第3話

 とはいえ、話はそう簡単ではなかった。


 祖母が亡くなって八年。

 それなりに遺品は整理されており、残っているのは高価なインテリアや着物、珍しい洋服やアルバムの類い。


 探せど探せど、目的のベストは見つからない。

 洋服ダンスの中にも、押し入れの中にも見つからない。


――捨ててしまったのかしら……。


 嫌な予感に脂汗を額に浮かべる。


 祖母の遺品を整理したのは母だ。

 母がもしベストのエピソードを知らなかったとしたら、処分してしまったかもしれない。


 母に連絡を取って尋ねるべきだろうか?


 いや、それはまずい。

 イトの存在が知れてしまう。

 イトとのすべてを母に説明することは憚られた。

 だって、亡くなった父がこの世に何年も前から戻っていたと、誰が信じられるだろう? それも時に猫として、時に若かりし頃の姿として。


 やはり独力で探すよりほかない。

 当たれる場所はすべて当たろう。

 なんだか人のプライバシーを侵略しているようで気が引けるけれど。


 母が整理していない場所はどこであろうかと考えを巡らせる。

 一カ所だけ、心当たりがあった。

 店の倉庫だ。

 シーズンオフの商品や余分な店舗什器、季節もののディスプレイアイテムを保管している倉庫。

 あそこはあまり母が手を入れていない場所であるとも言える。多分、多忙のあまり倉庫の整理にまでは手が回っていないはずだ。


「きっと、倉庫にある」


 自分に言い聞かせるようにして倉庫の鍵を開いたものの、幾多の段ボール箱を目にして気が遠のいた。


「商品以外の箱……ってどれだろう」


 一体何着の在庫が収納されているのだろう――途方もない数の箱に気圧されつつ、倉庫の蛍光灯を点す。倉庫には一本の蛍光灯しかなく、心許ない。LEDでもないので、薄暗めだ。

 暗さに加えて、倉庫特有の臭いに顔をしかめつつ、脚立を取り出したとき、一つの箱が目に入った。


「手書きの猫?」


 多分祖母か祖父かが描いたであろう猫の絵が側面に貼られた段ボール箱。

 なぜか妙に気になって、その箱を取り出して開く。


「在庫箱じゃないんだ……思い出の箱?」


 外国のお土産らしき人形や絵はがき、ブローチが詰め込まれている箱に少々面食らった。住居の方ではなく、あえて店舗の倉庫に置かれていることに違和感を覚える。

 その箱の中に、ついにわたしは見つけた。


「あった、これがベストだ!」

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