本当にあった怖い話

邪神 白猫

人魚に出会った日




【体験者】O県在住Rさん。





※※※




 これは5年程前の、まだ俺が大学生だった頃の話し──。




 大学三年の夏休み。H県O市へとやって来た俺は、日中は浜辺にある海の家でアルバイトをしながら、それが終わると趣味であるサーフィンに興じるという夢のような毎日を過ごしていた。


 人魚伝説の残るこの地は観光スポットでもあり、澄み渡るほどに綺麗な海を目当てに連日のように沢山の人達で賑わっている。

 そのお陰もあるのかちょっとハメを外す若者も少なくはなく、ナンパから仲良くなったのであろう男女の姿がチラホラと見える。


 そんな光景を横目に波打ち際へと向かった俺は、脇に抱えていたボードを浜辺へと突き立てると海を眺めた。



(今日はいい波が来てるな……)



 絶好のサーフィン日和に満足気に微笑むと、そんな俺の横で足を止めた直哉は口を開いた。



「いい波が来てるな」


「……そうだな」



 そんな返事を返しながらもチラリと直哉の方を見てみれば、嬉しそうな笑顔を浮かべながら目の前の海を眺めている。



「よしっ。じゃ、早速入るか!」


「だなっ!」



 ニカッと笑って見せた直哉に向かって笑顔で返事を返すと、俺達は横並びになってパドリングを開始する。


 直哉とはまだ出会って一週間程の仲だったが、俺と同じくサーフィン目当てで他県からやって来た直哉とは、趣味が同じで歳も同じだったことからすぐに意気投合した。日中は汗だくになりながらも一緒にアルバイトに励み、それが終わればこうしてサーフィンをする。

 そんなパートナーと出会うことの出来たこの夏は、間違いなく一生の思い出となるだろう。

 

 直哉と共に沖へとやって来た俺は、ボードに座るとその場で波待ちをした。



「──なあ! 知ってるか? この海、人魚が出るらしいぞ!」


「……らしいな!」



 少し離れた場所に居る直哉に向かってそう返事を返すと、ニヤリと微笑んだ直哉が再び口を開いた。



「会ってみたいよな~、人魚! おやっさんが言うには、息も止まる程の絶世の美女なんだってさ!」


「へぇ~! 一度見てみたいな!」


「だよなっ!」



 そんな会話を交わしながらも、海の家の店主であるおやっさんの顔を思い浮かべる。



(でも、あの人の言うことは適当だからな……)



 そんなことを考えながらも、この地に伝わる人魚伝説も絶世の美女だったことを思い出すと、まんざら嘘でもないのかと思い直す。

 けれど、その美貌を武器にして沢山の男を海へと引きずり込んだ話しだったことを思うと、会ってみたい反面恐ろしくもある。


 

(……ま、人魚なんて実在しないけどな)

 


 頭では架空の生き物だと思いつつも、美女だと言われれば多少心惹かれるのも無理はない。直哉だって、本当に人魚がいるとは思っていないだろう。

 ただ、”絶世の美女”とやらを拝んでみたいだけなのだ。



「──涼太! 来たぞっ!」



 そんな直哉の声に反応して顔を上げると、こちらに向かって近付いてくる波が見える。それを逃す事なく捉えた俺は、そのまま腰を落としてライディングしてゆく。



(……さいっ、こーー!!)



 あまりの気持ちよさに心の中で歓喜の雄叫びを上げると、人魚のことなどすっかりと忘れ去った俺はサーフィンに夢中になった。それは直哉も同じだったようで、次から次へと波に乗ってゆく俺達。

 そのまま陽が傾くまでひたすらサーフィンに興じた俺は、沈んできた太陽を眺めると口を開いた。



「次でラストだな」


「……そうだな」



 そんな俺の言葉に、残念そうな顔をしながら答える直哉。その気持ちは痛いほどわかるが、陽が沈んできたのだからこればかりは仕方がない。

 視界の悪い夜に海に入るだなんて、危険すぎてとてもじゃないがサーフィンなどできないのだ。



(せっかくのいい波だったけど、仕方ないよな……。明日もいい波が来ることを祈ろう)



「……ラスト行くかっ!」


「おうっ!」



 俺の掛け声で沖までやって来ると、ボードの上に座ってそのまま暫く波待ちをする。



「明日もいい波が来るといいなっ!」


「……だな!」



 そんな会話を交わしながら足元に視線を向けてみると、俺は透き通るほど綺麗な海を眺めた。

 暗くなってきたとはいえ、透明度が高いお陰か比較的深くまで目視ができる。



(ホント、綺麗だよなぁ……)



 そんな事を考えながら海を眺めていた、その時──。視界の端に入ってきたソレに釘付けになった俺は、自分の目を疑いながらもその姿を凝視した。



(──えっ!!? に……っ、人魚!!?)



 魚と見間違えたかとよくよく目を凝らして見てみるも、確かにソレは下半身が魚の尾をした人間だった。



「……っ、直哉!! 人魚だっ!!!」


「…………。……えっ!!?」


「この下に、人魚がいるんだよっ!!!」



 驚いた顔を見せる直哉にそう告げると、俺はすぐさま海の中へと潜った。



(人魚だ……っ!! 本当に実在したんだ!!!)



 そんな興奮と共に胸をときめかせると、目の前に見える人魚目指してグングンと潜ってゆく。すると俺の気配に気付いたらしい人魚は、こちらを振り返るとニッコリと微笑んだ。



(──っ!!?)



 驚きに口から空気を漏らした俺は、残り少なくなってしまった酸素を求めて海面へと浮上した。



「……直哉っ!!! 本当に人魚がいるっ!!!」


「えっ!!? ……ま、マジかよっ!!?」


「マジだって!!! いいから来てみろよっ!!!」



 興奮気味にそう伝えると、再び海の中へと潜って人魚の姿を探す。先程と変わらぬ場所に留まっていた人魚は、そんな俺に向けて優しく微笑むと手招きをした。

 その姿は噂に違わぬ美しさで、一瞬で魅了された俺は夢うつつに人魚の元へと近付いた。


 目の前にやって来た俺に向けてニッコリと微笑むと、その右手をかざして俺の頬に優しく触れた人魚。その姿はまさに”絶世の美女”そのもので、放心状態になった俺は目の前の人魚を呆然と見つめた。


 ──と、その時。

 突然背後からグイッと腕を掴まれ、驚きに振り返ってみると直哉と視線がぶつかる。何やら焦ったような表情を見せる直哉は、そのまま俺の腕を引くと海面目指して浮上してゆく。


 名残惜しさを感じながら後ろを振り返って見てみると、俺に向けて手招きをしている人魚。そんな人魚の近くに今すぐ戻りたくて、必死にもがいてみるも俺の腕をガッチリと掴んだ直哉は決して離そうとしない。

 仕方なく直哉と共に海面へと浮上した俺は、大きく空気を吸い込むと一気に捲し立てた。



「……っ、なんだよ!! 邪魔するなよっ!!! せっかく人魚に会えたのに見失ったらどーすんだよっ!!!!」



 そんな俺を前に、顔面蒼白な顔を見せた直哉は息も絶え絶えに口を開いた。



「……ま、マジで言ってんのかよ!? ”アレ”のどこが人魚なんだよ……っ!!?」


「……!? どー見たって人魚だったろ!!? お前こそ何言ってるんだよっ!!!」


「いや……っ、”アレ”はどう見たって──」


「もう邪魔するなよなっ!!」


「……ちょっ! 涼太っ!!!」



 直哉の制止を振り解くと、俺はそのまま再び海の中へと潜ってゆく。先程と同じ場所に留まっている人魚の姿を見つけると、心の中でホッと安堵の息を吐く。



(良かった……。また会えた)



 このまま二度と会えなくなるのではないかと考えると、俺は不安で堪らなかった。

 ほんの数秒触れ合っただけとはいえ、すっかりと人魚の魅力に取り憑かれてしまった俺。そのまま急いで人魚の側までやって来ると、その綺麗に揺らめく長い髪にそっと触れてみた。



(もう一度、君の綺麗な顔が見たい──)



 何度も側を離れてしまった俺に愛想を尽かしてしまったのか、こちらを振り返ってくれる様子のない人魚。

 そんな態度に痺れを切らした俺は、ゆっくりと人魚の正面へと回り込んだ。



「──!!!?」



 勢いよく口から大量の空気を漏らした俺は、酸素を求めて海水を飲み込んだ。そんな俺の目に映っているのは、白骨化した女性の姿。

 初めて目にする遺体と呼吸困難でパニックに陥った俺は、遠くなる意識の中で直哉の姿が見えたような気がして、それに向けて力なく右手を伸ばしたのだった──。





──────



────






「──涼太っ!!! 大丈夫か!!?」



 咳き込みながら目覚めた俺は、心配そうな顔を見せる直哉に向けて小さく口を開いた。



「……ごめん……っ、直哉」


「無理するな! 今レスキュー呼んだから!」


「っ、……ありがとう──」



 そう告げると再び意識を失った俺は、次に目覚めた時には病院のベッドの上だった。

 大事を取ってそのまま一日病院で様子を見ることとなった俺は、翌日にはすっかりといつもの調子を取り戻していた。


 心配して病院まで駆け付けてくれたおやっさんの車に揺られながら、あの後どうなったのかを教えてくれた直哉。


 あの白骨化した遺体は数年前から行方不明になっていた女性のものだったらしく、身に付けていた衣類からすぐにその身元は判明したとのことだった。

 流されて岩礁に引っかかっていたところを、たまたま俺達が発見したのだ。


 その足に付いたままだったフィンが、人魚に見えてしまった原因かもしれないと言った直哉。

 もしかしたら、今も時折見たとの目撃情報のある人魚は、水難事故によって亡くなった人の姿を見間違えているだけなのかもしれない──。俺は、薄っすらとそんな風に思った。


 けれど、今もなおハッキリと覚えている、俺の頬に触れたあの柔らかい手の感触。あれも、俺の見間違いからくる幻だったのだろうか……?

 それを確かめる術などあるはずもなく、例えあったとしても確かめる勇気が俺にはない。


 ──あれから五年、俺は一度もあの海には行っていない。






─完─

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