【『探偵』たちと、ある殺人鬼】⑧

 それから三週間。

「……」

 黒瀧はホワイトボードに貼られたこの街の地図を見つめている。地図の至るところに、赤い丸で囲われている箇所かしょが四つほどある。この三週間でさらに増えた、四家深弦の新たな『作品』の発見場所だ。これで四家深弦の被害者は、全員で三百二十六人。『作品』は三十七体目となった。

 黒瀧は深いため息をつく。相変わらず四家深弦の手掛てがかりは一つもなく、被害者と『作品』だけが増えていた。

 地図の横には、四家深弦を捉えた監視カメラの写真と、彼の高校時代の写真が貼られている。

 雪のように目立つ白い髪と、青い目。かすかに微笑んでいるその表情には、どことなく小学生のような幼さが残っている。

 四家深弦はとっくに指名手配されているが、協力者が現れたと考えている時期……三か月前から、警察は完全にまっていた。

 と、扉が開いて笹森警部補が入ってきた。

「お疲れ様です」

「おう。お疲れ」

 軽く手を上げて返すと、笹森警部補は椅子にどかっと座った。見るからに疲れている。

「この前見つかった赤ん坊の遺体、覚えてるか?」

 ため息まじりに笹森警部補が切り出した。黒瀧は首だけを後ろに向けて答える。

「はい。公園のトイレで見つかったものですね」

「それの司法しほう解剖かいぼうの結果を見たが……死因は首をめられたことによる窒息死ちっそくしだった」

「そうですか……」

 黒瀧の言葉も自然と暗くなる。毎日のように事件が起こるのは仕方がないこととはいえ、やはり、赤ん坊の遺体報告というのはやるせない気持ちになる。

「それとその赤ん坊だが、目の部分が白内障はくないしょうのようににごっていたようだ。医者は、親の遺伝かもしれないと言っていた。この状態では生まれつき視力が弱く、遮光しゃこうメガネがないとまともに外も歩けないだろうと。

 おそらく、生まれつきの目の障害を確認し……母親は赤ん坊の首を絞めて殺したんだろう。

 なんにしても、付近の監視カメラや聞き込みで、母親は探している最中だ。時間はかかるだろうがな」

 笹森警部補は最後に、ぽつりとこう漏らした。

「……この仕事は長いが、時々ときどき、やるせなくなる。こういう時だ。

 俺の孫は六歳になるが、似たような子の遺体を見た時……むなしくなる」

「……」

「すまんな。愚痴ぐちが出ちまった。もう歳だな」

 笹森警部補は誤魔化すように、坊主頭をがりがり掻いて笑った。彼の言うことは、高校生の娘がいる黒瀧にも理解できた。川で溺れた子供の遺体を見た時、とてつもなく悲しくなったのを思い出す。

「拝島氏からは、何かありましたか?」

 黒瀧は、話を変えて聞いた。笹森警部補は首を振る。

「いいや。今日も行ったが、相変わらず、体調が悪いと言われて玄関先で追い返された」

「この前は門で追い返されたので、少し進みましたね」

 黒瀧は真顔で冗談を飛ばす。

 資産家の拝島善治は郊外に巨大な屋敷を構えている人物だ。大きな病気をわずらっているようで、前に二人で彼のもとを訪れた際も、門のところで追い返されてしまった。

 噂によると四家深弦の『作品』にかなりのめりこんでいるという。敷地内に四家深弦専用の美術館まで建てているらしい。そこには、今まで四家深弦が作った物のレプリカや、彼の写真や資料を、さも貴重な品のように飾っているという。

 聞き込みや調査によると、拝島氏は昭和時代に自身が所有する山の中で小さな病院を建てていたというのだが、そこは四十年ほど前に閉鎖へいさされたらしい。その建物が取り壊されているのか残ったままなのかも、今は分からない。

 どちらにせよ何か重要な情報を持っていそうだが、本人に会えないのでは何も聞けない。

「そっちはどうだ?」

「……こっちも、特に進捗しんちょくはありません」

 黒瀧はペンの頭で、ホワイトボードに書かれている文字を示す。

「時期を整理しましょう。

 前任の『探偵』と完全に連絡が取れなくなったのが今年の五月。四家深弦が証拠を残さなくなったのが六月。新たな『探偵』が来たのが、三週間前の九月六日。

 五月から六月にかけての空白の一か月の間に、四家深弦は協力者を得たのでしょうか」

「どうだろうな。もしかしたらそれ以前から、協力者はいたのかもしれん」

「この協力者は、親族などでしょうか」

「それはないだろう。四家深弦の母親はすでに死亡し、くしくも一つ目の『作品』として発見されている。兄弟もいないと聞いているし、父親は不明だ。祖父母はとっくの昔にくなっている。捜査四課の四月一日わたぬきが高校時代に同級生だったらしいが、これといって役に立つ情報はなかった」

 黒瀧は、捜査四課の四月一日の顔を頭に浮かべる。四課は暴力団を取り締まる組織犯罪対策課だ。捜査する刑事たちのことは、通称、組対そたいと呼ばれている。

 四月一日から聞いたのは、四家深弦が高校時代にいじめにあっていたことと、彼が学校をやめるまでのことだ。笹森警部補とともに当時の担任や校長のもとへ行ったが、全員が四家深弦のことを「大人しい子だった」と口をそろえていた。

 いじめのことについて、校長や担任は驚いていた。高校生というのはわる知恵ぢえはたらくものだ。大人たちに見えないようにしていたのだろう。

 そしてある日学校に母親が来て、彼はそのまま高校を辞めたようだ。母親はその数か月後、無残な遺体となって発見されている。

「四月一日によると、付近の暴力団事務所などで四家深弦らしき人物を見かけたという情報はないと言っていました」

「そうか。あいつは四課だからな。暴力団については顔が広い。このあいだは、突入した時に何人かをボコボコにして一週間の謹慎きんしんになったと聞いたが」

「またですか。どっちがヤクザか分かりませんね」

 黒瀧の言葉に、笹森警部補が笑う。捜査四課の四月一日の評判は、殺人事件を扱う捜査一課まで届いている。

「ここまで何も出ないとなると……協力者は一般人ではないでしょうね」

「そうだな……」

 笹森警部補はため息を吐き出す。

「ところで、あの『探偵』はどこに行ったんだ」

 と、話を変えて聞いてきた。

「一人で行動したほうが早いと言ってどこかに行きました。追いかけたのですが、いつの間にか見失ってしまいまして……すみません」

「いい。前の『探偵』もそういう奴だった。まったく、『探偵』とはばかりだな。漫画やアニメのキャラとは大違いだ。ちっとも言うことを聞かん」

 黒瀧が謝ると、笹森警部補は軽く笑いながら言った。笹森警部補のこういうところに黒瀧は助けられている。部署内で浮いている自分にも、以前と変わらない態度で接してくれているからだ。

「アニメの『探偵』なら、どんな難事件なんじけんでも一発で推理すいりして、すぐに犯人逮捕といくんだがな。…………すまんな。冗談だ」

 笹森警部補は肩をすくめる。そんな冗談を言ってしまうほど、捜査は進んでいなかった。

「そうなればいいんですがね……」

 頭にあの『探偵』の顔を浮かべる。漫画やアニメの中とは大違いの『探偵』。

 推理し、事件を解決させるという、今やそういうふう浸透しんとうした、キャラクターの“探偵”らしからぬ『探偵』だ。

 と、黒瀧は気がついた。それはあくまで『作られた存在』だ。もちろん、現実とフィクションは違う。実際の探偵は推理などしないし、警察に協力もしない。地味な仕事ばかりだ。

 黒瀧は三週間前、あの『探偵』が言っていたことを思い出す。そしてホワイトボードを見ながら、笹森警部補に言う。

「……笹森警部補。俺たちは『探偵』というものについて、大きな見落みおとしをしていたのかもしれません」

「何?」

「俺たちは『探偵』というキャラクターを決めつけていたんです。探偵が犯人の協力者にならないという考えを、最初から無視していた」

「つまり、前任の『探偵』が四家深弦の協力者だと? 『探偵』が犯人に寝返ねがえった? 黒瀧、それは……」

「さすがに突拍子とっぴょうしもないかもしれません。ですが、ないとは言い切れない。俺たちと関わっているのは、『キャラクター』ではない、『作られた』探偵です。探偵であること、探偵でいること、それだけを刻み込まれた人間です。事件を推理するという目的のためならば、犯人に協力してもおかしくはないかと」

「そして、犯人がさらに大きな事件を起こしたところを推理する……か。なるほど、あの『探偵』らしいと言えばそうだな。分からん話じゃないが……」

 黒瀧の推理に、笹森警部補は考え込んでいる。突拍子もないことだ。『探偵』が殺人鬼の手伝いをしているなどと。

「……となると、拝島氏の病院が怪しいな」

「拝島医院ですか」

「ああ。拝島氏に対し、令状れいじょうを出すぞ。拝島氏の病院に四家深弦が潜んでいる可能性があると言えば、なんとか出るだろう。多少たしょう無茶むちゃな理由だが」

 笹森警部補は、がたりと椅子から立ち上がる。

「俺はもう一度拝島氏の屋敷に行ってくる。お前は先に拝島医院に向かえ。俺たちがこの考えに行き着いたということは、あの『探偵』はとっくに気づいていたはずだ。急げよ」

「はい」

 黒瀧は強く頷く。

「令状が出るまでは建物に入るなよ。不法侵入になるからな」

「はい」

 笹森警部補は出ていく。黒瀧も椅子に引っ掛けていた上着をひったくり、彼に続いて急いで部屋を出た。

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