私の望んだ幸せ(4)

 控室の椅子に腰かけた国王陛下と王太子殿下。クラリスからお茶を受け取ると、感謝を述べて手に取った。


「それにしても、ステラリア嬢がこうして再び王国に足を踏み入れることになるとは、講和会議の様子からは思いもしませなんだ」


 陛下がそう切り出すと、レイジは「そうだろうな」と微笑む。


「ステラリア嬢は王国の将来を担うかけがえのない人物でした。戦後の王国再建にあたってステラリア嬢の力は必要だと頼み、代わりに私を差し出すと言っても、殿下は一切聞き入れてくださいませんでしたな」

「ステラが国の将来を担う重要な人物になりえると考えたのはこちらも同じこと。戦勝国として、ただ位の高い人物ではなく価値ある人物の引き渡しを求めたのは、合理的な判断だったと考えている」


 陛下の嘆息交じりの発言を、レイジは淡々と受け流す。

 というか、陛下が身代わりになると申し出ていた? しかもそれを断った? レイジが私を「価値ある人物」と言ってくれたことは嬉しいと思いつつ、利用価値があったからだと言われると心が少し冷えるのを感じる。


「しかし、殿下は今、ステラリア嬢に帝国発展のためと言って無理難題を課し、婚約者になりたいと望む令嬢を遠ざけるために彼女を婚約者として利用していると聞いております。そのような仕打ち、王室の人間として到底看過できません」


 オースティン殿下は語気強く食ってかかる。レイジはそれを意に介さないかのようにお茶を手にとると、一言。


「講和会議で引き渡された人物を帝国でどう扱おうと、貴国に抗議を受けるいわれはないが?」


 重く、冷ややかな声がふたりに刺さる。殿下はぐっと呻き、とっさに反論が出てこないようだ。


「それに、ステラには俺の出したその無理難題とやらを突破できる見込みが立っている。婚約者になりたい令嬢を避けたかったのではなく、ステラが婚約者になると宣言することで帝国貴族に変化を促したかったのだ」

「それは、どういう……」

「ステラを婚約者に迎えるのは俺自身の意志だ。ステラ自身の気持ちが整うまでは真実を伏せ、あたかも俺がステラを利用したがっているように偽装した」


 レイジは私の手に手を重ねる。思わず見やると、レイジは穏やかな笑みを浮かべる。


「すでにステラは帝国になくてはならない身。今後王室に顔を出すことはよほど大きな外交でもない限りないだろうし、その際は俺も同席するだろう。そのことをよく理解してもらいたい」


 手を重ねたままレイジが告げる。

 オースティン殿下は顔に青筋が浮かぶほど歯を食いしばっているようで。


「ステラリア嬢はこれからお前たちに侵略された王国を立て直すために必要だった人物だ。失うようなことがあれば、私は絶対に帝国を許さない」


 先ほどまでの口調を投げ捨て、うなるように声を上げる。想像以上の執念を感じて、私は思わず身をすくませた。


「ステラが帝国で皇太子妃として生きることは、巡り巡ってイクリプス王国の発展につながることになるだろう。そして……俺はステラを手放さない。何があっても、絶対に」


 重ねていた手をぎゅっと握り、レイジが答える。


「殿下、王太子が大変失礼な発言をいたしました。どうかご容赦ください」


 さらに発言しようとする王太子を止めるよう、陛下が慌てて口をはさむ。レイジは私の手を握ったままで。


「事によっては、オースティン殿下では帝国との交易相手として不適当だと王太子の交代を要求することにもなりかねない。余計な揉め事を起こそうとはしないことだ」


 殿下も苛烈だったが、レイジのこれもかなり過激な発言だった。外交問題に外交問題で殴り返すような力技に、私は目を丸くする。

 レイジの手が暖かい。これまでは私が帝国を変えなければと立ち回ってきたけれど、今日この場においてはレイジに守られているという実感がある。

 なんだか安心するというか、心が休まるというか……これを嬉しいというんだろうか。


「長居してしまいましたな。我々はここらで失礼いたします。ステラリア嬢、いずれ文書でも構いませんので、国境の防衛戦略について我々やルナリア王国との国境を守るグライン侯爵家にご教示いただけませんかな」


 陛下は立ち上がると早口で問うてきた。オースティン殿下を立ち上がらせると、私の返事を待たずに扉へと押していく。


「え、ええ。実はレイジに依頼されて書物にしようとしているのです。完成しましたら献本いたしましょう」


 ふたりが部屋を出るまでに、そう答えるのが精いっぱいだった。

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