第3話

「なんで野良猫がこんなにナルシストになれるのかなあ。いろんな人間にちやほやされるから?」

「白猫が嫌いな人間なんているか?」

「いると思うけどね」

「ごくまれにだろ。それより、明日に向けてレイアウトを変えた方がいいんじゃないか」

「そういえば、そうかも」


 わたしはカップを片付け、店に立つ。


 ちょっとお客さんが途切れた間や閉店後に、売れた商品の跡地――裸になったトルソーや什器に別の商品を着せ替えたり、空いたディスプレイ棚に違う場所から目立たせたい商品を引っ張ってくるのだ。


 レイアウトを替えることで、不動在庫――いわゆる「死んだ商品」を生き返らせることができるケースが多い。


 何を生き返らせてあげようかな。

 暗く照明を落とした店内をぐるぐる歩いてみる。そんなに広い店ではないので一周はあっという間だ。


 什器の一つに、もう何年も前に仕入れたカットソーやブラウスの一群があるのを発見した。

 店の中程の壁際にあるハンガーラックに掛けられていた。

 長らく忘れ去られ、これまでのクリアランスセールでも見捨てられてきたような服たちだ。


 多分、わたしが高校生のころからあるのではないか? と思うような流行遅れのデザインだ。


 あまりにも流行遅れで、懐かしさや愛着さえ感じる。


「そういえば高校生のころ、学校から帰ってきたときにこの服がショーウインドウに飾ってあるのを見かけた気がするな」


 什器から取り出して両手で広げ、見つめているうちに、思い出したのだ。

 あまり服にはこだわりがなかったあの頃の記憶を。


「長くうちの店で過ごしてきたんだね……」


 感傷的な声を掛けてしまうほど。

 思い出の品になりつつある。


「自分で買い取っちゃおうかな」

「バカなことを考えてないか?」

「……ダメですかね」

「それを全部の不動在庫にできる財力がどこに?」

「ですよね……」


 真っ当な反論を喰らい、広げていた商品を下ろした。


「流行遅れとは言え、ものはいい商品だから売りたいんだよね。明日に向けて大幅にレイアウト変更しちゃおうかな」

「その商品は仕入れた直後に店舗入って正面のゾーンにディスプレイされたきり。レイアウトの変更に意味はあると思うが……もうひと工夫ほしいいところだ」

「妙にうちの店の事情に詳しいね……で、もうひと工夫って?」

「さあな。それは自分で考えろ。じゃあ、今日はこれまで」

「えー、そこ、大事なとこ!」


 わたしの問いは虚しく、そして冷たく一蹴される。

 イトは消えるように店を立ち去った。退勤といった雰囲気だ。

 イトはいつだって必ず、日が落ちきるまでにわたしの前から姿を消す。どこへいくのかは……知らない。

 化け物あるあるじゃない、こういうの?


 こうなったらイトがあっと驚く仕掛けを施して、あっという間に商品を売ってやろう。

 しかし悩めど悩めど、妙案が浮かばない。


「……とりあえず晩ご飯にしよう」


 店を消灯し、住居部分に戻って冷蔵庫の中からにんにくと醤油の下味を付けた鶏肉を取り出し、フライパンで焼く。

 普段は母との二人暮らし。母と交代で夕飯を作るので、朝の開店までに夕飯下ごしらえをする習慣だ。

 鶏肉が焼けたら、味噌汁と雑穀米を添えて夕食とする。誰に見せるものでもない。これくらいシンプルな食事がちょうどいい。


 ふと、ダイニングテーブル上に大学近くの書店で購入したばかりの小説があるのが目に入った。買ったまま置きっぱなしにしていたのだ。

 購入したばかりといっても、新刊の小説ではない。

 戦後間もなくに発表された女性作家の小説だった。

 特にその女性作家のファンというわけでもないが、書店で見かけて――


「……そっか、これだ」


 自分がどうしてこの本を買ったのかを思い出し、ぽんと手を叩く。

 安直かもしれないが、この方法でいってみようじゃないか。

 アイディアまるパクリだけれど、案外うまく行くかもしれない。

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