第286話 お兄ちゃん、お願いする

「ばーすでーぱーてぃー?」


 意味がわからないという風に首を捻るメランに、僕は力強く頷く。


「そうですわ! アシュレイのお誕生日会を開きたいのです!」

「いやいや、聖女候補様」


 半笑いを浮かべつつ、メランがないない、と手を振る。


「黒の王は、まだ生まれて1か月だよ。それなのに、誕生日だなんて」

「でも、見てくださいまし」


 ナイフとフォークを器用に使って朝食を食べ終えたアシュレイ。

 ナプキンで口元についたソースを拭うその姿は、すでに6歳児くらいまで成長していた。

 ついこの間まで、ミルクを飲んでいたとは思えないほどの成長っぷりだ。


「もうアシュレイはこんなに大きいのですよ。成長が早い分、お誕生日も早くて良いでしょう」

「いや、そもそも黒の王に誕生日なんて……」


 僕の提案に渋るメランだったが。


「ママ、おたんじょうびってなぁに?」


 僕らの会話が気になったのか、お行儀よく食器席から立ち上がったアシュレイがこちらへとやってきた。


「お誕生日とはですね。生まれてきてから節目を迎える毎にするお祝いのことですわ」

「ふしめ?」

「そうです。本来なら1年毎ですが、アシュレイは大きくなるのが速いですからね。1カ月という節目に、誕生日をしてもよいかと思ったのですわ」

「おいわい!! ぼく、おたんじょうびしてみたい!!」


 にわかに喜びの笑みを浮かべるアシュレイ。

 この笑顔を見ていると、何としてでも、お誕生日会を開催したいと思ってしまう。


「別に構わないでしょう? メラン」


 あんたには関係ないし。


「まー、別にいいけどさー」

「でしたら、一つだけお願いがあるのです。ケーキの材料を調達してきて欲しいんですの!!」


 そう、本題はこれだ。

 ケーキ自体は僕が自作するとしても、その材料となる薄力粉や砂糖などがここには十分にない。

 となると、自由に城の出入りができるメランに調達してもらうしかないというわけだ。


「えー、めんどくさい……」


 案の上、予想した通りの反応を見せるメラン。

 本当はこんな奴に頼みたくはないのだが、コリックは最近なんだか忙しくしているようで、頼みごとができそうな雰囲気じゃない。

 となれば、日がな暇そうにしているこの男にどうにか動いてもらうほかない。


「お願いしますわ!! もちろん作ったケーキは、メランも召し上がっていただいて構いませんから!!」


 両手を結んで、必死に懇願するようにそう言うと、メランは意地悪く笑った。


「なるほど、そうやって男の子にお願いするわけね」

 

 理解した、とばかりに、うんうんと頷くメラン。


「そうだよねー。聖女候補様みたいな美少女に、こんな風にお願いされたら、男なんてほいほい言う事聞いちゃうよね~」


 嫌味な発言に、思わず顔が引き攣りそうになるが、今回ばかりは彼の機嫌を損ねるわけにもいかない。


「そんな事言わないで。ねぇ、メラン」

「わかったわかった。じゃあさ」


 ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべながら、メランは僕の頭に何かカチューシャのようなものをつけた。

 えっと、これは……猫耳?


「これつけて、"セレーネのお願い、聞いて欲しいにゃん♡"って言ってよ」

「えっ……!?」

「あー、公爵令嬢がそんな事するわけないかー。だったら、この話はなかったって事で~」


 くっ、この野郎……!!

 人の足元見やがって……!!

 怒り心頭の僕だったが、ちらりとアシュレイの方を覗き見る。

 彼はキラキラした瞳でこちらを見つめている。

 よほど、お誕生日会を期待しているのだろう。

 可愛らしい彼の姿を見ていると、己のちっぽけなプライドなど、いくら投げ打っても構わない気さえしてくる。


「わ、わかりましたわ……」


 僕は覚悟を決めた。


「あっ、ちゃんと猫っぽい動作もつけてね」


 こ、こいつ……。

 くっ、毒を食らわば皿までだ!!


「セ、セレーネのお願い、聞いて欲しいにゃん!!」


 勢いに任せて、手を招き猫のように引き寄せながら叫ぶ。

 すると、メランはニヤニヤとそんな僕を眺めた後、ぼそりと「いいよ」と呟いた。


「ま、そこまでやられちゃ、しょーがないよねぇ。パパっと調達してきてあげるよ」

「ちゃ、ちゃんとお金を払って、店で購入してきて下さいね」

「はいはい」


 ひらひらと後ろ手に指を振りながらも、城の窓枠へと足を掛けたメランは、マントを揺らしながら虚空へと飛び去った。

 なんだかんだと言いつつも、一応調達はしてきてくれるらしい。

 ってか、ちゃんと何が必要だか、わかってるんだろうな、あいつ。

 と、その時、ハッと自分がまだ猫耳をつけていることに気づいた。

 同時に、アシュレイがそんな僕の顔をマジマジと見つめていることにも気づく。


「ア、アシュレイ。ごめんなさいね。恥ずかしいところを見せました」


 慌てて猫耳を外すと、アシュレイはなぜだか少し残念そうに唇を尖らせた。


「かあいかったのに……」

「ん、アシュレイ。何か言いまして?」

「ううん、なんでもない」


 なぜだか、少し顔が赤い気がするアシュレイ。

 誕生日会への期待で興奮しているからだろうか。


「さあ、アシュレイ。メランが戻ってくるまで、少し散歩でもしていましょうか」

「うん。ママ!!」


 少しずつ大きくなってきた彼の手を握る。

 その感触だけで、彼の成長の速さをつぶさに感じる。

 幼い頃には、幼い頃にしかできない誕生日というものがあるものだ。

 今夜は、精一杯彼を祝ってあげることにしよう。

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