第20話・特別な糧



 蘭瑛と玲亜を見送り、ひよりが居間へ戻ろうとすると、客間へ福之助の様子を見に行っていた黎紫が出てきてひよりに言った。



「福ちゃんがもうすぐ目を覚ますと思う。そしたら少し俺と話してる間にひよりちゃん、軽く食べられそうなもの、福ちゃんに何か作ってくれる? 」



「わかりました。用意しますね」



 ひよりがそのまま炊事場へ直行すると、後から湯飲み茶わんを片手に黎紫が入って来た。


「ひよりちゃん、お茶もう一杯おかわりほしいな」



 言いながら黎紫は隅っこに置かれた机に向かい椅子に腰を下ろした。



「あの……どうしてわかるんですか?」



 黎紫の湯飲みにお茶を注ぎながらひよりは尋ねる。



「福之助さんがもうすぐ目を覚ますって」


「ああ、それはね。眠ってもらったから。催眠術みたいなやつで」


「えッ。じゃあ隊長が?」


 そんな術も使えるの⁉



 驚き顔のひよりに、黎紫はどこか悪戯めいた微笑を浮かべながら答えた。



「ん~、あのとき事態は切迫していたからなぁ。そうするしかなくて。緊急を要する場面だったしぃ」



「はぁ。……でもまさか気を失った福之助さんを連れて来るとは思いませんでした」



「あはは。驚かせちゃったね、いろいろと」



「……あんまり帰りが遅いから気になってて」



「そうか。心配かけたね、ごめんよ」



 その声は黎紫にしては珍しくしんみりとしたものだった。


 怒って言ったわけでも責めているわけでもないのに。ひよりはなぜか後ろめたい気持ちになった。


「でもひよりちゃんが心配してくれるの俺は嬉しいな。───え?その顔は怒ってるの? なんで?……ふふふ。でもそういう膨れっ面もすごく可愛いねっ」


 そこ笑うとこ⁉ それに私、膨れっ面なんてしてないもんっ。───断じて。してない……つもりなのだが。


「か……からかわないでくださいっ」


 ───もう!


 隊長のバカ!心配して損したっ。


 ひよりはプイと怒って黎紫に背を向けた。



「ごめんごめん。ひよりちゃん、機嫌なおして。じゃあ俺、客間に行って福ちゃんの様子見てるから。お茶、ありがとう」



 黎紫の足音が遠退く。


 振り返って返事をすればよかったと少しだけ後悔しつつ、ひよりはモヤモヤした気持ちを吹っ切るように大きく深呼吸をした。


 そして常備してある藍色の前掛エプロンけと白い三角巾を着け、福之助に何を食べてもらうか真剣に考えることにした。


 寒い夜だ。温かいものがいい。時間は真夜中を過ぎているし、胃もたれの心配がないものがいいだろう。


 重すぎなくて口当たりのいい汁物スープはどうかな。


 ひよりは食材を確認しながら選び、作り始めた。


 人参、白菜、じゃがいもを細かく切り、小鍋の中で軽く炒めながら塩とコショウを少々ふる。


 そこに水を加え、煮立ったところに自家製の豆乳を加えた。


 キノコなども加えたいところだが、残念ながら冬が終わった今の時季にはない。


 中身を沸騰させない程度に加熱し、作り置いてあった鶏ガラ出汁を加え、味をみながら塩などで整えて火を止め、最後に刻んだ生姜をほんの少し加える。


 身体が温まる豆乳スープの出来上がりだ。



 それから数分後、黎紫が炊事場に顔を覗かせて言った。



「ひよりちゃん。福ちゃんに食べてもらいながら話を聞いてあげてくれる?」


「私がですか?」


「さっき目が覚めて、少し話をしてみたけどね、俺相手だといろいろ言いたいことも遠慮して言えないみたいだし。それにひよりちゃん、福ちゃんの話、もっと聞いてあげればよかったとか言ってたからさ」



「でも私……私でいいんでしょうか」



「いいんだよ。福ちゃんのために作った料理ができたんだろ?ひよりちゃんはそれを食べさせてあげて、話を聞いてあげるだけでいい。あいつはきっと今まで言えなかった事が言えたりして、元気になるはずだから。美味いものは目覚めを呼ぶからね」


「目覚め?」


「美味しくて目が覚めて真実に気付く。特別な糧、とでも言うのかな」



 特別な……。それって。


 ひよりは尊敬するお師匠さまの教えを思い出す。


『心を込めて作られた料理は食べた者に特別な糧を授けることができる』。


『特別な糧』とは力の源を元気にする栄養のようなものだとお師匠さまは言っていた。


 まさか隊長の口から同じ言葉が出るなんて。



「ひよりちゃんの料理はね、食べると心を許してしまうんだ。心がほぐれて、楽になって。まるで心を元気にする栄養みたいにね」



「それは……褒めすぎです。それに糧給支部は、この仕事に就いたら『特別な糧』を与えられるように、そこを目指すようにと。糧給支部で働く者たちは皆がそういう想いを大切にご飯作ってます。……だから、私だけじゃなくて、支部の皆も、もっともっと精進して美味しいご飯作ろうと日々思ってるんです……」



 ───ううっ。


 なんだか緊張して何が言いたいか分からなくなっちゃう。だって……。


 黎紫の眼差しがとてもとても優しくて。


 綺麗で。


 ときどき妖しいと思う瞳も、今はなんだか温かく感じるから。


 そんな眼差しを向けられたら落ち着かない。



「───ぁ、あのっ。とにかくこれ冷めないうちに福之助さんへ持っていきますね!」



「うん。俺はここで待ってるから。頼んだよ、ひよりちゃん」



 ひよりは頷き、豆乳スープの入った器を盆に乗せ客間へと向かった。







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