【皮を被った探偵たち】②

 てつ夜明やあけの笹森警部補は椅子の背もたれに背中を深く預け、調書ちょうしょの作成を一段落ひとだんらくさせていた。歳のせいか、徹夜がこたえるようになってきた。

 昨日の昼頃、どうやら、何か事件があったらしい。空き巣などを捜査する捜査三課の連中があわただしく動いているのを見かけた。

 鑑識にそれとなく聞いてみると、犯人は風呂場の窓を割って侵入後、数年前に事故で死亡したその家の娘の机に花と菓子を置いただけ、と言っていた。まったく妙な犯人だと笹森警部補は思う。

 それよりも、自分の仕事のことだ。笹森警部補は意識を切り替え、折り畳みの携帯電話を開く。待ち受けにしている、孫とのツーショット写真が目に入る。今週の土曜日には遊園地に連れて行くと約束した。今のところ、その約束が守れるかは怪しいが。

「……」

 笹森警部補は画面を見つめる。着信が一件とメールが一件。妻と娘だ。『探偵』の男が泊まっているホテルからの連絡はない。あの『探偵』はいったいどこに行っているのかと、笹森警部補はため息をつく。

 昨日の夜、四家深弦の模倣犯の『作品』が、また新たに見つかった。それはドレスを着た女性で、頭部はなく、首の部分に花束が差し込まれていた。

 過去にもこの『作品』は同じものが発見されている。つまり今回見つかったもので、同じ『作品』は三体目となる。現在、女性の頭部は捜索中そうさくちゅうだ。

 このことを伝えようと連絡をしたのだが、あの『探偵』とは連絡がつかない。模倣犯の件にしか協力しないと言っていたのに、ホテルに電話をかけると、すでにチェックアウトしていると言われた。いったいどこへ行っているのやら。

 笹森警部補はうなだれる。こうなるのは奴で二人目だ。四年前に来た子供の『探偵』も、黒瀧が死んだと報告をしてきた。

 どうして四家深弦に関わった『探偵』は、ことごとく消息が不明になるんだ。そう思いながら、四年前の黒瀧が言っていたことを思い出す。『探偵』が犯人の協力者という推理を、今更ながら思い出してしまう。

 今回ももしそうならば、あの『探偵』の男は、四家深弦の模倣犯の協力者、ということになるのだろうか。まったく馬鹿げた話だ。これじゃあいつまでたってもイタチごっこだ。模倣犯の事件など収まるわけがない。

 そう思い、頭をがりがり掻く。

「笹森警部補。いらっしゃいますか」

 すると、部下が声をかけてきた。

「おう。なんだ」

「探偵集団の一人だと名乗る人間が来ています。廊下にいますが……」

「なんだ。帰ってきたのか。すぐに行く」

 やっと戻ってきたのかと思いながら、笹森警部補は席を立つ。

 廊下に出ると、そこにはあの『探偵』の男ではなく、十五歳ほどの少女が立っていた。

 身長は百五十センチほどだろう。タンクトップと、切り詰められたズボンから覗く手足は褐色かっしょくに焼け、ぱっちりとした瞳は深緑ふかみどり色をしている。黒みがかったブラウンの髪は動きやすいよう短く切り揃えられ、自分の荷物なのか、小さな鞄を一つ持っている。

 その少女は笹森警部補を見上げると、後頭部をさすりながら言った。

「いやー。遅れてしまって非常に申し訳ありません。あなたが模造犯……いえ、模倣犯の事件を担当している笹森警部補ですね。

 改めまして。四家深弦の模倣犯の件で派遣されてきました。『探偵』スカーレットと申します。個人名はありませんので、わたしのことは適当に呼んでください」

「……は?」

 笹森警部補は間抜けな声を漏らした。

「本当は模倣犯が出現した頃と同時期にこの国へ来る予定でしたが、わたしが滞在していた国で内戦が起きてしまいまして。そのも空港がテロリストに制圧されたり、国の管理局が機能停止したり、空港自体が使えなくなったりして……ともかく、ここへ来るのが三年ほど遅れてしまいました。ですがこの国の言語は漢字、カタカナに至るまでばっちり学習してまいりましたから。お任せください」

 少女は自信満々に言うが、笹森警部補の脳は理解に追い付いていない。

「……いや、『探偵』は一年ほど前、すでに派遣されてきたが?」

「はい? いやいや、ご冗談? 四年前に派遣された『探偵』が消えてから、模倣犯の担当はわたしになっています。この国の警察はそういう冗談で歓迎かんげいするとは学習していませんよ」

「そっちこそ何を言っている。『探偵』の面倒なんて二人も見れんぞ」

 話が噛み合っていない、と笹森警部補は思う。少女は顎に手を当てる。

「……ふむ。あなたが嘘を言っているようには見えませんね。『探偵』の面倒なんて二人も見れんぞ、とおっしゃいましたが、もう一人の『探偵』の特徴をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 少女に言われ、笹森警部補はあの男のことを頭に浮かべて話す。背格好と特徴的なメイクのこと。素顔のこと。目の色、髪の色。そこまで聞くと、少女は話をさえぎった。

「笹森警部補。我々は『探偵』です。我々の中にそのような、奇抜な格好をしたり、煙草などの趣味しゅみ嗜好しこうを持つ者は絶対におりません。我々は『探偵』ですので、事件や犯人以外に興味を持たないよう作られているからです」

 そして、さらに言う。

「話を聞く限り、二年ほど前、とある国の詐欺師さぎしを追っていた『探偵』と特徴が似ています。直接顔を見ないと何とも言えませんが、可能性は高いですね」

「可能性? なんのだ」

「つまりあなたと一緒にいたのは、詐欺師を学習した『探偵』だということです。おそらく四家深弦の模造犯を独占どくせんし、何かしようとしていたのでしょう。

 詐欺師はうそを操るプロです。その人間を学習した『探偵』ということは……あなた、すっかりだまされていたようですねえ」

 少女は笑いかける。この一年、あの男にどんな情報を与えていたのかを思い出し、笹森警部補の顔が青ざめた。

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