3着目:彼氏受けしないレザージャケット

第1話

 ひとりぼっちで食べる食事と、恋人と食べる食事とは、どちらの方がおいしいと世間の人たちは言うだろうか。

 ひとりぼっちで行く水族館と、恋人と行く水族館とは、どちらの方が楽しいと世間の人たちは言うだろうか。

 ひとりぼっちで見る自然の風景と、恋人とみるそれとは、どちらの方が美しいと世間の人たちは言うだろうか。


 きっと、世間は言う。

 絶対に後者だって。

 聞くまでもない。


 そうなんだ。

 そうなんだ。

 そうなんだ。


 彼氏と食べる食事の方がおいしい。

 彼氏と行く水族館の方が楽しい。

 彼氏と見る風景の方が美しい。


 そうでしょ?


 何回も自分自身に対して、言い聞かせたこと。


 こんな私に彼氏がいること自体、ありがたいこと。


 そうでしょ?



 彼とは4年前、つまりは大学入学直後、登山サークルの新入生歓迎会で出会った。1つ年上の先輩。

 つるりと中性的な顔をしていて、細く吊り上がった目が絵巻の中の平安貴族のように涼しい人。

 雰囲気もどこか超越的でお公家さんのようだった。


 新入生の一部の女子の間で強烈な人気を誇っていた。

 平凡で取り柄のない私の手が届くはずもない、殿上人だと思っていた。


 だけど、どういうわけだかその年の冬、私の告白はすんなり受け入れられ、恋人同士になった。


 世界中のアイスクリームをかき集めてきたような甘さ――とでも言えばいいだろうか。

 彼はとてつもなく私を甘やかした。


 重いものはもちろん、軽いものも含めて荷物は絶対に持たせない。

 建物に出入りするときはレディファースト。

 道を歩くときは必ず私を歩道側にする。

 夜出歩くときはタクシーを使う。

 財布は開かせたことがない。


「そんなの、悪いよ」


 毎度丁重にその申し出を辞するのだが、彼は聞き入れない。


「君はお姫さまだから」


 甘ったるい言葉で、私を守る。

 守って守って、守り抜いて。


 周りは羨望の目で私を見つめた。

 恋人にそこまで愛されて、幸せ者ね。羨ましい、と。

 照れくささ半分、違和感半分で、「そんなことないよ」と謙遜したのを覚えている。


『そんなことないよ』――。


 私はどっちのつもりで言ったんだろう。


 他の人に妬まれないようへりくだるためなのか。

 それとも、今の付き合い方への違和感があるからなのか。


 自分の気持ちが見えないまま、かれこれ4年近く付き合い続けている。

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