第4話 ラッキーガールの不思議

 こんにちわ。あるいはこんばんわ。

 私、朝岡まどか、二十歳です!誰が何と言っても二十歳なのです!

 えっ、今日はまだ何も言ってないって?

 いいのよ。どうせやることは一緒なんだから。

 それよりどうしたの今日は?何か元気ないね。

 ん?今日一日ついてなかった?

 朝のバスは乗り遅れて、折角終わらせた宿題は机に置きっぱなし、サッカーでは顔面でパスを受けて、楽しみにしていた女子の水着姿は、雨でプールが中止になって見れなかった?

 それはついてなかったねぇ……なんて言うと思う?

 大体水泳の授業なんて必要ないのよ。

 なんでエロ猿みたいな男子に、水着姿をタダで見せなきゃならないのよ。

 胸なんてただの飾りです、エロい人にはそれが分からんのですよ……って、私が言うなって?……誰?

 あ、キミの彼女ね。えっ違う?ただの幼馴染?

 あ、うん、まぁ、そう言う事にしておくね。……リア充は爆発していいのよ?


 で、今日は彼女ちゃん連れてきてどうしたのかな?

 ひょっとして独り身の私に自慢しに来たのかな?

だったら、回れ右して帰りなさいよ。ここはリア充の来るところじゃないのよ。

 ん、私の話を聞きたいって?

 まぁ、学校帰りの暇つぶしにはいいかもしれないけど、一応、お姉さん仕事中なんだからね、分かってる?


 ……分かってないよねぇ……まいっか。


で、何が聞きたいの?

………胸のサイズ?学生の時はどうだったかって?

………彼女ちゃん、それここで聞く?

彼氏クン、耳まで真っ赤になってるよ?

……あ、そう、いいの……。

まぁ、彼女ちゃんの年ごろには私も小さくて………Cカップだっ………って、何で叩くのよ。

大きいなりに、色々あるんだからね。


………コホンっ。

まぁいいわ。ところで、さっきの話だけど、ついているとか、ついていないとか、世の中には「運がいい人」「運が悪い人」なんて言われることがよくあるよね?

 私も、よく「運がいいね」って言われるんだけどね、自分ではそう思ったことは無いのよ。

 ほら、運がいい人って、抽選によく当たったり、宝くじに当たったりする人ってイメージがあるじゃない?私は、そんなこと一度もなくて、それなのになぜ、「運がいい」って言われるかって言うとね……。


 例えば、小さい頃の事故の話……見つかった時の状態、一歩遅ければ死んでたかもしれないのに、運がよかったね!とか。

 他には、ちょっと前に、車運転していて、堤防から落ちたのね。

 これもガソリンとかに引火して爆発!にならずに助かって運がよかったね!とか、当たりどころが良くて、車がほとんど破損してなくてよかったね、とか……。

 

 まぁ、所謂「不幸中の幸い」って事での「運がいい」って事なんだろうけど……。

 そもそも、運がいい人って、そう言う事に巻き込まれないんじゃないかなぁって思うのよ、そう思わない?。


 今日はそんな「運がよかった」お話だよ。


 

 「おはよー……ふわぁー……ございまふぅ……」

 「おはよ……まどかちゃん、眠そうね……大丈夫?」

 「……昨晩、寝付けなくて。」

 美並先輩が挨拶を返しながら気遣ってくれる。

 よく出来た人だよぉ。


 「お、来たな。おはよう。カメラマンたる者、いつでもどこでも、すぐ寝れるスキルは必須だぞ!」

 「おはようございます。」

 美並先輩に比べてこっちは……。

 私はジト目で、三宅先輩を見る。

 腕はいいんだけど性格がねぇ……まぁ、あっち系の人はそんなもんか……。

  

 「ところで、二人に相談があるんだけど・・・・・・、お昼奢るからその時話を聞いてくれないか?」

 三宅先輩がそんな事を言ってくる。 

 まぁ、時期が時期なので何となく想像がつくけどね。

 お昼ご馳走してもらえるのは有り難いな。

 私は、チラッと美並先輩を見る。

 

 「まぁ、それ話を聞くだけならね。」

 「OK!じゃぁ昼は、隣のアンブロアで。」

 そう言って三宅先輩は仕事に戻っていく。


 「じゃぁまどかちゃん。私たちも始めよっか。」

 「ハイ、今日もよろしくお願いします。」

 この時期は、比較的仕事が少ない。

 その代わり、秋になると急に忙しくなるの。

 だから私みたいな新人は、今の内に色々覚えなきゃいけないのよ。

 でも、長期の休暇が控えているから、あまり余裕はない・・・・・・休み返上するなら別だけどね。

 取りあえず、夏休みを楽しむ為にも、今は目の前の仕事に集中なのよ。


 そしてお昼休み……


 「で……、だ。二人とも、お盆の時期何か予定入ってる?」

 三宅先輩のおごりで、「アンブロア」特製パスタを頼むと、そう切り出してきた。

 「ある様な無い様な……、センパイはどうですか?」

 ここ最近、この時期になると、幼馴染の樹美尾卓也から、頼まれていることはあるのだが三宅先輩の「用事」が関連なら何とでもなる。

 「私は、家族の付き合いで親戚周りなんだけど、面倒だから、何か予定を入れちゃおうかなって思ってるところ。」

 美並先輩がそう言うと、ここぞとばかりに身を乗り出す三宅先輩。

 「だったら、13~15の3日間バイトしないか? 報酬は3日間で1万5千円だけど、その代わり、現地までの交通費・前乗りで3泊分の宿泊代・3日分の食事がついてくる。また制服貸与……というか、終わったら差し上げます……どう、なかなかいい条件だろ?」

 そう言いだす三宅先輩を私はジト目で見る……

 ……はぁ、やっぱり、こっちもかぁ……。

 

 「仕事内容は何なの?」

 ……美並先輩乗り気みたいだけど……それ聞いちゃう?

 「……聞かないほうがいいと思いますけどねぇ。」

 私がぼそりと呟いたのを無視して三宅先輩が話し出す。

 ちなみに、私に向かって「シィーッ」っていうゼスチャーをしたのは美並先輩には見えなかったみたい。

 センパイが納得済でやるならいいけど、騙してやらせるようなら阻止しないとね。


 「簡単に言えば、売り子かな?知り合いが、イベントで物販するんだけど、人手が足りなくてね。

 まぁ、お客さんに笑顔で商品を渡してお金を受け取るだけの簡単な仕事だよ。

 ……一応商品のイメージに合った服を着てもらうのが条件になるけど、それは用意してもらえるし、イベント終わったら持って帰っていいよ。

 後は、それなりに見栄えのいい子って言われてるけど、二人なら全く問題なし……というよりもったいないぐらいだな。」

 ……嘘は言ってないし、最後は持ち上げる所なんて策士ですね。

 ほら、美並先輩その気になっちゃってるよ。


 「そうねぇ……それならいいかも。」

 「美並先輩……本気ですか?」

 ちらりと三宅先輩を見ると「余計な事を言うな!」って顔をしている。

 ……正直、美並先輩が来てくれれば私も気が楽なんだけど……騙す様で気が引けるのよ。


 「ちょっと、まどかちゃん……。」

 三宅先輩が呼んでいる。

 はぁ……ココで機嫌損ねると後々の仕事に差し支え出るしなぁ……。

 私は三宅先輩の側に行くと……

 「まどかちゃん、わかってるみたいだけど余計な事を言うのは無しだよ。」

 「はぁ、何のことか分かりませんけど、私、デザートにビックパフェDX食べたいです。」

 「クッ……いいだろう!商談成立だ。」

 ちなみにビックパフェDXというのは、ここアンブロアの名物デザートでお値段、なんと1500円もする代物だ。

 吹っ掛けておいてなんだけど、あっさり呑むとは思わなかったよ。……ゴメンね、美並先輩。


 私を騙らせた三宅先輩が熱心に美並先輩を勧誘してるの。

 私は約束通りに黙っていたんだけどね、結局美並先輩が折れちゃったのよね。

 「そうね、そこまで言うならやってもいいわよ……まどかちゃんはどうする?」

 「あー、センパイやるんですね。じゃぁ、ちょっと保留で。先方と交渉するから。」

 「先方?」

 先輩の頭にはてなマークが見えるようだったけど、とりあえずスルーして、私はあるところに電話をかける。


 「あー、もしもし、タク? 例の3日間、先輩からもお誘い受けて……だって、しょうがないじゃん、先輩に頼まれたら……私入ったばかりなんだよ!社会人ってそう言う理不尽なものなのよ。アンタもニートなんかやってないで働けばわかるわよ……えっ、わかるからニートやってる?……まぁ、そう言う考え方もアリかぁ……ってそうじゃなくて、……。」

 横で聞いてる三宅先輩がすごく複雑そうな顔で「先約があるなら……」と言ってくるが、私は「しぃーっ!」ってゼスチャーをして黙らせる。ここは強気で行く所なのよ。

 「それに、こっちは宿泊代に食事持ちだって……どうする?……うん……ウン……もう一声!……んー、仕方がないか……それで交渉してみる。うん、じゃぁ、夜にまた……。」


 電話を切る……何が起きているのかわからないって顔で美並先輩が見ているが、そっちのフォローはあとでね。

それより、……と、私は三宅先輩に対して交渉を始めることにする。

 「三宅先輩、実は私、別件でも同じこと頼まれてるんですよね。幸い向こうは1日目中心だから、私は2日目の後半から合流でもいいですか?後、行きの交通費はいりませんけど、13日と14日の宿泊はお願いします。」

「まぁ、先約があるならしょうがないかな。1日目は美並だけでもなんとかなるから、それでいいよ。」

 「ありがとうございます。後、日当は向こうは7千5百だすっていってるんですけど?」

 どうしますか?って顔で訊ねる。

 ・当然のように渋い顔をする三宅先輩・・・・・まぁ、ちょっと無茶言ってるかな?とは思うけど、安売りする気はないのよ。

 とは言っても、私相場知らないから、安いのか高いのかわからないんだけどね。


 「うーむ・・・・・・」

 悩んでるなぁ・・・・・・もう一押ししておこうかな?

 「あ、ちなみに、向こうでは撮影OKの条件を受けていますよ。」

 「いいのか?」

 「NGポーズはありますけどね。」

 「・・・・・・よし、美並もOKなら、3日で3万、まどかちゃんは1日半だけど2万だそう!

 「じゃぁ、交渉成立ってことで。」

 「うむ」


 「えっと、まどかちゃん、何の話?」

 私と三宅先輩の会話の内容が分からなかった美並先輩が訊ねてくる。

 ま、普通は分からないよね?

 「報酬の値上げの話です。・・・・・・結論から言えば、撮影OKなら3日で3万出してくれるそうですが、どうします?」

 「えーと、撮影ってどういう事?」

 「美並先輩、モーターショーってわかります?」

 「えぇ、新車の発表とかする奴よね?写真なんかをよく見るわ。」

 「そうです。あのコンパニオンのお姉さん達いるじゃないですか?今回のバイトってあんな様なものなんですよ。

 かわいい女の子に、可愛い服着せて呼び込む。・・・・・・お客さんがこないことには売れませんからね。

 で、当然そういう子を写すのを目当てに来る人もいるってわけです。」

 そういって、チラッと三宅先輩の方に視線を向ける。

 「そういう事ね。」

 視線の意味が分かってくれたみたいで、美並先輩が頷いてくれる。

 「まぁ、皆さん紳士ですから、無理なことは殆ど言ってこないから、そのあたりは安心していいですよ。・・・・・・でどうします?嫌なら無理しない方がいいですよ。」


 その言葉を聞いて、三宅先輩が目を剥く。

 説得してくれるんじゃないのか!と言いたそうな形相だ。

 わかるけどねぇ。

 美並先輩は抜群のプロポーションを誇っている。

 私より背が高くて、私より出てるところ出てて・・・・・・言ってて涙が出そうになるわ。

 でも、正直言えば私も美並先輩のコス、みてみたいよぉ。

 でも無理強いは良くないからね。


 「まどかちゃんはどうするの・・・・・・その・・・・・・撮影とか・・・・・・。」

 「私はどちらにしても、幼なじみの付き合いで行くことになりますし、そっちでは撮影OKで去年やってるし。・・・・・・正直に言えば、三宅先輩の方は層が判らないから先輩が居てくれれば心強いですけど・・・・・・。」


 「そうね・・・・・・まどかちゃん一人だと大変そうだし・・・・・・うん、私もやるわ。」

 「いいんですか?衣装の事もあるし、後で辞めるってことできないですよ?」

 「えぇ、大丈夫よ。やるといったからには、しっかりとやるわ。」

 隣で、三宅先輩が親指を立てている。

 ……しーらないっと。

 「じゃぁ、一緒に頑張りましょう。あ、そうそう、三宅先輩が、お礼にってビックパフェDX頼んでいいって。……あ、店員さーん。」


 ビックパフェDXは人気というのがわかると思うぐらいには美味しかったよ。


 

 「えっ、服ってこれなの?」

 美並先輩が衣装を手にして固まった。

 ここは私の部屋……三宅先輩から衣装を受け取ったので、早速着てみようと先輩の誘ったの。

 サイズが合わなかったら直してもらわないといけないからね。


 「モーターショーのコンパニオン程きわどくないと思いますよ?」

 先輩が着るのは、とあるゲームのメインヒロインが戦闘時に変身した時のものだ。

 まぁ、ああいうゲームのお約束で、それなりに露出が多く、ボディラインもしっかり分かるし、ギリギリを攻める感じ……美並先輩なら十分着こなせると思うんだけどね。

 ちなみに私のは、お約束の変身魔法少女……ふわふわな衣装にステッキ付き・・・・・・

卓也の方も似たようなコスなんだけど、私のイメージってこっち系なのね……可愛いから許すけど。


 美並先輩は、衣装を手にしてまだ苦悩している。

 だから言ったのに・・・・・・。

 「どうしてもダメなら、今からでも断りますか?

 迷惑はかけますが、無理強いするものでも無いですし。

 所詮は単なるお祭り・・・・・・いやな思いする人が居たら却って気を使っちゃいますからね。」

 「ううん、やると言ったからには最後までやり通します。」

 美並先輩は意外と頑固だった。


 人生初のコスを経験した美並先輩。

 正直ヤバい。

 あの着る人を選ぶとまで言われた衣装を難なく着こなし、惜しげもなく晒されたボディライン。

 羞恥のため真っ赤に染まる顔と体。

 ぎこちないながらも一生懸命さが伺える初々しさ。

 

 私はパシャパシャと写真を撮る。

 恥じらう姿がかわいすぎて、一眼レフまで取り出しましたよ。

 仕事用の奴ですよ?

 問題ありますか?


 「美並先輩・・・・・・可愛い・・・・・・付き合って!」

 思わず告白しちゃうぐらい先輩は可愛かった。

 美並先輩専用のフォルダを作って永久保存よね。


 しかし・・・・・・コレはヤバすぎる。当日恐ろしいことになりそう。

 「あ、三宅先輩ですか?・・・・・・ハイ、・・・・・・ハイ、OKです。ハイ・・・・・・大丈夫です。

 あ、当日は美並先輩用のバリケードの用意お願いします。後、警護にあたれる人出来るだけ・・・・・・イエ、マジヤバイですって。もう私の嫁決定です。・・・・・・そんなにです!・・・・・・案件になりますよ。マジですって……じゃあ、今動画に切り替えますね、少しだけですよ。」

 私は音声通話から動画通話に切り替えて、コスして恥じらっている先輩を映す。

「……あ、わかってもらえましたか。えっ、今からこっちくる?いやです。もう着替えますから。……だからお金の問題じゃないですよ……いいんですか、そのまま先輩に伝えますよ?……はい、……はいそうですね……ハイ、じゃぁそれでお願いします。……。」

 丁度、三宅先輩から電話がかかってきたのでしっかりとお願いをしておいたよ。

 途中、美並先輩の動画を見た三宅先輩の理性が吹っ飛びかけたようだけど、そのあたりは私の管轄外だしね。

 私は訳が分からないって顔をしている美並先輩をお触りしまくり、眺めまくりで、十分堪能してから着替えたのよ。

 あー、マジ、着替えるのもったいない。閉じ込めておきたいわぁ。

 そんな私の心の声が通じたのか、その後何故か美並先輩から距離を置かれちゃった。

 いや、でも、マジで凄いのよ?


 

 イベント前々日のある日……


 「タクの奴……人を呼びつけておいて待たせ過ぎじゃないの。」

 約束の時間はもう30分以上過ぎている。

 スマホにメッセージを送っても電話をしても、全く反応がない。

 私がここに来てから1時間半……そろそろお店の人の目が痛いよぉ……。

 ……タクとの約束が待ち遠しくて、予定の1時間も前に来てたわけではない。

 断じてそれはない!


 私は、昔から時間に細かいと言われるし、自分でもその自覚はあるの。

 それはもう、神経質なぐらいに……自分でも、ちょっと異常かなぁとは思うんだけど、性格だから仕方がないよね?

 とくに「時間に遅れる」事に関してはすっごく嫌だ。

 遅れるくらいなら、早めに行って待ってる方がマシというちょっと矛盾した性格なのよね。

 だから、約束の時間に遅れるというのは……特に自分が遅れるのは許せないのよ。

 そのせいか、私はいつも時間に余裕を見る癖がついている。

 それはもう余裕すぎるほどに……。

 なぜ、そんな性格になったのかはよくわからないけど……「遅れる」事が凄く怖いのだから仕方がない。


 今日も30分ぐらいの余裕を見てたんだけど、タイミングが良すぎて、当初予定していた電車より、1本早い電車に乗れちゃったのよ。

 しかも快速だったから、乗ってる時間も短くて……結局1時間も早く着いちゃった。

 まぁ、余裕があって、待ってる分には問題ないんだけどね。

 

 こんな私なので、よく知っている人は、待ち合わせにはカフェか本屋など、時間を潰せるところを選んでくれる。

 さらに言えば早めに来てくれる。私を待たせているのはもう織り込み済で、付き合いの長い友達ほど、来た時に「待った?」とか「遅くなってごめん」などという社交辞令は言わない。

 時間より早く来て待ってるのは私の勝手なのだから、逆にそう言われてしまうと責められているようで嫌なのね。

 だから、本当に時間に遅れない限りは、お互いに何も言わないのが当たり前になっているのよ。

 でも、それって、結構相手に負担かけてるみたいで、学生時代には「まどか時間」なんてのがあったくらいなんだよ。


 ちなみに「まどか時間」というのは本当の時間より30分遅れを指すの。つまり、私に30分遅れの時間を伝えてくるのね。

 私が大体30分ぐらい早く来るからそう決まったんだって……。

 友達の間では「まどか時間5時半集合ね」と言えば、実際は「5時集合」って事らしいのよ。

 それを聞いた時はなんだかなぁ、と思ったけど、こんな難儀な性格の私に付き合ってくれるんだから、友達には恵まれたと思うのよね。

 で、当然のことながら、誰よりも付き合いが長いタクは、そのことをよく熟知してるわけで、私が宅を待つ時間はいつも20分ぐらい。

 私がこんな性格だからなのか、タクも約束の10分前には必ず来るのよね。

 今日だって、どの電車に乗るかまで調べがついていて、自分が乗る電車の時間まで計算したうえで待ち合わせ時間を決めている筈なのよね。

 だからこんなに待たされるのは、普段からは考えられない事なのよ。心配して当然じゃない? 


 ン……?窓の外からこっちに向かって走ってくるタクの姿が見える。

 やっと来たぁ……遅いよ全くっ!

 とりあえず、手を振って場所を伝えると、私の姿を確認したのか、凄い気負いで走ってくる。

 

 「タク、おそ……」

 「バカヤロー!無事ならなんで連絡しないんだっ!」

 すごい勢いで怒られた……なんで?待たされたの私なのに!

 「はぁ?30分も待たしておいて、何よその言い方!そっちこそ、何の連絡もよこさなかったくせに!」

 「俺は何度も電話したんだ!なんで出ないんだよ!」

 タクの言い方に、カチンとくる……来るが、落ち着こう……タクは何だかんだと言っても優しい……余程のことがない限り怒鳴ったりしない……それくらいは分かってる。

 「ごめん、タク……一度おちつこ。……店員さんも困ってるから注文先にしよ。」

 「あぁ……そうだな。」

 私の言葉に、タクも少し冷静さを取り戻す。

 

 私は、店員さんに、タクの分のブレンドのホットと、私のカフェオレのお代わりを注文する。

 その間にタクは席に座り、水を煽るとちょっとは落ち着いたみたいだ。


 コーヒーがすぐに運ばれてきたので、タクにコーヒーを飲むようにすすめる。

 「ブラックでよかったよね?……とりあえず一口飲んで落ち着いて。」

 「あぁ……。」

 タクはゆっくりと深呼吸をして、息を整える。

 

 「ふぅ……。」

 「落ち着いた?」

 「あぁ、怒鳴って悪かった。」

 「いいよ、別に。……それより何があったの?私、何度も連絡したんだよ?」

 「俺だって何度も連絡したさ、でもつながらなくて……心配したんだぞ……。」

 後半の方は小声でよく聞き取れなかった。

 私とタクはお互いの履歴を見せ合う。

 私もタクも発信の履歴は残っているけど、着信の履歴はない。

 メッセージアプリの方も相手にメッセージが表示されていなかった……。


 「キャリア会社の不具合か?」

 「でも、そんな連絡来てないよ?」

 メールや通話のアンテナやサーバに異常があれば、メンテナンスやお詫びの連絡が入るのが普通だけど……。

 「それより、私の顔見て慌てていたけど……何があったの?」

 「説明するより、見せた方が早いか?」

 そう言って見せてくれたのはニュースサイト。

 電車が脱線事故を起こしたというものだ。……私がよく使う線……というより、今日私が乗ってきた1本後の電車だよ、コレ。

 結構大きな事故ですでに死傷者が100人を超えているって。

 私もツイッターで検索してみるとかなりの大騒ぎになっていた。


 「電車が中々来なくてな、イライラしてた時に、そのニュースが入ったんだよ。……待ち合わせ時間から考えると、お前がその線に乗ってるんじゃないかって、心配で心配で……電話も通じないし……。」

 タクがうつむく……涙ぐんでいるのは分かっていたが、ここはスルーしてあげよう。

 「確かに、その電車に乗るつもりだったけど、駅に着いたとき、1本前のに丁度間に合ったから、それに乗ったのよ。」

 「そうか……運がよかったな。」

 「そうね……。」

 タクは運がよかったと言う……確かに運がよかったのかもしれないけど……今までにもこういう事がよくあった……私って運がいいのかな?


 「運がいいっていうけどさ……なんか怖くない?」

 「何が?」

 「ほら、よく言うじゃない、「幸せと不幸のバランスはとれている」とか「幸せか不幸せかは運命の神様がダイスを振って決めている」とか……どこかで大きな不幸がまとめて来そうで……怖くない?」

 「うーん、なんかまどか見てると「不幸」という言葉が似合いそうにないんだなぁ……不幸が振ってきても、まどかを避けていくみたいな?」

 「えー、大きな事故に巻き込まれて、みんなすごい重症なのに、私だけかすり傷みたいな?」

 「そう、それ!」

 「それはそれでかえって怖いよぉ」


 私もタクも、時間がたって落ち着いてきたのか、いつもの冗談の応酬が始まる。

 うん、深刻な話は似合わない。

 こういう馬鹿な話をできる関係が心地いいよ。


 「っと、忘れる所だった。これ夜行バスのチケットな。……本当にそれでいいのか?一応新幹線代ぐらいは予算に入れてあるんだぜ?」

 「贅沢は敵!どうせ道中暇なんだし、寝てる間に着く方が楽でいいわ。」

 「ま、いいならいいさ……それより、なんで明日なんだよ。今日いっしょに行けると思って楽しみにしてたんだぜ?」 

 「私、明日の予定何もないのに、今日行ってどうすんのよ。」

 「ゆっくりと観光するとか?」

 「それで、夜は一緒の部屋とか言い出すんでしょ、バーカ。」

 「そ、それは……今の時期一人部屋なんて取れないし……それに……」

 タクは真っ赤になってモゴモゴ言ってる……どうやら図星だったみたい。

 タクの気持ちはなんとなくわかっているけど……タクの事は嫌いじゃないけどね……いいとこキスどまりだよねぇ。

 大体二次元至上主義のタクが、私の事をどこまで本気なのか怪しいしねぇ。

 付き合ったのはいいけど、毎回『嫁』の話を持ち出されたら、すぐに振る自信はあるわよ。そうなったら、気まずくなるからねぇ。

 「まぁ、私のコスを見せてあげるんだから、それで我慢しなさいな。」

「……わかったよ。」


 その後、タクと他愛もない会話を続け、夜行に乗るというタクを見送って帰路に就く。


 タクと別れて一人になった後、改めてさっきの事を思い出す。

 1本違いか……ホントに……

 「……運がよかったね。」

 「誰っ!?」

 私は、さっと振り向くが、そこには誰もいない……

 でもさっき確かに聞こえた……どこかで聞いた事のある声……思い出せない。

 「……うん、気の所為ね。」

 私はあえて声に出し、そして……急ぎ足で帰ることにしたの。



 「……でね、でね、お台場にはフジテレビがあるのよ!まどかちゃん知ってた?」

 「ハイ、知ってます……。」

 美並先輩からの電話。

 前乗りしているから今日はお台場観光をしていたらしい。

 美並先輩は東京に行ったことがなかったようで、すごいはしゃぎっぷりだった。

 よほど楽しかったのか、さっきから話がループしているの。

 まぁ、私も待ち時間のいい暇つぶしになってるからいいんだけど、電話を始めてからそろそろ1時間経とうとしている。さすがに受け答えのネタが尽きて、雑になるのも仕方がないと思うの。

 「それでね……今レインボーブリッジがみえるバーで飲んでるのよ!なんでまどかちゃん一緒に来ないかなぁ?」

 「アハハ……三宅先輩とのデートが楽しかったんですね。」

 「で、デートっ!?そんなんじゃなくてっ……楽しくなかった……っていえばウソになるけど……誰があんな奴……。」

 って、今、バーで飲んでいるって……たぶん隣に三宅先輩いるんだよね?

 それで1時間も美並先輩は電話……三宅先輩、ご愁傷さまです。

 「あ、そろそろ出発の時刻が近づいているので、切りますね。……三宅先輩にお持ち帰りされないように飲み過ぎないでくださいね。」


 ツー……。

 私は心の中で三宅先輩にエールを送りつつ電話を切ると、すでに到着している夜行バスに乗り込む……えーとD-1……あっとここね。

 荷物を棚に上げて座席に座る。

 美並先輩楽しそうでよかった。

 東京初めてって言ってたから嬉しかったんだろうけど……なんかチョロくて心配だわ。……って行っても雰囲気のいいバーで長電話するあたり、計算しているのか、天然なのかわからないけどね。


 「……から、変えろって言ってんだよ!」

 「そうは申されましても……。」

 「最初に窓際っつてんだろ!」

 前方で、係の人と言い合う女の人がいた……言葉使い悪いなぁ……。

 どうやら窓際がよかったのに通路側だから空いてるところに座らせろって揉めてるらしい。

 今空いてても、この後乗り込んでくるんだけどねぇ。

 ……関わり合いになりたくないけど……今、隣は空席だ。

 誰が乗って来るかわからない……けど、今喚いている人の席の横は女性だし……。

 「あの……他の方に迷惑ですし、よかったら席変わりますよ?」

 私がそう言うと、女の人は満面の笑みに、係の人はほっとした表情になる。

「お、悪いなぁ。助かるぜ。」

女の人は、そのまま私の席だったところに座り込むので、私は、荷物を移動させ、席を変わる。

 

 「隣、失礼しますね。」

 私は隣人に声をかけておく。

 「ごめんな、ウチが変わったら良かったんやろうけど……。」

 あいつがどっか行ってくれた方がいいってボソッと呟く。

 「お知り合いなんですか?」

 「まぁ、一応……。」

 あまり触れられたくない話題のようだ。

 「じゃぁ、朝までよろしく……」

 そう言ってフードを下ろす。


 出発時刻が近づくにつれて、ゾロゾロと乗り込んでくる。

 私が座るはずだった席の横には、チャラい男が座っていた。

 ……席変わってよかったよ。


 「では、40名全員お揃いになりましたので出発いたします。途中……」

  

 そろそろ出発ね。

 スマホを見るとメッセージが3つ。

 タクからは「無事に出発したか?」という確認メッセージ。


 美並先輩からは「明日の夜は寝かせないわよぉー」という酔っ払い丸出しのメッセージ。


 三宅先輩からは、「美並も、あと半分若ければなぁ……」という謎メッセージ。

 というか、完全に犯罪やん。


 私はそれぞれにメッセージを返す。

 「もうすぐ出発だよ、明日会場でね」とタクに。

 「お姉さまとなら、私……*ぽっ*」と美並先輩へ。

 「おまわりさーん、この人です!……っていうか、バーにセンパイ連れ込んでどうするおつもり?」と三宅先輩にも。


 そして、私は眠ることにする……明日は体力使うからね、休める時に休んでおかないと。


 こうして、私の東京行のプチ旅行が始まったんだけど……、夜中にね、ふと目が覚めたの。

 なんかね、バスの揺れが激しくて、とてもじゃないけどねてられないわ。

 スマホを見ると午前2時になる少し前……イヤな時間だな。

 「あ、やっぱり起きたん?」

 隣から声がかかる。

 この振動で目が覚めた客が多いみたいね。

 「あ、おはようございます……というのも変ですね。」

 「せやな。それより、見てみぃ。やけに揺れるおもーたら、山道や。結構スピードだしてんで。」

 私は、言われて窓の外を見る。

 確かに速度が……て。

 キキッーッ!

 急ブレーキの音に続き急ハンドルを切ったため傾く車内。

 一瞬ふわっと浮き上がる感じがした。

 そして、急に目の前が真っ暗になって……、後の記憶は定かじゃないわ……。

 

 私が気づいたときには、無数の呻き声とつまるような血の匂い……前方で赤々と燃え上がる炎。

 とにかく逃げなきゃって、それだけしか考えられなかったわ。


 よろよろと外に出ると、遠くの方でサイレンの音が聞こえた気がしたんだけど……覚えているのはそこまでね。私は、また気を失ったようであまり覚えていないのよ。

 

 次に気が付いたときは病院のベットの上だったの。

 と言ってもね、私はちょっとした擦過傷と打ち身程度で、一応頭打ってるからって、精密検査はされたけど、みんなから「運がよかったね」って言われたわ。


 後で警察の人や病院の人から聞いた話では、バスの乗員2名と乗客15人が死亡、他21人が全治3か月以上の重傷、私を含む3人が全治3週間以内の軽傷っていう、大きな事故だったらしいわ。

 原因はバスの運転手のスピードの出し過ぎ。……居眠りだったんじゃないかと調べている所なんだって。


 落ちた時に岩にぶち当たったらしく、バスの中央部分が大きくへしゃげ、その付近に座ってた人達は即死だったらしい。

 その話を聞いて私はゾッとしたのよ……。

 だってね、へしゃげた中心の席が、私が元々座るところだったからね。

 あの時、あの女の人と咳を変わらなかったら……って思うとね。


 あとね、病院に居た時に聞いた話だと、バスのドライブレコーダーの映像では、事故が起こる前、ドライバーの顔が恐怖にひきつって見えたそうなのよ。

 バスの運転手が事故の前に何を見たのかって、病院内では一時噂になっていたわ。

 結局、公式にはその様な事はなかったかのように一切触れられなかったけどね。


 あと一つ気になるのは……公式発表では「乗客39名を乗せた深夜バスの事故」となってるけど……乗客は40名いたはずなのよ。出発前に確かに『40名』って、添乗員さんが言ってたからね。

 添乗員さんが間違えたのか、誰も知らないあと一人がいたのか……。


 

 と、まぁ、私はまたもや「運よく」助かったってお話。。

 ただね?……運がいい人って、そもそもこんな事故にあわないんじゃないかしら?と思うのよ?


 キミと、彼女ちゃんはどう思う?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る