第4話・ひよりちゃんの追加お仕事



『目覚まし係』。



 おそらく、九班隊だけに存在する係。 


 朝に弱い嵯牙さが黎紫れいしを起こす係だ。




「朝飯の支度、済んでからでいいからな」



「そんな……。どうして私なんですか?」



「御指名だ」



「だからなぜ?」



「それは隊長に聞いてくれよ。でも俺としては那峰が代わってくれたらホント、助かるよ。朝稽古にも集中できるし。隊長が朝弱いの知ってるだろ。今までは俺や諒や莉玖で交代に起こしてたけど、あの人すっげえ面倒くさいこと言うし、しっかり起きるまで時間もかかって機嫌も悪いしで毎日大変だったからさ」




 あの。


 だから。


 その大変な仕事を今日から私が?



「でもだからって……」



「目覚まし時計になったつもりでさ、部屋ん中入ってデカイ声で名前呼べばなんとかなるから。まぁ、頑張れや。んじゃあ俺は朝稽古行くんで、頼むぞ」



「えっ、あのッ。ちょっと瀬戸さん!」


 調理の途中で追いかけるわけにもいかず。


 ひよりはお浸しに使おうとしていた青菜を手に茫然とするしかなかった。



 嵯牙 黎紫。


 戦闘師団 第九班隊 隊長を務める『護闘士』の彼はおそらく……。



 現在、最強の十班隊員数名は極秘任務とやらで帝都を離れていると聞く。


 なので黎紫はおそらく今ここ晶蓮城で一番強い護闘士なのだろう。



 あ……。でも会ったことないけど師団には総師団長って人がいるらしいから、二番目に強い人なのかなぁ。


 でもなんで御指名⁉


 ひとまず調理に集中し支度を済ませ、ひよりは気の重い足取りで黎紫の部屋がある屋敷の奥へ向かった。



♢♢♢


 部屋の戸を開ける前に深呼吸。それからほんの少しだけ戸を開けてみる。



「隊長? 嵯牙隊長、朝ですよ?」



 返事は無し。


 そりゃそうだ。


 このくらいで起きてくれるなら、目覚まし係りなど必要ない。


 けれど部屋の中で大声を出すことにも気が引ける。



「失礼します………」



 あれこれ考えていても黎紫は起きてくれそうもない。


 仕方ないので、ひよりは部屋の中へ入った。



 隊長ともなると私室も広い部屋が与えられるらしい。


 室内は落ち着いた雰囲気のある調度品で揃えられていた。



 部屋の奥、帳の向こうに繋がる部屋があり、そこが寝室と思われる。



 さすがに寝室にまで入る勇気はない。ここから叫ぼう。


 ひよりは意を決し、おもいきり息を吸い込んで叫んだ。



「嵯牙たいちょうおぉぉっ‼ 起きてくださァ~いっっ!──うぅッ」



 妙な緊張感と慣れない大声に、情けなくもひよりはしばらく咳き込んだ。


 

「誰だ……」



 ようやく寝言ではないような返事に、ひよりはホッとして告げた。



「お、おはようございます! 那峰です。蘭瑛さんに言われて隊長を起こしに来たんですけど」



「なみね? ………ああ、そうか。そうだった。なんだもう朝?」



「はい。朝ですよ、隊長。起きてくださいね。じゃあ、私は戻りますから」



「だめ」



「は?」



「ちょっとおいで」



 はいっ⁉



「早くおいで。それとも俺がそっち行く? 行ってもいいけど、俺いつも素っ裸で寝てるから。なんも着てないし。那峰が俺のハダカ見ても平気なら、今すぐそっち、行くけど?」



「ハっ、裸って。そんなの困ります! 早く服着てください、隊長!」



「服? んっと~、どこやったかな。那峰、探してくれる? いいからこっち来て。隊長命令」




 そんな……。



 もしや瀬戸さんが言ってた面倒くさいことってコレ?



 ひよりは恐る恐る帳に近付き、中へ一歩踏み入れた。



 薄暗い。


 部屋の中には衝立てがあり、寝台はその向こう側のようだ。



「なみね来た? そこらへんに俺の服、あると思うんだけど」



「服……?」



 よく見ると、床には多くの衣類が脱ぎ散らかっていた。



「隊長、服ってどれですか?」


「んー、なんか適当に衝立てんとこへ放って」



「てきとうと言われても。暗いから戸を開けますよ」



 ひよりは障子戸を開け、明るくなった部屋で脱ぎ散らかった服を物色する。



「あのぅ、隊長。下着とか肌着とか胴着とかは無いんですか?」



 散らかっているのはどれも打ち掛けのようなものばかりだ。



「肌着?あんま着ないな」



「着たほうがいいですよ、風邪ひきますよ」



 そうでなくても黎紫は着物を着崩して纏っていることが多いのだ。


 ほかの隊員や隊長たちは皆『隊服』といわれる藍染めの羽織袴だったり、無地で落ち着いた色合いの着物や異国の洋服とやらを身につけているのだが。


 ひよりの目の前に散らかっている着物は非番のときの私服としてなら構わないが、どれも派手でとても隊服と呼べそうなものではなかった。



「那峰ぇ~、まだぁ? 下のは脱いであったの拾って今履いたけど、上に羽織るもんよこして」



「でも隊長、もうちょっとちゃんとした服とか着物とかないんですか?」



「……さてな。どこかにあるとは思うけど。べつにぃ、いいじゃん何でも。あれダメこれダメって、決まってなかったと思うけどなぁ。礼装が必要なときは俺だってちゃんと考えてるよ。とにかくなんか着るもんちょーだい。早くしてくれないと、俺また寝そう」



 衝立ての向こうから、ふわぁ~と黎紫があくびをしたのがわかった。


「えぇっと。じゃあコレ着てください!」



 また眠られたら困る。


 ひよりは散らかった衣服の中から、青緑色の着物を選んだ。


 裾に銀糸で控えめな草花の模様が入っている。


 それが一番地味に見えた着物だった。



 ひよりはそれを衝立ての向こうへ投げ入れた。




「ありがと、那峰」



 黎紫が布団から這い出し、スルリと着物に手を通す音が響く。



 その間、ひよりは散らかった衣服を拾い上げていた。




「那峰、帯も」



「ぇ、ぁあ。すいません、気付かなくて。帯ですね」



 えーっと。えーっと……おびおび……。



 着物の色は青よりも緑が濃かったように思うから、それに合いそうな色となると。




「───これでいいかな。隊長、今そっちに……」




 ひよりが少し明るさのある鼠色の帯を手にしながら振り向くと。



 いつの間にか、衝立ての向こうから現れた黎紫がひよりの前に立っていた。



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