第9話 粘り勝ち
「………腹は減っているか?」
まさか起きているとは思わず、変な問いかけをしてしまう。他に聞くことがあるだろう、自分よ。
子犬はよくわからなかったのか、首を傾げた。
「ああ、いやごめん。先に聞かなきゃいけないのは体の調子だな。
一応見える怪我は俺のスキルで治しはしたが、他に痛いところや違和感はないか?」
人間の言葉が通じるかはわからないが、俺には翻訳というスキルがあるため多分伝わるだろう。
子犬はその言葉を聞くと、お腹の辺りに目をやり、キョロキョロとし始める。
「タオルが邪魔で見えないだろ。取るからちょっと待ってな。タオルを外してもちゃんと良い子でいてくれよ?」
言葉はたぶん通じてる、かつ暴れる様子もないため、タオルを外す。
子犬はタオルが外れるまで大人しく待っていたが、外れた途端にピョンと足から降りてフンフンと全身を匂うように確認している。
お尻の方を確認するときは座っていても確認できなかったのか、まるで尻尾を追いかけて遊ぶ犬のようにグルグルとその場で回っていた。
その様子をニコニコと見てしまう。
うーん、あまりにもかわいい。こんなに可愛い子が生きにくい世界なのかここは…俺、生きていけるかな…なんて考えていると、子犬は満足したのかその場にポテリとお座りをして恐る恐るこちらに視線を向けた。
「なんで、たすけてくれたの?」
幼い男の子のような、したっ足らずで高い声だった。
「なんで助けたか?うーん、特に理由はないかな。死にかけたやつを助けるのに、理由なんていらんと思うけどね。
強いて言えば、お前のそのもふもふな毛を撫でさせてほしいと思ったからか。」
その言葉が意外だったのか、少し目を見開く子犬。
犬の吃驚した顔なんて初めて見たな。表情が豊かなようだ。
「なでたい…?」
「ああ、すごく撫でたい。小さくて可愛いし、こう、ぎゅっとしてモフモフしまくりたい。」
エアーで抱きしめるかのような仕草を加えつつ答えると、子犬は目元をくしゃりと歪ませ泣きそうな表情をした。
「そんなこと、はじめていわれた。」
「そうなのか?お前の周りはお前の魅力に気づけない奴らばっかりだったんだろうな。」
そのモフモフの。今はそういう場面じゃないと思ったので、心の中で付け足す。モフモフは偉大です。
「ずっとひとりだったの。み、みんなから、いらないっていわれちゃったから。あのね、いきてちゃダメなんだって。ふきつ…?だから。だからね、ずっとぼくだけでいたの。」
下を向き、震える声でそう言う子犬。こんなに小さな体で、どれだけの暴言や暴力に耐えてきたのか。思わず子犬を抱きしめる。
「お前が生きていてくれて俺は嬉しいよ。俺もこの世界に来たばっかりだから独りぼっちだし、お前も独りなら俺と一緒に旅をしよう。
美味しいものとか、綺麗な場所とか探す旅。絶対に楽しいぞ。だから、俺と一緒にこないか?」
今まで受けてきた暴言を信じなくていいだとか、忘れろだとか、そんなことは言わないし言えない。だってそんなことは簡単にできないから。
だったら、楽しいことでこいつの中を埋めてしまえばいいのだ。俺の愛で上書きすればいい。容易ではないが、不可能でもない。
「たび?いっしょ…?」
「ああ、俺と一緒に行こう。今日からは独りぼっち同士じゃなくて、2人ぼっちだ。」
「ふたりぼっち…」
「いいだろう。もう俺はお前を手放せないからな!一緒に行くというまで、ここでモフモフ抱擁の刑だ!」
子犬の頬と自分の頬を合わせ、体中を全力でモフモフする。ああ、血の固まっているところがカピカピする、はやく洗いたい。
いきなりのことに困惑して体が強張り言葉を発さなかった子犬だったが、俺が可愛い可愛いと呟きながらモフモフしていたのが功を奏したのか、次第に体の力が抜けていくのがわかった。
「ぼ、ぼくも、いっしょに、いきたい…いやじゃ、なかったら…」
小さくか細い声が聞こえた。
「ああ、一緒に行こう。俺が誘ってるのに、嫌なわけない。そうだ、腹は減ってないか?
俺はペコペコなんだ。飯にしよう。そして飯を食ったあとは、お前の体を洗いに川を探しに行こう。」
旅に連れて行く気満々ではあったが、ちゃんと本人?本犬?からの承諾を聞けると嬉しいもんだな。
上機嫌で子犬に話しかける俺と、少し戸惑いながらも嬉しそうに何度も頷く子犬。
可愛いモフモフと一緒に旅ができるなんて、こちらの世界に来たのもまぁ悪いことではなかったのかな、と思った。
とりあえずは、俺の粘り勝ちということで。
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