第3話

 店のドアを開けようとしたとき、先ほどまで遠くで私を見つめていた白猫がすぐ足下にまで来ていることに気がついた。

 このまま私がお店に入れば一緒についてくることになりそうだが、大丈夫だろうか?


「いらっしゃいませ」


 ドアを半開きにした状態で躊躇していると、内側から声がかかった。

 若い女性の声だ。


 すぐに姿が見え、ドアを開けてくれる。


「あっ」


 その隙にさっと猫が中に滑り込んだ。


「大丈夫ですよ、うちの猫同然なので」

「……そうでしたか」


 すごく自然に微笑むことができる女の子だ、というのが第一印象。

 両親から普通に普通の愛情を注がれて育ってきた人特有の笑顔だ。


 私なんかとはまるっきり違う。


 店の中も、なんだかゆったりと落ち着ける空間になっていた。

 耳障りな音楽が流れることもなければ、鼻につく香水やディフューザーの臭いもしない。

 木の温かみを感じる内装に、飾り物がところどころに置かれていて、あとは商品が棚やラック、壁面にずらりとかかっているだけ。


 ただ、これが「福をもらえる」ブティックかとまで言われると、どうなのだろうと首をかしげる。

 特別何か変わったところがあるとも思えない。

 やはりただの宣伝投稿だったのだろうか。


「どうぞ、ご自由にご覧くださいね」


 そう声かけして、店員さんは店の奥へと姿を消した。

 熱心にセールスするタイプではないようだ。


 自由に、といわれたので本当に自由に棚やラックをかき分けて店内を回る。

 若者に人気の洋服よりは、中高年向けの洋服が半数以上を占めている。


 ところが店を回っているうちに私はだんだんと憂鬱になってきた。


 率直に言うと、ほしい服が見つからないのだ。


 流行ものであるらしいカットソーもパンツもスカートも、どれも私の心をくすぐらない。

 カバンや帽子などの小物もそれ自体は素敵なのだが、心を打たない。

 価格帯は親切だったが、ほしいものがそもそもないとなると、無理に商品を買う必要も感じない。


 残念ながら、「福を売る服屋」なんていうのは嘘っぱちだったんだ――。

 落胆し、店を立ち去ろうとした時だった。

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