第24話 夢のよう

「……寝すぎた」


 二日連続の寝不足である。


 コスプレ撮影会の疲労や彼女の家に遊びに行った気疲れもあるのかもしれない。


 翌日夜一は昼頃まで爆睡していた。


 おかげでたった今産まれたばかりみたいにスッキリサッパリいい気分だ。


 昨日たっぷり真昼と過ごしたからか、お腹や胸をぐるぐる回る切ない恋心も今日は控え目だ。


 その代わり、じんわりと温かな幸福感が込み上げてきて、夜一は昨日のお家デートを反芻した。


 二人でカレーを食べてだらだら喋りながらゲームして、ちょっとトラブルはあったが、おかげで可愛い彼女が自分と同じオタクだと知ることが出来て、最高に可愛いコスプレ姿まで画像に収める事が出来た。


 ……夢みたいだ。


 もう何度目になるか分からないが、夜一はベッドの中で頬を抓った。


 そして、微睡みながら携帯を探し、昨日撮った真昼のコスプレ画像を確認した。


 夜一はオタクだが、ドグマギやミミさんのガチオタというわけではない。


 シナリオは面白いしキャラも可愛いと思うが、ただそれだけだ。


 でも、ミミさんのコスプレをした真昼の画像を見ていると、思わず「くぅ~~~っ!」っと呻ってベッドの上で身悶えるくらい胸が苦しくなった。


 なんとも不思議で複雑な気持ちだった。


 本来は手の届かないオタクの世界がこちら側に飛び出してきたような高揚感。


 まるで本物のミミさんみたいにリアリティーがあるのに、真昼の面影もちゃんとある。


 画像によって、ミミさんと真昼の割合はかなり違っていた。


 真剣な表情でポーズを取る真昼はものすごくミミさんっぽい。


 でも、照れていたり気が抜けている画像は完全にただの真昼だ。


 そのギャップが物凄く可愛くて、夜一は沢山撮った画像を見比べながら、何度も「くぅ~~~っ!」と呻って身悶えた。


 底なし沼に沈むように、真昼の事が一層好きになる。


 真昼がコスプレするくらい好きなドグマギの事ももっと好きになった。


 またお家デートをする機会があったら、二人でアニメを見直すのもいいかもしれない。


 真昼のオタク棚には、ドグマギのDVDもあったはずだ。


 夜一は今まで、デートなんて言われてもなにをすればいいのかよくわからなかった。


 なんとなくの定番があるのは知っていたが、ウィンドウショッピングや映画なんかを二人で見て、なにが楽しいんだと思っていた。


 買い物も映画も、一人で行った方が集中出来るに決まっている。


 真昼と付き合って、そういう事ではないのだと分かった。


 好きな人と一緒にいれば、それだけでハッピーで楽しいのだ。


 ただ一緒にいるだけでもデートになる。


 だから、理由なんかなんだっていいのだ。


 真昼と一緒なら、百均だって遊園地みたいに楽しくなるだろう。


 真昼と一緒なら、難解なフランス映画だって楽しいに決まっている。


 それか、二人とも退屈して一緒に寝てしまうかもしれない。


 でも、それはそれでやっぱり楽しいだろう。


 コスプレ撮影後、二人で駄弁りながら寝落ちしたのは最高に幸せだった。


 真昼の母親に起こされたのは失態だったが、幸い妙な誤解はされずに済んだ。


 まぁ、二人して夏休みの小学生みたいに床に転がって寝ていたのだから、誤解する余地もないのだろうが。


 目が覚めて来ると、会いたい気持ちが沸々と込み上げた。


 でも、昨日や一昨日のように耐えられない程ではない。


 むしろ今日は、昨日のお家デートをゆっくり反芻したいと思えるような余裕があった。


『寝すぎた。おはよー。起きてる?』


 ラインを送りつつ、夜一はパソコンを起動した。


 約束通り、携帯で撮った画像を移さないといけない。


 夜一的にはコスプレ趣味なんか最高でしかないが、学校の連中にバレたら鬱陶しい事になるだろう。


 本当は待ち受け画面にしたいくらいだが、真昼を困らせるようなリスクを冒すわけにはいかない。


「……ちくしょう。可愛すぎだろ」


 パソコンの大きな画面で見る真昼のコスプレは格別だった。


 可愛すぎて、イライラしてくるほどだ。


 まぁ、それは嘘だが。


 もう、本当に可愛くて、いけないと思いつつ、顏や胸や絶対領域をアップにしてしまった。


 折角なので、パソコンの壁紙にしよう。


 どの画像がいいだろうか?


 暫く悩んで、夜一は真昼が照れ臭そうにはにかんでいる画像を選んだ。


『もう! 夜一君、褒めすぎ!』


 とか言ってむくれた後の顏である。


 真面目な顔のミミさんっぽい画像も捨てがたいが、やっぱり夜一は真昼っぽい画像が一番だった。


 こんな子が俺の彼女なんて冗談だろ?


 抓りすぎて、ほっぺが赤くなってきた。


「……また撮らせてくんねぇかな」


 椅子の肘置きに頬杖をついて、夜一はぽつりと呟いた。


 真昼のコスプレをもっと見たい。


 他のコスプレも見てみたい。


 それだけじゃない。


 昨日の突発撮影会は物凄く楽しかった。


 真昼の指導を受けながら、色々工夫くして見栄えするように撮るのは凄く楽しかった。


 真昼はコスプレイベントや撮影会に行く事があると言っていた。


 だからだろうか。


 真昼はカメラの扱いに詳しかった。


 構図がどうとか、露出がどうとか、携帯のオートフォーカスで明るさを調整するには少し暗めの場所にピントを合わせるといいとか、立ち位置によって光の当たり方が全然違うとか、痩せて見える確度がうんぬんとか。


 そんな事、夜一は今まで考えた事もなかった。


 カメラなんかシャッターを切ってはい終わりで、誰がやっても同じだと思っていた。


 全然違う。


 ちょっと真昼の指導を受けただけで、ものすごく可愛く撮れた。


 勿論、元の素材の良さもあるのだろうが。


 それで真昼も『すごいすごい! 夜一君、才能あるよ!』なんてべた褒めしてくれた。


 お世辞だと分かっていても嬉しかった。


 なにより、二人の共同作業が画像という結果に現れるのが楽しかった。


 コスプレは真昼の趣味でもある。


 楽しそうに熱中する真昼を見られるのが一番の理由かもしれない。


 だから、またコスプレ撮影会を開催して欲しい。


 でも、そんな事をお願いするのは、なんだかエッチな感じがして恥ずかしい。


 昨日は寝不足で頭がバカになっていたし、トラブルもあって勢いでお願いできた。


 冷静になるとがっついた感じがして恥ずかしい。


 真昼だって、そう何度もコスプレ姿を撮らせてくれなんてお願いしたらキモイ奴だと思うかもしれない。


 でも撮りたい。


 他のコスプレも見てみたい。


 なにか良い言い訳はないだろうか……。


 なんて思っていると携帯が鳴った。


 相手は真昼だった。


『もしも――』

『ごめんらはい!? あだぢ、まだねぼうぢぢゃっだぁあああああ!?』


 半泣きの真昼に叫ばれても、夜一にはなんの事だか分らなかった。

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