続・そこには存在しない何か
北浦十五
第1話 後ろの正面だあれ?
僕たちの住んでいる街には変な言い伝えがある。
こんな言い伝えなんだ。
この言い伝えについて、お父さんやお母さんに
そんな時の答えは決まっている。
「古くからの言い伝えだから」
こうなんだ。
「じゃあ、お父さんとお母さんは「かごめかごめ」をした事ないの?」
僕の質問へのお父さんとお母さんの答えはこうだ。
「うーん。天満様ではした事ないなぁ」
「わたしは他の街からお嫁に来たから。した事ないわよ」
僕は学校の先生にも訊いた事がある。
「どうして天満宮の境内で「かごめかごめ」をしちゃいけないんですか?」
担任の先生はいつも
でも、とても面白くて気さくな先生だから僕はこの先生は好きなんだ。
この先生ならお父さんとお母さんとは違う答えをしてくれる。僕はそう期待していた。
「うーん。古くからある言い伝えみたいだからなぁ」
僕はちょっとガッカリしてしまったので更に質問した。
「そう言うのを迷信って言うんじゃないですか?」
「いやいや、迷信って言って片付けちゃいけないぞ」
そう言って先生は無精ひげをボリボリと掻いた。
「民間伝承と言ってな。何らかの理由があってそのような言い伝えが出来たんだ。これは日本だけじゃ無くて世界中にあってだな。ある集団のなかで古くからある慣習や風俗、信仰や伝説、技術や知識などを後世に受け継いでいく重要なものなんだ。民族学的に言うなら伝承とは柳田國夫の言う常民が、これは庶民の事だな。それら常民の間で自然発生的に出来たものなんだ。先生は民間伝承と言ったが、これは日本だけの言い方とも言われている。そもそも伝承とはサクソン語形の複合語であるフォークロアが」
「・・・あの、もう良いです」
僕はペコリと頭を下げて職員室を後にした。
あの先生、話が止まらなくなるんだよなぁ。
それで授業の途中でも脱線して教科書が進まない、って他の先生から怒られたりしてる。僕はそんな所も好きなんだけど。
でも、自分の世界に入っちゃうと僕らには良く判らない単語とか出てくるし。
僕は「ほうっ」とため息をついた。
僕だってもう5年生なんだ。
あんなの迷信に決まってる。
科学的に考えればすぐ判るのに。要するに僕を子供だって思ってあしらってるんだ。
どうしようか?
やっぱり実際に天満宮の境内で「かごめかごめ」をしてみようか?
迷信なんだから何も起きないに決まってる。
そうだよ。それで大人たちに何とも無かったよ、って言ってやるんだ。僕はそれからクラスの皆に「かごめかごめ計画」を話し始めたんだ。
最初に声をかけたのは、このクラスではガキ大将と呼ばれている男子だった。
学級委員の僕とはぶつかる事も多いけど、僕はソイツが根は良い奴だと知っている。
僕が「かごめかごめ計画」の話をしたら乗って来てくれた。
「おぅ、面白そうじゃねーか。俺もやるぜ」
「うん、大人たちの鼻を明かしてやろうよ」
僕がそう言うとソイツはちょっと困った顔になった。
「うーん、大人たちかぁ」
「何か問題でもあるの?」
ソイツは頭を掻きながら言った。
「父ちゃんと母ちゃんに聞いてみる。俺の母ちゃん怒ると怖いんだ」
それは僕も良く知っている。
取りあえずソイツは保留にして他の男子にも声をかけた。
「面白そう」と乗って来る子と「やっぱり止めとく」と言う子は半々くらいだった。
女子の方は同じ学級委員をしている女の子の方から声をかけて来てくれた。
「何か面白そうな事、しようとしてるじゃない」
この子は目をクリクリさせて話しかけて来た。
いかにも好奇心旺盛と言ったタイプだ。
「うん、女子ってこう言うのどうなんだろ? やっぱり怖いって思うのかな?」
「どうだろ? あたしは平気だけど」
その子はしばし考え込んでいたけど明るい声で言ってくれた。
「じゃあ、女子の方はあたしが声をかけてみるよ。いつくらいにやるつもりなの?」
「今週の土曜日は雨が降りそうだから、来週の土曜日かな?」
その子は「了解」と言って談笑している女子たちの方へ駆けて行った。
そして、いよいよ「かごめかごめ計画」を始める土曜日の午後になった。
「ねぇ、ホントにやるの?」
天満宮の境内に集まった男子の1人が不安そうに言った。
結局、境内に集まったのは僕を入れて7人だった。
男子が5人で女子が2人。
「今さら何言ってんのよ。あんなの迷信に決まってるでしょ」
学級委員の女の子がハッパをかけるように言う。
女子は「やっぱり怖い」って言う子が殆どで、女の子は学級委員の子ともう1人の子だけだった。その子は普段から休み時間には本を読んでいる物静かな子だったから僕はちょっとビックリしたけど。最初に声をかけたガキ大将の子は「母ちゃんにダメって言われた」って申し訳なさそうに言って来た。
「今日はこんなに晴れて良い天気だし。変な事なんて起きるワケ無いじゃない」
学級委員の女の子は威勢が良い。
「それで鬼は誰がやるの?」
さっきとは別の男子が聞いて来る。
「僕がやるよ。言い出しっぺは僕なんだし」
僕はそう言って境内の真ん中あたりに座り込んだ。
「じゃあ、あたし達は手を繋ぐわよ」
学級委員の女の子が先導して6人は手を繋いだ。
「良い? 始めるわよ」
その声には今までには無かった緊張感のようなものが感じられた。
「うん、良いよ」
僕は座り込んだまま目を閉じて両手で目を
6人は僕を囲むように回りながら歌い始めた。
かーごめ かごめ かーごのなーかのとーりは いーついつ でーやる よーあけのばーんに つーるとかーめがつうぺった うしろのしょうめん だあれ
その時だった。
ごうっと強い風が吹いた。
「きゃっ」
「うわっ」
皆の声が聞こえる。
「皆、どうしたの?」
しかし僕の口から声は出なかった。
それどころか目を塞いでいる両手も動かない。
僕の身体は全く動けなくなった。
そしたらまた歌声が聞こえて来た。
かーごめ かごめ かーごのなーかのとーりは
僕はその歌声を聞いてゾッとした。
昼間なのに寒気がして身体が震えだした。
その歌声は明らかに人間の声とは思えなかったからだ。
「後ろの正面だあれ?」
つづく
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