第二章
萌芽
「梶山が入院した」が、高橋の第一声だった。
時刻は零時を回ろうとしていた。SNS上で会話のできるスペースを使いながら、提出期限が近いレポートをやろうと思っていたときだった。
ひとりで作業をやるよりは、他者と作業を進める共有感からか、いくらか気が散らずに進められるという理由で利用するようになった。
キーボードを叩く音を背景音にして、井上が作業の進捗をぽつぽつと愚痴混じりに話している。修哉は資料をあさりながら、なかばうわの空状態で聞いていた。
そこに突然、高橋のアイコンが点いた。入室してくるなり、スピーカーの最大音量を越えて割れる音声が響いた。
度肝を抜かれるとはこのことだ。大声に驚き、続いて内容を理解する。
真っ先に思い浮かんだのは、喫茶店で視た梶山に背後からへばりつく生き霊の姿だった。
後悔が襲ってくる。呼吸を忘れた。放置していたから。すぐに対処しなかったから。とうとうあいつに実害が出てしまった。
「一体どうして――、なにがあったんだ」
修哉は肺に残る空気を絞り出し、それだけ訊ねるのがやっとだった。
「あいつ昼間、大学の構内で階段から落ちたんだってよ」
え、と声を出す。同時に井上の声と重なった。
「俺、晩に会う約束してたんだよ。なのにあいつ、ずいぶん待っても連絡すらしてこないからさ。途中でバッテリー切れちまってどうにもならないから、あきらめて帰ってきたんだ。ひとこと文句言ってやろうと思って、さっき電話したらシンのやつが出てさ」
急に早口になってまくしたてる。「俺、あいつのスマホに弟が出ると思ってなかったから、今日の約束忘れてたろって言ったんだよ。あいつら、声がそっくりだから全然わかんなくってさ」
そしたらさ、と言って息を継ぐ。「いま病院にいるって言うもんだから、びっくりしてさ。そんな大事なこと、なんでもっと早く連絡してこないんだって言ってやったら、相手が
「で、どうなったんだ?」
井上が訊ねる。
「それがさ、詳しい結果はまだ出てないって言うから、そのまま電話切ったんだ。もしも大きな怪我だったりしてたらさ——」高橋の語気が、尻すぼみになる。「あとからわざわざ電話かけてまで興味本位に根掘り葉掘り聞き出そうとするの、……嫌な奴じゃないか?」
うーん、と井上が唸った。
「そうかあ?」と言ってから、ちょっと考える。
「死ぬほど危ないってんならさすがに不謹慎かもしれないけど、そうじゃないんだろ? 心配してるんなら訊くのが当然じゃね?」
なんと返答すればいいか修哉が迷っていると、そのまま高橋が続ける。
「だったら代わりに連絡取ってくれよ。見舞いに行きたいけど病院わかんないし、大したことがなければ即、退院になるもんだろ。長期入院になるとしたらよっぽどの大事だし」
俺、怖くて聞けねえよ、と高橋は気弱になった。頼むよ、と付け加える。
「しょうがねえなあ」と井上が応じる。
「あいつに借りてるもんがあるから、連絡ついでに話聞いてみるよ」
井上がなにか取り出そうとして動いているらしく、マイクがこすれた音を拾って画面越しに届く。遠ざかっていた声が、起き上がって近づいた。
「にしても、さすがにこの時間じゃなぁ……今日すぐってわけにはいかないかも」
わかったら教えるから、と言って、スマートフォンの画面上にあった井上のアイコンが消え、会議ツールから退室したのがわかった。
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