第5話 『新宝島』の行方
「
「ああ、中学生の時、
康史郎は話しながら寝室兼仏間を見やった。
「祖父が亡くなる前、もうベッドに寝たきりになっていたんですが、私たち一家がお見舞いに行ったら『「新宝島」を読みたい、持ってきてくれ』と言ったんです。私が祖父の部屋にあった手塚治虫漫画全集から『新宝島』の巻を持って行ったら『これじゃない』の一点張りで。部屋の中を片っ端から探したんですが、結局それ以外の『新宝島』は見つかりませんでした。祖父はそれからすぐ亡くなったので、最後の願いに応えられなかったのが残念なんです。もしかしたら、祖父は貸本で読んだ『新宝島』のことを言いたかったのでしょうか」
「まさか」
康史郎は顔色を変えると、いきなり座椅子から立ち上がった。そのままふすまの向こうに入っていくと仏壇にまっすぐ向かい、引き出しから何かを取り出す。戻ってきた康史郎の手には風呂敷包みが握られていた。
「梨里子さん、征一が読みたかったのはきっとこれだ」
康史郎はテーブルの上に風呂敷包みを置くと開いた。中にはスケッチブックと『新寶島』というタイトルのマンガ本が入っている。
「わしが征一からもらったんだが、征一は忘れてしまったんだな」
「これが貸本の『新宝島』ですか。実物は初めて見ました」
「征一は露天の店で買ったと言ってたな。
「はい」
梨里子は慎重に『新宝島』を取り上げると、ページを開いた。かなり紙質は悪いようだ。
「祖父はどうして、これを横澤さんに預けたんですか」
康史郎は座椅子に座り直すと、真剣な表情で言った。
「大事な話になるだろうから、録音しておいた方がいいな」
梨里子がICレコーダーの録音スイッチを入れたのを確かめると、康史郎は話し出した。
「わしは
梨里子は息をのんで康史郎の話を見守っていた。
「征一はひどく怒ってた。そんな姿を見たのは初めてで、わしの二日酔いも一瞬で覚めた。だが彼は『
「おじいさん、本当に横澤さんのことを心配されてたんですね」
梨里子は『新宝島』を静かにテーブルの上に置くと尋ねる。
「それで、このスケッチブックも祖父の物なんですか」
康史郎は麦茶で一息つくと話を続けた。
「その直後、『まつり』で働いてた
康史郎はスケッチブックを開いた。手塚マンガのコマの模写や、身近な道具、建物のスケッチなどが何ページも描かれている。
「わしは征一がマンガの練習をしていたことを初めて聞かされた。同じ年頃の読者が雑誌に投稿して賞をもらい、手塚治虫と同じ雑誌に連載しているのを見て、自分もやってみたいと思ったんだそうだ。調理師学校や『まつり』の仕事の合間に描きためていたが、自分に一番足りないのは話を考える能力だと分かって、マンガ家の夢は諦めたと語ってくれた」
「おじいさんがそんなことを」
梨里子はページをめくった。『まつり』の建物が描かれている。その隣は
「『これからは僕が「まつり」と家を守らなくちゃいけない。引退するまで康ちゃんに僕の夢を預かって欲しいんだ』と言われ、わしはスケッチブックを受け取り、『新宝島』と一緒に仏壇にしまったんだ。しかし、返す機会を待っているうちに『まつり』は区画整理で閉店、征一は認知症になりあの世に行ってしまった。梨里子さん、良かったらこの『新宝島』とスケッチブック、君から征一に返してくれないか」
梨里子は康史郎を見つめると頭を下げた。
「分かりました。征一さんの仏壇にお供えした後、私が大切に預からせていただきます」
「それがいい。征一もマンガ家の孫に見てもらえれば本望だろう」
康史郎は風呂敷に『新宝島』とスケッチブックを包み直すと、立ち上がった。
「実は、征一にもらった物はもう一つあるんだ」
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