第四章:開花
帰郷(1)
イクリプス王国はディゼルド領で私とレイジの婚約披露パーティーを行う。
その計画は私にとって、レイジから婚約を求められたときに匹敵する衝撃を与えた。
私が令嬢たちとお茶会を繰り返し、バスティエ領で騎士団を鍛えている間に、レイジは国境の街道整備を急がせていたらしい。
表向きにはイクリプス王国との国境を越えやすくすることでイクリプス王国が抵抗する意思を奪い、王国の豊かな資源をいち早く享受しようという名目で進められていた計画。道中には適度な間隔で野営地が設けられており、安全な日程で国境を越えることができる。
しかし、街道整備の真の狙いは別にあった。
「帝国の使節団がディゼルド領に訪問……歴史に残るわね」
すでにほとんど固まっているスケジュール表を見て、私は目を丸くする。
「婚約披露、通商条約の制定、騎士団の合同演習……今回の訪問によって得られる両国の利益は計り知れない。内政強化はステラがやってくれたから、俺は安心して外交に注力することができた」
求められる役割柄、どうしても私ひとりで行動することが多かった。その間にレイジがなにをしているのか把握できていなかったけど……そういうことだったのね。
通商条約が策定されれば、今後は街道を通して多くの商人が両国を行き交うことになる。イクリプス王国からは保存用に加工された魚や野菜が、ポーラニア帝国からは帝国の洗練された技術が供出され、お互いの国の発展に大きく寄与することとなるだろう。
敗戦後は帝国に侵略され、資源の限りを食い尽くされると思っていた私にとって、この状況は喜ぶべきものであるはずだ。
だけど、私はどうしても手放しでは喜べないでいた。なぜなら……。
「領民の前で婚約披露したら、いよいよ破棄できなくなるじゃないの」
婚約者との姿を領民に示すということは、この人と結婚しますと宣言するようなもの。そこまでやってから実は結婚しませんとなれば、あれはいったいなんだったのかと私に向けられる目は厳しいものになるだろう。
「だったら破棄しなければいい。少なくとも、俺から破棄するつもりはないからな」
パーティーうんぬんよりも、私を悩ませている一番の問題がこれだ。
私がバスティエ領に向かう前はこんなにグイグイ来る人物ではなかったはずだけど。
「レイジ、あなたいつからそんなキャラになったの?」
「さて、いつからだろうな。少なくとも、俺はこれまでもお前のことを想って動いてきたつもりだったが」
「あれで!?」
婚約したと同時に短期間で貴族名鑑を覚え込まされ、パーティーで手袋を乱れ投げる構えを見せて、毎日令嬢とギスギスした雰囲気の中お茶会という名の面談を繰り返した、あの日々が。レイジにとっては私を想っての行動だったらしい。
「そうだ。とはいえ、これまでのことをことさら掘り返すつもりはない。イクリプス王国に向かう前には、もっと仲を深めておきたいからな」
そういうと、向かいのソファに座っていたレイジは立ち上がるとなぜか私の隣に腰を落とした。
「……その前に、ひとつ聞いておきたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
「私に接近して、婚約を確たるものにする……それは、実質的な人質にするという意図はないのよね?」
国境を越えやすくするための街道が整備されるということは、ポーラニア帝国からすればイクリプス王国を攻めやすくすることにもつながる。
戦勝国である帝国側がいくら「これからは仲良くしていきましょうね」なんていっても、はいそうですねとはならない。むしろ、これからはいつでも侵攻できるんだぞという圧力にもなりうるだろう。
「ステラリアがそう思うのも無理はない。俺はただ俺自身の想いを述べることしかできないが、一時的に帝国が関与しても、最終的にはお互いの発展のために良い関係が築けることを願っている」
レイジは私の髪に触れてふっと笑う。やや疲労を感じるその表情は、私からすると嘘偽りのないもので。
「……もう少し考えさせてちょうだい」
「ああ、もちろんだ」
頬が熱い。うつむく私に、レイジは優しく応えてくれるのだった。
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