のなさで、この身が危険に陥る事は同じではありませんか?)


(不老不死に成る事ができたら、危険などなくなるわよ)


(確かにその通りですが、本当に不老不死に成れるのですか?)


(絶対になれるとは言えないけれど、それは複製体も同じだったでしょう?)


(そうですわね、わたくし、複製体の時も絶対に不可能だと思っていましたわ)


(まだ目標だった魂の憑依はできていないけれど、複製体自体は成功したでしょ?)


(そうですわね、あの魔術書ですら不可能だと言っていた事に成功しましたものね)


(だから、不老不死の元になる魔術書さえあれば成功すると思うのよ。

 ただ、莫大な魔力は必要になると思うの。

 ハミルトン公爵家当主の権限で、もっと食事量を増やしてくれない?)


(あまり大量に飲み食いするのは、公爵令嬢として恥ずかしいのですが、複製体の研究に加えて不老不死の研究までするのですものね。

 評判が落ちるのは我慢しなければいけませんわね)


(そうしてくれると助かります。

 複製体を成長させるためだけに、結構な魔力を使いましたから)


(そうですわね。

 恥を忍んで大量のお菓子を食べたのに、その魔力分を全部使う事になってしまいましたものね)


(大量に飲み食いしたモノは、内臓に少し魔力を循環させて急いで消化吸収させてくれれば、お腹をこわす事もないと思うわよ)


(……そうですわね、公爵令嬢ともあろう者が、お腹を壊してしまうのは恥ずかし過ぎますから、できるだけ早く消化吸収とやらをしなければいけませんわね)


(分かってくれたのなら、今直ぐ魔力を蓄えてくれる?

 複製体に食事をさせる訳にはいかないから、外から魔力を流して身体を維持させなければいけないわ)


(そうですわね、せっかく創った複製体を餓死させるわけにはいきませんわね)


(それと、今晩からまた魔術書を読んで使える技を探してね)


(ミサキが寝ている間にわたくしは不眠で働くのです。

 ミサキにも起きている間に働いてもらいます。

 甘過ぎるから寝てから飲み食いしてよと言っていたお菓子とジュースを、ミサキにもたっぷり飲み食いしていただきますわよ)

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