第6話・何事も頑張ってみよう!



「ひよりちゃんっ無事⁉ 何してんですか、兄さま‼」



 玲亜がズカズカと二人の間に入り、黎紫の腕からひよりを引き剥がした。



 そしてそのまま、玲亜はひよりを自分の腕の中に抱き寄せた。



「ひよりちゃんを怯えさせて! 兄さまったら、なんてひどいことっ」



「玲亜。俺はまだなにもしてない」



「当たり前ですっ。ひよりちゃんに何もしないでください!」



「えー」



「えーじゃないっ。ひよりちゃんも兄さまの前に立つときは気をつけて!」




 な、なぜですかっ、玲亜さん⁉



 ひよりは意味が解らなかった。



「兄を猛獣みたいに言うんじゃないよ。まったく、お邪魔虫め。眠気も覚めた。顔でも洗うか。それから飯だな。腹減った」



 怒ったような、拗ねたような。


 そんな不機嫌な顔つきで、黎紫は部屋を出て行った。




 ♢♢♢




「ごめんね、ひよりちゃん。あんな兄で。大丈夫だった? 意地悪されたんじゃない?」



「いえ、意地悪はされてないと思いますが……。でも玲亜さん、どうしてここに?」



「朝稽古終わって戻ったら、ひよりちゃんがどこにもいないでしょ。そしたら蘭瑛が「まだ隊長のとこか」なんて言うでしょ。聞けばひよりちゃんが兄さまの目覚まし係になったって言うから、もうびっくりして!それで心配で来たの。だって黎紫兄さまって、すっっごく! 意地悪なのよッ。それから他人を困らせるのが好きな人なの。昔からそうなのよ。だからきっとひよりちゃんのことも困らせて、意地悪していると思って」



 意地悪?


 だったのだろうか、あれ。



 違うような。


 当たっているような……?



 とにかく玲亜が来てくれて助かったという気持ちがあるのは確かだ。



 苦手な隊長と、あのまま二人きりでいたくはなかった。



「心配してくれてありがとう、玲亜さん。でも意地悪はされてないです。それより私、隊長に失礼なこと言ってしまって。気を悪くさせたかも」



 黎紫の部屋を出て、玲亜と一緒に朝餉の支度が整っている居間へ向かいながら、ひよりは話を続けた。



「私、隊長にもっと隊長らしく振舞ってください、みたいな偉そうなこと言っちゃって」



「ひよりちゃんが? でもそれで兄さまは意地悪しなかったの?」



 思い返してみるのだが、黎紫の行動が〈意地悪〉の部類に入るか否かよく判らなかったので、とりあえずひよりは頷いた。



 それを見た玲亜が、驚いたように目を見開いた。


「すごい! ひよりちゃん偉い! 今までそんな事言って意地悪されなかったのって、ひよりちゃんだけかも。凄いことだよ」



「いえ、あの玲亜さん。たとえば意外と几帳面だという蘭瑛さんとかも、私よりきっと隊長にいろいろ言ってそうですけど。そうでもないんですか?」


「んー、そりゃ最初は蘭瑛もいろいろ世話焼いてたけど」


「隊長の意地悪って、例えばどんなことなんでしょう」



「蘭瑛はハッキリ教えてくれないんだけど、他所から聞いた話じゃ、世間に広まったら恥ずかしい私的な情報を兄さまが幾つか握ってて。まあそれが弱味なんでしょうね、蘭瑛の。それで、兄さまはそれをバラそうとしたりして、慌てる蘭瑛を見て悦ぶの。ね?意地悪でしょう?」


 そんなことが……。


 私もそのうち⁉


 目覚まし係、引き受けるんじゃなかったかも。


 今頃になって後悔しているひよりに、玲亜が言った。


「でも私、本当はね、兄さまにはもっと変わってほしいんだ。隊長の自覚が足りないとことか、面倒くさがりで、ぐうたらで、だらしのないトコとか」



 溜息を漏らしながら言う玲亜にひよりは同意する。


 私もそう思います!と心の中で叫んだ


「なのにちっとも言うこと聞いてくれなくて。賄い係のひよりちゃんに頼むのは申し訳ないんだけど、私からも黎紫兄さまの目覚まし係、お願いしてもいいかな」



 ───それは君のお願い?


 ひよりに向かって妖しく尋ねた黎紫の顔が浮かんだ。



 私はあのとき、お願いしたわけじゃない。



 お願いや命令で解決することではないと思った。



 お願いしたからとか、されたからとか。


 そこに黎紫の意志が少しでもなければ続いていかないし、変われるものでもない。



 黎紫の気持ちが動かないかぎり。



 本当に心から変わろうとしないかぎり。



「もちろん、意地悪されたら私にすぐ言って。ぶん殴るから。……でも。誰かにね、兄さまのことをね、厳しく世話焼いてほしいって、前から思ってたのは蘭瑛も私も本当なの。兄さまが維持してる闘魄とうはくは、おそらく武仙の中でも最強のものよ。師団は闘魄の数値で優劣が決まってくるようなところだから。……だから兄さまより格下の武仙は、なかなか強く言えなかったりするの」


「でも。私のようなものが、厳しくなんて」



 武仙に比べたら、ずっと闘魄の低い文仙の自分なんかが。


 それに。


 私はなんだか隊長がとっっても苦手なんですっ!


 そう思うのに。ひよりは口に出して言えなかった。



「武仙と文仙はお勤め内容が違うから、そこは気にするところじゃないと思うわ」



 ひよりの思いを察したのか、玲亜は優しく笑って言った。



「毎日美味しいご飯を作ってくれる子の言うことなら、兄さまも聞いてくれるかも。だから……」



「わかりました、玲亜さん」



 ひよりは玲亜の力になりたかった。



 玲亜のおかげで師団内の雰囲気や生活にも慣れることができたのだ。



 少しでも恩返しができるなら。



 それに……。



 苦手なモノって、克服していかないとね!



 食べ物の好き嫌いを克服するように。



 黎紫のことを『食べ物』と一緒に考えてしまうのもどうかと思ったが。



 とにかく何事も頑張ってみようと思う性格のひよりなのであった。




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