第269話 それぞれの思惑

 そして一週間後――――。

 飲兵衛の家にて。

 難陀なんだの巣食う裏山を見上げる元一。

 身を潜めつつ、言った。


「いいか少しでも危ない気配がしたらワシはすぐに出るからの。止めるなよ?」

 

 手には完璧に調教した堕天の弓。背中には愛用のライフルと偽島から借り受けたグレネードランチャーを背負っていた。

 目は言うまでもなく、完全に座ってしまっている。


「……もちろん止めはしません。その為にわざわざ危険を犯してまで中東から持って来させたのですからね」


 大型対戦車ライフルを撫でながら偽島。

 こちらも悪い意味で冷眼を光らせている。


「ル、ル、ル、ルナちゅわんのため、こ、こ、こ、このアニオタ。いつでも突撃する覚悟でござるよ!!」


 アニオタはピチピチタンクトップに迷彩ボディーペイント。

 四連装ロケットランチャーに、頭には呪いのロウソクを立てていた。


「しかし……本当に揃えてしまうとは……。これもう完全に犯罪ですよね? 見つかったら言い逃れできませんよね……」


 アサルトライフルを抱きしめ、半泣き顔のヨウツベ。

 彼だけはゆいいつ冷静。

 それでもカメラを回すのを忘れない。


「なに言ってんのヨウツベさん。アルテマちゃんは一人で行ったんだからね。私たちがこのくらいでビビっていてどうするのよ。ね、六段さん」

「おおよ当然だ。クロードお前も準備しておけよ」

「……そう言いつつなぜダイナマイトを巻きつける?」

「そりゃジルさんから離れたお前は魔法の使えん役立たずだからな。せめて活躍できるようにとの思いやりだ」

「……良かったなメガ◯テなら使えそうじゃないか……ぐうぐう」

「貴様ら……!!」


 おそらく国の怖い機関コウアンとかに監視されているだろう状況の中。

 工事資材に紛れ込ませて持ち込んだ密輸兵器。

 今度こそ完全アウトな代物だが、娘を心配する親父二人と、嫁(妄想)を心配する男一匹の前にはどうでもいい問題であった。


「……バレたら辞任どころの騒ぎじゃないですね……」


 真っ青な顔で泣いているのは村長の誠司。

 アマテラスの魔法陣は完成した。

 召喚の呪文もアルテマに託した。

 彼の役目はもう終わったのだが、それでも難陀なんだと因縁のある家系の主として逃げ出すわけにはいかない。


 誠司も依茉えまのことを思い出していた。

 中学のころ、少年会の寄り合いで、まだ園児ぐらいの依茉えまに会っていた。

 一家の命運を託したのは異世界の騎士ではない。あのときの少女なのだ。


「まあ……本家、開門揖盗デモン・ザ・ホールが開いたら、こんなモンいくらでも隠蔽できるやろ。一蓮托生。アルテマを信じてやろうや。せやろ? 占いさんや? ……ヒック」

「そうじゃともよ」


 かつて昭和も中期、動乱の時代を歩んできた老人たちにとってこの程度の騒ぎなど年一のお祭り程度でしかない。





 ザクザクザク……。


 小さな足取りでゆっくりと祠への坂道を上がっていくアルテマ。

 何度も登ったこの道だが、記憶の戻った今はまた違った感動を感じていた。


「……なつかしいな」


 場違いにも感傷に浸ってしまう。

 アルテマだった頃は、見慣れない異世界の植物におっかなびっくりだったのだが、いまはすべて知っている。

 葉を揺らす風の音さえ違って聞こえる。


『……やはり故郷はいいですか?』


 少し寂しげに聞いてくるジル。

 アルテマは少し考えたあと、


「はい。……でも帝国で過ごした日々も私にとってかけがえのないものです。ともに第一の故郷である帝国サアトルも捨てるつもりはありません。……なんとしてでも開門揖盗デモン・ザ・ホールを復活させます。そして両方の故郷を守ってみせましょう」

『……アルテマ……』


 電脳開門揖盗サイバー・デモン・ザ・ホールの向こうから、鼻をすする気配がした。





(ほう……少しはマシな気配になったようだな)


 ……痛めつけてやった甲斐があった。

 祠の中で難陀なんだはまどろむ。

 ふもとにも、奇っ怪なカラクリで武装した村人が見える。

 やかましく造っていた光る板は――――なるほど太陽神の気配がするな。

 笑わせてくれるが……悪くはない。

 今度こそ……期待していいものか……?

 ……来たな、鬼の娘よ。


 さあ、見せてみるがいい――――その力を。

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