婚約披露パーティー(4)
まあ、それはそれとして。
「じゃあ、決闘しましょうか?」
「む……」
話がうやむやになってくれればと思っていたのだろう、リシャール公爵がうめく。
「決闘というのは、今、ここでか?」
「ええ。広さもじゅうぶんですし、ここには証人も大勢いらっしゃいます。あえて遅らせる必要はないでしょう」
「しかし、貴様の恰好では決闘など……」
「あら、私を誰だと思っているのですか? この程度、私にとっては手加減にもなりませんよ」
「では、帝国法に則って、こちらは代理を立ててもいいのだな?」
「もちろん、どうぞ」
言うが早いか、リシャール公爵は後ろに控えていた人物に護衛を呼ぶよう命じた。その間に私はクラリスから剣を受け取る。
「ありがとう、クラリス」
「念のため用意していましたが、まさか最初から使うことになるとは思いませんでした」
「でも、私の実力に疑問を持っている人に実力を示すにはちょうどいいでしょう?」
「それはそうかもしれませんが……今のお嬢様はドレスであることをお忘れなく」
「ええ、任せてちょうだい」
そうしているうちに、リシャール公爵の護衛が現れる。
公爵家の護衛といえば、万が一の事故や襲撃で主人に被害が及ばないような強さを求められるはず。
だけど、目の前の護衛に相応の実力があるようには見えなかった。
「立会人は私がしよう。婚約者の決闘ではあるが、これだけの証人の前ではひいきのしようもないだろう。公平を期すると宣言しよう」
なんか出てきた殿下が仕切り始めた。私は余計なことをするなと殿下をにらむが、
「俺の前で恥をかかせてくれるなよ」
と笑われた。
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「では、用意……はじめ!」
殿下の宣言と同時に、護衛が一気に距離を詰めて斬りかかる。
(一直線、仕掛け……なし。甘すぎる!)
ドレスを脱ぐ必要も、なんなら動き回る必要すらない。むしろ、安直に自分の距離へと飛び込んでくれた相手に感謝の気持ちを込めて、振り下ろされた剣に向かって自分の剣を振り上げる。
「なっ!?」
衝撃に負けて、相手の手から剣が放れる。剣が飛んだ方向にいた貴族たちは、慌てて飛んできた剣を避けていた。
「そこまで! 勝者、ステラリア・ディゼルド!」
あっという間の決着に、会場が騒然となる。
「リシャール公爵。決闘の結果に従い、ステラリア令嬢が婚約者になることを認めるか?」
「……はい、認めます」
殿下からの問いに、悔しさを滲ませながらもリシャール公爵はうなずいた。これだけの証人の前で負けたのだ、これ以上反発はできないということだろう。
「リシャール公爵。私はまだ婚約者になったばかりの身です。私が皇太子妃にふさわしいか、ご令嬢が本当に私を超えることができないのか、これから見極めていただきたい。今日はそういう場なのです」
私がそう声をかけると、リシャール公爵は声なくうなずくばかりであった。
「改めて宣言します。私をただ婚約者の座から引きずり下ろしたいなら決闘を申し込んでください。私はいつでも受け付けましょう。しかし、レイジ殿下の望みは武力によってかなうものではありません。あくまで帝国を発展させるために、考え、行動し、発展を実現できるものをこそ望んでいます。皆さんがそうなれるよう、私は殿下の婚約者として力を尽くしましょう」
一見矛盾した考え。殿下の婚約者という立場に収まっていながら、誰かが自分に代わって婚約者となることをむしろ推奨するような姿勢に、貴族の……とくに令嬢たちの間に動揺が広まっていくのが感じられた。
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「話は済んだようだな。開幕の余興が長くなってしまったが、パーティーを始めよう。帝国が変革する、その最初の一日を、どうか楽しんでいってほしい」
殿下がこれ以上の隙を与えないように声を上げ、会場隅で怯えながら様子を見守っていた楽団に手を上げる。
指揮者は慌ててうなずくと、ひと呼吸おいてから指揮棒を振り上げ、演奏を開始した。すぐに切り替えられるあたりはさすがプロといったところだろうか。
「さあ、踊ろうか、ステラリア」
「ええ、喜んで」
剣をクラリスに預け、私はレイジ殿下の手を取る。私たちは会場の中央に移動して、そこでゆっくりとダンスを始めた。
はじめは戸惑っていた会場の貴族たちも、徐々に空気が弛緩してきたのか各々で踊り始める。こうなってしまっては、当初の殺伐とした雰囲気など霧散してしまったようで。
「あんなことがあったのに、よくここまで落ち着いたわね」
「さきほどまでのやりとりに現実味がなかったということだ。長年平和を享受してきたせいだろう、どうにも危機意識が欠如しているところがある」
「そのようね」
会話しながら、私たちは会場を広く使ってダンスに興じる。
「しかし、まさかドレスの仕掛けを使うことなく一撃とはな」
「おそらく実戦経験がなかったのでしょう、まっすぐ向かってきてくれたから楽に対処できたわ。あなたの望みどおり、一方的な要求は決闘で排除できることを示すことができたのは上々だったでしょう?」
私は得意げに語る。それに対してレイジ殿下は、
「ああ、よくやってくれた」
今まで見たことがないほどの笑顔を私に向けた。
「っ!?」
私は一瞬硬直してしまい、殿下の足を踏んでしまった。周囲でもちらほら悲鳴が上がり、同じように感じた者が複数人いたとわかる。
「殿下のあんな笑顔、見たことがありませんわ」
「あろうことか、あの女相手に……」
演奏の隙間を縫って、そんな声が耳に届く。なるほど、さっきの笑顔は全方位に破壊力があったのだろう。
「失礼しました、殿下」
「気にするな。今はそんなこと気にならないくらい、この時間が楽しいのだ」
笑顔を崩さない殿下に、内心ドギマギしながら踊り続ける。
そんな私たち……とくに私に対して、嫉妬と羨望の入り混じったようなまなざしが全方位から向けられたのだった。
なお、ダンスのレパートリーが早々に尽きた私は、殿下を舞台に残して会場を練り歩くことになる。
談笑する貴族相手に積極的に声をかけ、警戒されながらも「会話をする機会を別途設ける」とだけ告げるにとどまった。
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