第35話 オラ猟師になるだ
家にシカの足を持って帰って、マリアに預ける。
マリア曰く、今日の晩飯になるらしい。
熟成?そういうのはもうちょっと文明が進んでからでいいんだよ。
とりあえず味やら硬さがどうこうとかそんな余裕はない。
鮮度が良いうちに食べる。
腹が痛くならないようにするので精いっぱいなのだ。
「出来ましたぞ」
「「「いっただっきまーっす!」」」
ひっさびさの肉である。
というか焼いてる匂いの段階ですでにメッチャやばかった。
肉と脂の香りが混然一体となって…「うっめええええ!」
滴る肉汁。
熟成させないと硬い?カンケーねえよ!馬鹿!俺の馬鹿!
久々の肉の前では少々硬かろうがスジがあろうが一切関係ないのだ。
体が本能的に肉を欲していることがよくわかる。
野菜ばっかり食ってるやつはこの快楽を味わうために我慢大会をしているに違いない!
うまい!やはり身体には肉だよ兄者!
そして付け合わせのサラダに枝豆。この辺は食いなれてるとは言え…
「シカ肉美味いな!私は魚よりこっちがいいぞ!」
「野菜もいいぞ?肉と一緒に食うとまたうまい!ああ、ご飯が欲しいなあ」
「ご飯?今食べてるじゃないか」
「カイトはまたバカになった」
「うっせえ」
お肉には白ご飯だ。
ステーキにご飯もうまいし、焼肉の時に薄切り肉でご飯を巻いて食べるともう…!
あ、勿論カツどんやら天丼、うな丼なんて至高の味である。
そもそも食事を現す『ご飯』と米をあらわす『ご飯』が同じ言葉である時点で日本人の米信仰は頭がおかしいことになっているのだ。勿論俺もだ!
なのにご飯がない!
鹿ステーキにパンは美味しいけどちょっと違うんじゃあ!
それにしてもパンか。
米のことを考えていたが、そう言えば小麦をもっと作らないと。
現在農場では夏野菜の収穫は最盛期を迎え、次に何を育てるかと考えているところだ。
去年はアシュレイが小麦がどうこうというのですこ~し植えてみた。
すこ~し収穫があって、ぶっちゃけどうにもならなかった。今年はもう少し増やそう。
とりあえずはこれから植える予定のニンジンや大根、玉ねぎに葉物野菜なんかを元農家のジジババが主体となって孤児に教えてもらうようにしよう。
しかし穀類は場所とるんだよなあ。
自給自足のためにはできるだけ穀物も必要だが…悩む。
またジジババに頑張って指導させてガキンチョをモリモリこき使わないと…いつまでたっても楽にはさせんぞお年寄りどもめ!ガキンチョの海に飲まれるがよい!
鹿を食った翌日、熊の解体を見に行った。
デカい熊にはデカい熊の胆がある。
熊の胆はアッチでもこっちでも薬だ。
もの凄く苦そうなイメージがあるが…いい値段で売れるらしい。
こればっかりはグレンが自分で採取していた。
「坊ちゃん、これが熊の胆です」
「うむ。いくらになるかな?」
「使われないんで?そうですな…まあ30万くらいにはなるでしょうか」
うひょー!
30万円!!!
目が
「しかし、これが薬になるのだろう?…マズそうだな」
「すごく不味いと思うぞ」
顔をしかめるアシュレイ。
まあ俺もすごく不味そうに見える。
だって熊の胆って胆のうのことだろ?胆汁?だろ?
魚さばいてるときに出て来る黄色い汁とかのアレじゃないの?
不味そうなイメージしかない。
「しかしこれが何に効くのだ?」
「何かって言われると…?消化を助けたり、肝臓や胆のうの働きを助けたり??たぶんそんな感じなんじゃね???」
『医食同源』と言う言葉がある。
食べることは医療をすることと同じくらい重要だって事だが、それと同様に『同物同治』と言う言葉もある。
ぶっちゃけると肝臓が悪ければ肝臓を、腎臓が悪けりゃ腎臓を食べろって事だ。
じゃあ目が悪かったら目を食うのかと言われると眼球自体にはほとんど栄養がないし、豚の耳食っても耳はよくならない。耳はそのモノ自体にほとんど機能がないからな。
重要なのは耳の内部だが…その辺の臓器はどう食っても治らないんじゃねーかと思うけど…まあいい。
突っ込み始めるとキリがない。
んでこの熊の胆を摂取するとどうなるか。
それが実は、『肝臓や胆のうの働きを助ける』なのだ。
…当たってるじゃないか。
中にはちゃんと当たってるのもあるから余計に変な事になるんだろうなあ。
「すっげー苦いらしいぞ」
「そうか。…まあ苦そうだもんな。色も何とも言えん」
色もなんと言うか悪い。緑っぽいというか黒いというか。
お世辞にも甘そうには見えないのだ。
「これを乾燥させるんだっけ?」
「坊ちゃんは博識ですなあ。湿気て腐ったり、カビないように気を使いながら乾燥させます。その後は町の薬屋に買い取ってもらっていますが、こんなに大きいのは獲ったことがありませんからね。もっと高く売れればいいですがね…。尤も、獲るときに内臓を潰してしまうとダメになりますから。今回はアシュレイ様のおかげで奇麗に採取できました」
「ふふん」
お、一撃で仕留められなくて焦って連打したアシュレイさん、渾身のドヤ顔っすな。
どやっぷりがちょっとウザイ。
「なんで怒っているのだ」
「別に怒っては無い。熊肉も貰って帰ってみよう」
「そうだな」
「昨日は鹿の腿でしたね。熊も悪くないですよ」
「ほんとかよ…」
熊肉にはいいイメージがあんまりない。
某犬が戦う漫画で、何でも食う犬ですら吐き出してたのだ。
犬が食わねえってよっぽど…ああいや、割と食わないか。
何でも喰いそうに見せてバクッと行ってから一回出すのだ。トマトなんか特にそうだ。
そしてクンクンしてからもっかい食べる。
焼き魚の皮とかをやるとペロッ!と飲み込んで『僕何も食べてないワン!』って顔をするのだが…嫌いなのはバクッ!と行ったと見せかけて一回出してペロペロしてもう一回咥えて…結局翌日まで転がってたりする。
まあ昔飼ってたアホ犬の話はもういいか。
ワイワイと解体していたら見たことの有る奴が来た。誰だっけ?
「あ、グルンドさん。お久しぶりです!」
「やあミルゲル君、久しぶりだね。元気そうで何よりです」
「あの、孤児院のメンバーはみんな元気にしてますか?」
「ええ、皆さん元気いっぱいですよ」
ミルゲルと話しているのを聞いて思い出した。孤児院のオッサンだ。
何やら経営が困難で??
ミルゲルたちを俺に身売りした㌧でもねえ野郎だ。
違ったっけ?
「違うだろう。真面目そうな院長さんじゃないか」
「そうだな。そういう事にしとこ」
創作物で孤児院が出て来たら大体ひどい目に合う。
そう思ってるから俺はこのオッサンを信用しない。
そう決めているのだ。
大臣とかも駄目。
将軍なんて姫を裏切るために生きてる。
貴族の息子なんてもってのほか。
汚職に奴隷売買、NTRだってやりまくる最低の野郎だ。
…って俺は将軍の息子で貴族の息子だ。
すでにツーアウト。
さらに追加で幼馴染があるから…これはアウトか?セーフか?
「それではアシュレイ様、カイト様、失礼いたします」
「うむ。子供たちを頼んだぞ」
「おう?よろしくな?」
何やら話していたようだがさっぱり聞いてなかった。上の空とはこのことだ。
「あいつ何しに来たの?」
「狼の肉を持って行ったらしい。あんまりうまくないから皆食べたがらん。安く売るくらいなら孤児院にあげるのだろう…って何でお前が知らないのだ?」
そんなの聞いてたっけ?さっぱり覚えてないな?
「マークス、今度は熊だぞ」
「昨日の熊でございますね。熊の胆はどうでしたか?」
「でかかった。グレンは30万くらいにはなると言っていたが」
「そうでしょうな。もう少し高くてもいいかと思いますが」
「胆も大きかったからな…ところで熊肉の味はどうなのだ?」
「私は好きですがね。食べ物ですから好みはあります。坊ちゃんはお好きな方かと思いますが」
解体の後、熊肉を持って帰って来た。
昨日は鹿で今日は熊だ。
しかし、正直熊肉にはあんまりいいイメージないんだよなあ。
子犬が嫌がっていたイメージしかないのだ。
見た感じの肉は奇麗だし、時間的に死後硬直も終わってるだろうから昨日の鹿より柔らかいだろう。
うーん。でも熊かあ…
そんな風に考えながら訪れた夕食の時間。
「今日は何だ?」
「昨日の熊だってよ。美味いのかなあ?」
「私は好きだけど…食べたことないのか?」
「むしろ有るのか。美味かった?」
「美味しかったぞ。父上もアフェリスも美味しそうに食べていた」
「マジかよ…」
熊を喰らう幼女。
やばいな。
熊殺しっぽい。カッケー。
…まあ普段から巨大猪やら猛牛やら、それから古代魚やら食ってんだけど。
「どうぞ。熊肉のステーキ、それに熊鍋でございます」
「おー」
見た目は悪くない。というかかなり良い。
アシュレイたちはワーイって感じでほいほいステーキを食っている。
俺としては大丈夫か?と思わざるを得ないのだが…
ええいままよ!バクっと一口!
「…うまい。臭くない」
「血抜きもうまくいっております。それにあの巨体。身の方もよく仕上がっているようです。料理長もなかなかこれほどの肉はないと言っておりました」
「そうだな。確かにうまい!」
美味い。
独特の香りはあるが、においだとか臭(くさ)いだとかっていう表現には当てはまらない。
そして肉の味も濃いしジューシーだ。
悪いところがほとんどない。コレは美味いわ。
「ちなみに1頭分の肉を売れば100万近くになるのではないでしょうか。毛皮と熊の胆で合わせて150万といったところでしょうかねえ」
「…売ろう。ほとんど全部売っていい」
「えー!」
「売っちゃうのかよ!」
「売るよ。まあ鹿と一緒で片足分くらいは置いといてもいいがな」
そんなにするなら熊メインで狩ってもいい!
そう思えるくらい高いのだ。俺、農業辞めて狩人になるわ。
…農業やめて狩人になる。
そんなことを考えていた時期もありましたってやつだ。
まあ、やっても冒険者だなあ。異世界と言えば冒険者!
何なら王族とか貴族とか、そう言うのやめて冒険者やりゃいいんじゃないか。
それなら敵が来てもスタコラサッサと逃げればいい。
城を枕に討ち死になんてやんなくてもやばそうなら給料もらって逃げればいいのだ。
…まあ俺一人ならそれでもいいか。
とまあ、隣で昼寝をしているアシュレイを見ながらそんなことを考えるのだった。
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