帰郷(6)

 馬車は国境の山道を五日かけてイクリプス王国ディゼルド領にたどり着いた。身軽な商人であれば三日で移動できる見込み徒歩移動の騎士がいたのと、疲労で護衛に負担をかけないためにかなり慎重な日程となっている。

 国境を越えてディゼルド領に入ると、見慣れた景色が街道として舗装されていることにひどく違和感を覚えてしまう。なるほど、こんな街道ができてしまえば帝国が攻めてきたらひとたまりもない。


「まさか、もう一度ここに戻ってこれるとは思っていなかったわ」


 麓まで降りて山道から平地に景色が開けると、そこには見慣れたディゼルド領の姿が広がっていた。張りつめていた緊張が解けたように、ふっと体が軽くなったように感じる。


「故郷が恋しかったか?」

「帰れるなら帰りたいとは思っていたけれど……恋しいと思うほどの思い入れはそんなになかったのよね」

「それは、なぜ?」

「……どこかの国が休まず攻めてくるから、ここ数年はほとんど山の中にいたんだもの」


 私の答えに、レイジは気まずそうにうつむき、「すまん」と告げる。


「レイジが前線に出る前からそうだったんだから、あなたのせいだけではないでしょう」


 私はレイジに笑顔を向けるが、なんとなくぎこちなくなってしまったかもしれない。

 レイジはそれ以上なにも言わず、馬車は目的地……ディゼルド領市街地へと進み続けた。



「御大将! お帰りなさいませ!」


 ディゼルド領市街地を抜け、ディゼルド公爵邸にたどり着いた私たちを出迎えてくれたのは、私が指揮してきたディゼルド騎士団の面々だった。


「みんな、久しぶりね」

「御大将! 見違えましたね!」

「御大将! 御大将って本当に貴族令嬢だったんですね?」


 レイジにエスコードされた私へと、一斉に大声がかけられる。

 ディゼルド騎士団の基本は、皆が声を掛け合ってお互いを補い合うこと。ゆえに、日頃からやたらと声が大きい。

 やかましさに心地よさを感じながら、私は握りこぶしを作る。


「あ? 久しぶりに指導してやろうか? 言っておくが、この衣装でもお前たちに負けるとは思っていないぞ?」


 威圧するように足音高く一歩踏み出すと、騎士たちが一歩あとずさった。

 この程度で気負けするなよともう一歩踏み出そうとしたところで、目の前に腕が伸びてきて制止される。


「ステラ、今のお前はディゼルド騎士団長ではない」

「そ、そうね」


 レイジの声で我に返る。私は拳を下ろして、


「私がいなくなっても、ディゼルド騎士団をよろしく頼んだわよ」


 そういうと、再びレイジの手を取って公爵邸に入る。


「御大将って、あんなに綺麗だったんだな……」


 その場をあとにした私を、騎士たちが呆然と見送っていた。



「ステラリア、よくぞ戻ってきた」

「ご無沙汰しております、父上」


 公爵邸の入口で、父上と母上が私たちを出迎えてくれた。

 久しぶりに見た父上は、なんだかひどくやつれて見えた。

 前線を引退してからも衰えない食欲のせいでやや太り気味だった体形は、騎士たちとそん色ないほどスマートになっている。


「お前を守れなくてすまなかった。再び会えると知って、どんなに嬉しかったことか……」


 私に近寄って、そっと抱擁してくれた。母上も私の肩を抱きとめてくれる。

 不器用な父上がここまで本気で私との再会に安堵してくれていることを思うと、父上が私を差し出したという疑念は払拭されたように思う。


 これまであまり深くは聞けなかったけれど、私が帝国に引き渡された理由について明らかにするときが来たのかもしれない。

 私は抱き合ったままレイジに視線を向ける。レイジは無言でうなずいた。

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