???
「早う来い! 沙夜置いて行くぞ!!」
「お待ちください姫様!」
元気の良い少女を心配そうな表情で気娘が追いかける。齢はおそらく十と十五。
兄弟の様に見えるが似ても似つかぬ顔立ちと、少女の方が圧倒的に良い衣服に身を包んでいる。
彼女達は背高草を抜け、黄金色に輝いた畑を駆け出す。
「姫様また御召し物が汚れてしまいます! おやめください!」
沙夜と呼ばれた娘は自身より幼い少女に丁寧な、それでいて強い口調をかける。
が、姫様という少女は首を横に振った。
「嫌じゃ! 妾は自分のやりたいようにやるぞ! どうせ屋敷に戻っても閉じ込められるのじゃ!」
もう飽き飽きじゃ、と不貞腐れる姫様を見て沙夜は表情を一瞬曇らせたが、何かを思い出したかの様に首を横に振り優しく姫様に告げた。
「姫様ご理解ください……これも旦那様からのご命令なのです」
「____ッ!? ……分かったのじゃ……」
姫様は沙夜からかけられた言葉に苦虫を噛み締めるような表情を見せ、やがて諦めるように呟く。
「分かったのじゃ……」
「ご理解ありがとうございます姫様」
「うむ……」
二人は黄金の畑を背に歩き出す。
彼女らの哀愁漂う寂し気な後ろ姿を見届けるように夕日が静かに落ちる。
●
「嫌じゃ」
目の前に置かれた盆の上には白米に鯛、その他副菜など、間違いなくこの時代の上流階級であることが伺える。
場面は変わり夜の刻、再び彼女達は渋い顔で睨みあっていた。
「絶対に嫌じゃ」
「お食べ下さい」
「嫌じゃ! 食べとうない!」
「お食べ下さい姫様」
「それ以上言うなら儂は舌を噛み切って死ぬぞ!! 良いのか!!」
「ではその舌も飲み込んで是非とも栄養にしてください」
「なんじゃこの従者鬼畜か!?」
他愛のない些細な会話、それは主と従者とも思えるが、見ようによっては姉妹の様にも感じられる。そんな二人の仲睦ましいやり取りに水を差す者が一人。
「姫様ご報告があります!」
突然の聞こえてきた声に二人の身体は僅かに強張りを見せた。視界の隅に目をやると先程は誰もいなかった場所に片膝を立て屈強な男性が首を垂れていた。
そこで彼は言葉を続ける。
「現在、山から下りてきた鬼が村の中に身を潜めております! 大丈夫かとは思いますがこの屋敷にも来るやもしれません! 姫様どうかお気を付けてください!!」
男はそれだけ告げると足早に去っていく。
そして空気の乱された二人の娘達はお互いに顔を見合わせると、沙夜の方から話を切り出した。
「では一度私は見張りの者から先程の鬼についての情報を聞いてきます」
ならば儂も、と立ち上がろうとする姫様に、
「なりません。姫様はここで御食事をなさってください。」
「じゃが!!」
「わがままはお辞めください。姫様も御食事の片付けをする者もいつまでも残っておられます。その者達が早く帰れますよう姫様は速やかなお食事を……」
沙夜はそう告げると襖の扉を開け姿を消した。残ったのが無知でわがままな姫様だけ、
「なんじゃろうな……」
先程のハイテンションから打って変わり、静かになった姫様はちびりちびりと夕食を摘み始める。沙夜の前だからだったのか気が大きくなっていたのだろう。
従者がいなくなった途端姫様は静かに食事を始める。
そこからしばらく黙々と姫様が食べていると、庭の隅に何かがいることに気付いた。
なんじゃあれは? と見てみると暗がりでも分かってしまう程に真っ赤な目のなにかと目が合い。姫様は深く考えることなくその者に優しく告げたのだ。
「のぅ主よ、大丈夫か? そんなところにおったら誰ぞに捕まってしまうぞ……」
しばらく警戒していた者だったが、少ししてからその者はゆっくりと姿を見せた。
さらにその姿を見て姫様は目を見開く。
「……鬼……」
いきなり姿を現した存在。
褐色の肌に紅蓮色の頭髪、紅玉のような瞳、そして額から伸びる白い角。
姫様の前に現れた存在こそ、今村を騒がせる存在”赤鬼”その人であった。
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