第43話

 高校生活最後の夏休みに入った。終業式では担任から受験生なんだから遊び惚けるなよと忠告を頂いたが、俺のクラスは結構うわついていた。

 俺も氷岬に勉強を見てもらえることになったし、多少は遊んでも問題ないだろう。

 というわけで俺は現在、渚と待ち合わせ中である。先日の約束通り、渚とデートするのだ。


「お待たせ、拓海くん」


 渚が姿を現す。夏らしい装いで、涼し気な印象を受ける。


「ちゃんと持ってきたか」

「うん、ばっちりだよ」


 そう言って渚はリュックを叩いた。

 今日の行き先はずばりプール。つまり水着が必要となる。渚の水着姿を想像すると今からテンションが上がるが、おくびにも出さない。


「ふふ、拓海くん顔にやけてるよ」

「え? にやけてなんかないだろ」

「もう、私の水着想像したの? えっちだなあ」


 あっさりと見抜かれていた。やはり俺は隠し事が苦手なようだ。


「期待に応えられるといいんだけどな」


 渚が呟く。渚ならどんな水着も似合うはずさ。そんな言葉が喉元まで出かかったが、それは実際に水着を見てからでも遅くはないと思い踏み止まる。


「楽しみにしてるよ。そろそろ行こうぜ」


 俺たちは電車に乗り込む。今日行くプールは結構大型施設で、流れるプールやスライダーなどもある。

 電車の中で雑談に興じる俺たち。


「ねえ。どうして今日プールに誘ってくれたの」

「前にみんなで多数決しただろ。海かプールどっちに行くかで。その時に渚がプールに票を入れていたのを思い出したんだよ」

「そっか。覚えてくれてたんだね。嬉しいな」

「たいしたことじゃねえよ。俺だって渚を喜ばせたい」


 頬を掻く。少し照れくさい。


「うん、ありがと」


 渚も照れくさいのか顔を赤くして俯く。互いに俯いた俺たちは小さく笑い合う。


「それで、渚はどうしてプールに票を入れたんだ」

「……内緒」


 なにか恥ずかしい理由があるのか、渚は俯いて口を閉じてしまった。海ではなくプールじゃなきゃダメな理由ってなんだろうか。わからん。

 しばらくすると目的地に着く。俺たちは電車を降りて駅のすぐ近くにあるプールへ向かう。

 施設の中に入ると、大勢の人で賑わっていた。夏休みだもんな。


「それじゃ、また後でね」

「おう、楽しみに待ってる」

「もう、そんなにプレッシャー掛けないでよ」


 渚と男女の更衣室で分かれ、俺は男子の更衣室へ入る。と言っても、俺は既に水着を中に着用しているので、上着とズボンを脱ぐだけで済む。

 俺は私物をロッカーに入れ、鍵を閉める。そのまま入口で渚を待つ。


「お待たせ」


 しばらくすると、渚が自信なさげに声を掛けてくる。俺は振り返ると、その姿を目に焼き付けた。

 情熱的な赤のビキニ。胸元が強調され、渚の美しい肢体を惜しみなく晒しだしている。


「眼福、眼福。よく似合ってるよ」

「……ありがと」


 渚はほっと胸を撫で下ろす。俺はそんな渚の手を取り、プールサイドまで引いていく。


「プールに入る前は準備運動な」


 軽く準備運動と柔軟を済ませ、プールに入る。渚の手を引き、水の中へ誘導する。


「ひゃっ」


 渚は小さく悲鳴をあげたかと思うと、水の中に沈んだ。


「おいおい、大丈夫か。足が着くから落ち着いて」

「う、うん。ごめんね。私、実は泳げないの」


 渚が恥ずかしそうに告白する。そうか、泳げないのか。だから海は嫌だったのかな。プールなら足は付くが、海なら流されたら足が付かないもんな。


「だったら俺が泳ぎ方教えるよ。ちゃんと手握ってるから安心して」

「うん。ありがと」


 教えるって口実があれば、渚の手だって握り放題だしな。そんな邪な考えも半分ぐらいありつつ、俺は渚に泳ぎを教えることになる。

 教えると言っても、そんな完璧に泳げるようになる必要はない。ちょっと遊ぶのに苦労しないで済むぐらいに水に慣れればそれでいい。


「じゃあまずは目を瞑って水の中に顔を付けてみようか」

「う、うん」


 俺の言う通りに渚は水に顔を付ける。しばらくすると、顔を水から出して、激しい呼吸を繰り返す。


「やっぱり無理かな」

「そんな息が続かないところまで我慢する必要はないよ。今は水に慣れるところから始めてるから」

「そうなんだ。わかった。もう少し頑張ってみるね。せっかく拓海くんが手伝ってくれてるんだから」

「おう。ちゃんと手は握っててやるから、安心しろ」


 それから何度か水に顔をつける練習を繰り返しているうちに、渚は水の中で目を開けられるようになった。


「ふふん、ちょっとは成長したと思うよ」


 得意気に鼻を鳴らす渚が可愛い。俺はそんな渚の頭を撫でる。


「よくできました」

「えへへ、なんだか照れるね」

「俺も恥ずかしい」

「なら、やらなきゃいいのに」

「やだ」

「なにそれ」


 渚が口許に手を当てて笑う。


「じゃあ次は泳ぎの練習を……って思ったけど、人が多いな。泳ぎの練習は海でやるか」

「そうだね。今日はプールで遊べればそれでいいよ」

「じゃあ、遊ぶか」

「うん!」


 俺たちは流れるプールの方へ移動する。ビーチボールとかビニールボートとか持ってきたが、とりあえず流れるプールだしビニールボートに渚を乗せて、流してみよう。

 俺はそう考えて、ビニールボートを渚に手渡す。


「乗ってみそ」

「うん」


 渚はビニールボートに乗ると、寝転がる。水の流れによって、ビニールボートは流れていく。


「ふふ、これ凄いね。なんだかすっごく気持ちいいよ」

「だろ」


 俺は頷き、ビニールボートを勢いよく押した。


「きゃあああああああ」


 渚が小さく悲鳴を上げて、ビニールボートは勢いよく流れてひっくり返る。水の中に落ちた渚はもがいて水から顔を出す。


「もう、酷いよ拓海くん」

「悪い、ちょっとした悪戯心が」

「次は拓海くんの番だからね」


 そう言って攻守交代。今度は俺がビニールボートに寝そべる。

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