生き写された紫陽花

望月 梨奈

第一話 紫陽花(1~4章)新エピソード追加版

第一章 蕾との遭逢


「あー…死にたい…」

ジメジメした梅雨の雨。今日も学校に行っていない私を煽るみたいに吹く強風。

こんな日はいつにも増して死にたくなる。窓の外にはもうとっくに花は散ってしまったが、青々とした葉を沢山つけた桜の木が並んでいる。「もうこんな季節かぁ…」今年で小学校も卒業だというのに、未だにいじめがトラウマで不登校のままだ。いつも病んでいる自分に嫌気がさす。両親からも諦められ、当然夢などない。何かを頑張る気力など出なかった。ベランダの紫陽花は、今日も綺麗に咲いている。雨が多い梅雨に咲き、強い雨の中を耐える。窓に滴る雨粒を見ていたらふと窓に映った自分の顔に焦点があってしまった。「今日もブスだなお前w」他人事のように自分に暴言を吐く。他人だと思わないと死にたくなるからだ。紫陽花は私と正反対だなと思った。私は綺麗でもなければ何かを耐えることも出来ない。こんな憂鬱な日はネトゲで出会い厨ムーブをするに限る。顔が見えないから自信が持てるし、何より話しやすい。そして嫌なことを考えずに済む。


「こんちわーよろですー」声変わり前の高い声。同い年くらいだろうか。ウザいくらいに明るい。私も続けて喋る。「よろしくお願いします~!!」

「僕、陸斗りくとって言います。」―――


陸斗さんは静岡に住んでいて、私と同い年の12歳らしい。そして付き合って2年の彼女がいる。とても可愛いとよく惚気を聞かされていた。水着が全身隠れるようなやつだけど、体のラインが見えてエロいんだと。初っ端からそんな話を聞かせないでくれ笑

陸斗さんも私と同じく不登校だ。何故不登校になったのは聞けなかった。自分も聞かれたくなかったから。陸斗さんが聞いてこなかったのも同じ理由だろう。友達も沢山いるらしく、陸斗さんの友達ともゲームをさせてもらった。なんで同じ不登校なのにこんなに差があるんだ。私は恋人がいないどころか友達もいなかった。羨ましい。けど多分それは持ち前の人の良さが故なんだろう。太陽のように明るくて、びっくりするくらいお人好しなのだ。私をいつも気遣ってくれていたし、誰にでも優しかった。陸斗さんがいると場の空気が良くなる。素直で嘘がつけなくて、自分をしっかりもっていて、芯のある人だ。同い年とは思えないくらい知識も経験も豊富だった。私はコミュ障だしひねくれた性格をしている。私とは正反対だ。陸斗さんの事は数年経った今でも心の底から尊敬している。当時、私は憧れからか、もしくは嫉妬なのか。陸斗さんに恋してしまった。



第二章 水( )-だ


今日も雨だ。だが今日は死にたいなんて微塵も思っていない。なぜなら…「梨奈りなー」陸斗さんが私の名前を呼んでいる。陸斗さんとは毎日一緒にゲームをした。陸斗さんと毎日ゲームをするのが日課だったし、陸斗さんが私の生き甲斐だった。陸斗さんがいればそれで良かった。2人とも不登校だから時間はたっぷりあった。朝起きてボイスチャットで話しながら朝ご飯を食べる。その後ゲームをして、お昼ご飯も話しながら食べる。絵に描いたみたいなゲーム依存症だ。私はどんどん陸斗さんの沼にはまっていく。


夕方まで一緒にゲームをする。陸斗さんはサッカーをやっていて、その時間は練習に行くのだ。サッカーをする陸斗さんはどんな姿なんだろうか、きっととてもかっこいいんだろうなぁ、色んな女の子からモテるだろうな。色んな妄想が広がってしまう。待っている間はミステリー小説を読んでいた。時を忘れて小説の世界にのめり込めば、陸斗さんがいない寂しさも忘れられる。私には陸斗さんしかいない。


私達は夜12時頃に毎日通話をしていた。今日友達がみんなの前で転んだとか、変な人を見つけたとか、他愛もない話をする。毎日が楽しかった。陸斗さんが何を感じて何を思って生きているのかを知れている気がしたから。陸斗さんの明るい日常に私も入れた気分になれたから。陸斗さんと出会うまでは夜中にゲームをすることなんてなかった。たまに陸斗さんはゲームをできない日があった。夜中は寂しい。眠れなくて色んな事をネガティブに考えてしまって死にたくなってしまう。私の今までの人生でこんなに仲良くなれた人はいない。嬉しかった。自分も陸斗さんのように明るく振る舞えている気がして。一緒にいると私の価値まで上がるような気がした。


三章目 覚悟


「ばんわー」今日もいつも通り12時に通話を始めた。だが私はいつも通りではなかった。緊張で汗が吹き出す。固唾をのみ口を開く。「ねぇ陸斗さん、私陸斗さんの事好き。でも彼女さんにも悪いしさ、ブロックするね。一緒にいれて楽しかった、ありがとう」言ってしまった。これでよかったのだろうか。好きだから離れる。当時の私が精一杯考えた最善策。陸斗さんは少し考えた後、予想外な言葉を発した。


「僕も梨奈の事好きだよ。明日紗由梨と別れてくるから」は?頭が追いつかなかった。今私の事好きって言った?ほんとに?紗由梨って彼女さんの名前だよね、え?

困惑する私に陸斗さんが続ける。「彼女いるって言っちゃったしさ、脈ナシだと思ってたわ笑両想いなら話は別。明日別れて来るよ。おやすみ」

衝撃だった。両想いだったなんて。胸の鼓動が早まり顔が火照る。陸斗さんと両想いになることを何度夢に見たことか。こんなに幸せでいいんだろうか。いや、陸斗さんが私の事を好きな訳が無い、きっと疲れてるんだ。もう寝よう。


朝起きたら、陸斗さんはゲームにログインしていなかった。まだ寝てるのかと思い、久しぶりに1人で朝食を摂る。陸斗さんと出会う前を思い出した。毎日1人でご飯を食べ、誰とも話さず一日が終わる。ここまであの人は私の生活に介入していたのか。陸斗さんがいなければ今頃私は生き甲斐を見失い自殺していたんじゃないだろうか。もう既に陸斗さんなしでは生きていける気がしなかった。


今日は珍しく晴れていた。久しぶりにどこか出掛けてみようか、友達なんてろくに居ないから1人だけど。お気に入りの水色のワンピース。黒いリュックサックを背負い、図書カードを持つ。今日は図書館に行こう。外に出たのはいつぶりだろうか、六月の兵庫はまだ涼しい。10時だからってのもあるかもだけど。パーカーを着てくれば良かった。

自転車に乗った高校生、遅刻かな笑

保育士さんが先頭と1番後ろに付き、子供達が並んでいる。公園に向かっているようだ。

配達員さんが忙しそうに荷物を運んでいる。重たそうだ。

みんなそれぞれの人生を歩んでいるんだなと思った。みんな充実していて幸せそうに見えた。私はどうだろう、学校にも行かずゲームばかり。なんで生きてるんだろう。そうこう考えていたら図書館についた。私が借りる本はいつも決まっている、医学と法学の本だ。何かを目指してる訳じゃないけど、読んでいて面白かった。周りからよく褒められていたが、私は趣味で読んでいるだけだ。それを褒められると趣味を否定された気分になった。


家に帰って本を読みながら、陸斗さんがゲームを始めるのを待つ。だがその日陸斗さんはゲームをしなかった。私は心配で心臓が破けそうだった。事故にあったのだろうか、ゲーム機が壊れたのか、色んな事を考えているうちに日を跨ぎ深夜2時半になってしまった。そろそろ寝ようかという時に陸斗さんがログインしてきた。


そして一言目に「別れてきたよ。これからよろしくね梨奈」






あーぁ、紫陽花咲いちゃった。笑



四章目 水はあげすぎちゃだめ。枯れちゃう


陸斗さんと付き合ってからの毎日は、とても楽しかった。付き合ってすぐの頃に初めて陸斗さんと会った。サッカーの試合が大阪であり、その時に合間を縫って会った。今日もお気に入りの水色のワンピース。首、手首に柑橘系の香水をつける。気持ちが高ぶる。やっと陸斗さんと会えるんだ。


待ち合わせ場所。陸斗さんらしき人物がたっている。サッカーをやってる小学生男子というのは何故か蛍光色の物を身に付けがちだから、すぐ分かった。

「陸斗さん、?」


どうやら当たっていたようだ。蛍光色の靴下で目立っていた。陸斗さんは私よりも少し背が高くて、チビといじられた。嫌じゃなかった。そんな風に会っていつも通りのいじりをされるという事がとても嬉しかったからだ。同じサッカーのチームの人とも会った。何度かゲームをしていた葵くんだ。2人とも優しく接してくれた。同年代の男子と話す事などほぼなかったからか、酷く緊張していたが、2人のフレンドリーさに緊張もすぐ解けてしまった。やっぱり陸斗さんはすごい。


試合を終え、2人で少し出掛けることになった。陸斗さんは6等分の花嫁という作品が好きらしく、私も陸斗さんの影響を受け好きになっていた。だから2人でフィギュアを見に行った。初デートで行くようなところではないけれど、楽しかった。


夕方だ。もう帰らなければならない。明るかった空が暗転し始めている。

「梨奈、これやるよ」

金のリボンがついている黒い小袋を渡された。

「え!ありがとう!開けていい?」

「ぜひぜひ」

開けると、シルバーのネックレスが入っていた。小さい花のような飾りがついている。

「梨奈に似合うと思ってさ笑」照れてながら笑う陸斗さん。耳が赤かった。

「可愛い!ありがとう!こんなロマンチックな事できんだねw」陸斗さんがこんな事をしてくれる人だったとは。プライドが高い人だから、とても意外だ。

「うるせぇよ笑キャラに合わなくて悪かったなw――つけてやるよ、貸せ」

ネックレスを渡した。陸斗さんに背中を向け、ボブにしている髪を手であげる

「はい、つけれたよ」

「やった!どう?似合ってる?」

「僕が選んだやつなんだから当たり前に似合ってるよ笑可愛い」

「なにそれ笑一生外さないどこー笑」

「一生は盛りすぎだろ笑まぁ気に入ってくれたなら良かった。よし、帰るぞー」

そう言いながらしれっと手を差し出す陸斗さん。戸惑いながらも手を繋ぐ。赤くなっていく夕陽と比例するように、2人の頬が赤く染まっていく。夕方なのに暑かった。


第二話一章目 予告 萎れかけの紫陽花


7月に入った。ベランダの紫陽花が枯れてきていることに季節を感じる。もう今年が始まってから半年以上経ってしまったのか。歳を重ねるにつれて時の流れは早く感じるようになってしまう。小6で歳を感じるなんて。


陸斗さんとはその後も平穏な日々を過ごした。次に会える時が待ち遠しい。

だが、その願いは間もなくして破綻することになる。


ある日、陸斗さんからこんな*LANEがきた

「紗由梨が自殺した」―――

「僕のせいだ」


息が出来なくなった。え、自殺?陸斗さんのせい?どういうこと?

聞きたいことが山ほどある。だがその日陸斗さんからの返信はなかった。




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