第250話 選択

 キュラララララッ!! キュラララララッ!!


「くそ、かからん。……エンジンが死んだ」

「ええええぇぇぇぇぇぇ~~~~……」


 モジョの言葉に、真っ青になって震え上がる誠司。

 ロビーに突っ込んだ車は衝撃でタイヤは破れ、ボディーはひしゃげ、エンジンルームからは煙が上がっている。


「……ここまでか。しかしまぁ上出来だ……」

『『『グルルルルルアアァァァァァァァァ……』』』


 周囲から不気味な唸り声が聞こえてくる。

 見回すと、自分たちを取り囲むようにゾンビたちが輪を作っていた。


「ア……アルテマちゃん、大丈夫?」


 座席と座席の間に挟まっているアルテマを引っ張り出すぬか娘。


「あ、ああ……な、なんとか痛たたたた……。こ、ここが元一がいる病院か?」

「そうだよ……でも」


 中のようすはとても病院とは思えない。

 いたるところにゾンビ、ゾンビ、ゾンビ。

 ガラスは割られ、事務所はひっくり返され、床には叩きつけられたPCモニターが転がっている。

 ゾンビには医師や看護師の姿をしたモノも多く、スタップはみな被害に飲み込まれているようす。当然、病院としての機能は停止していた。


『『『グルルルルルアアァァァァァァァァ……』』』


 新たな獲物の乱入。

 ゾンビたちは興奮し輪を縮めてきた。


「ア、アルテマちゃん……な、なんとかして……。さ、さっきの聖なる槍の魔法ってやつ撃って、ねぇ、撃って!!」

『アルテマ、大丈夫ですか?』


 ジルが残り魔力と身体の消耗を心配してきた。


「はい、まだいけます。……ですが……」

『わかってます。ゾンビ化した人たちを助けるのですね。では解呪のリスペルを――――』


 クロードが季里姫戦で使ってみせた解呪の魔法リスペル。

 特級呪術でもない限り、あらゆる呪いを無効化するその魔法は、もちろんゾンビの呪いも容易く消し去る。

 しかし、これだけの規模と人数をいっぺんに解呪するとなると平地では無理。

 もっと高い場所から、虹をかけるように光を注がねばならない。

(となれば屋上か――――?)

 ジルの動きに合わせようと、上への経路を探すアルテマ。

 そのとき、

 


 ――――タランタラ~~。タランタラ~~。タランタラッタラッタタッタ。タランタラ~~。タランタラ~~。タランタラッタタン――――!!


 モジョの携帯が鳴った。


「なんだ? いま地味にピンチなんだがな……」


 ジリジリと近づいてくるゾンビたちを警戒しながらスマホを取り出す。

 三人にも聞こえるようにスピーカーホンに切り替えた。


『ア、ア、ア、アルテマどの!! た、た、助けて欲しいでござる!! ゾンビがゾンビが~~~~六段どのぉ~~~~っ!!!!』


 するといきなり悲鳴混じりのアニオタの声が。

 アルテマたちの位置情報はモジョのスマホで伝わっている。


『いま地下の安置室にいるでござる!! ゾンビがうじゃうじゃ湧いて出て、六段殿が一人で奮戦しているでござる!! でももう耐えられそうにないでござる!! ああ~~六段どの!! アルテマ殿早く来てほしいでござる~~~~っ!!!!』

「……とのことだが?」


 微妙な目でアルテマを見るモジョ。

 危機的状況は伝わったが、アニオタに言われるとどうも助けたくなくなる。


「病院全体に解呪の魔法をかける!! 屋上に上がるから、それまでなんとか耐えられるか?」

『む、む、む、無理でござる!! もう、六段殿が六段殿が――――あうっ!!』


 雑音が入る。

 そして無駄に質のいいイケメンボイスが聞こえてきた。


『俺だ、クロードだ』

「切れ」

「わかった」


『待て!! いまは俺をイジメてる場合じゃないはずだぞっ!?』


「……なんだっ!?」

『オラクルの耐久がもう持たん、すぐに下りてこい!! でなければジジイの魂は消えてしまうぞ』

「――――っ!?」


 しまった、時間をかけすぎたか。

 切迫した事態に唇を噛みしめるアルテマ。

〝わかったすぐ行く〟

 そう返事して駆け出したいが、しかしそうなるとゾンビ化した人たちを見捨てなければならない。彼らもまた時間が経ってしまうと元に戻れなくなってしまうからだ。


 元一に残された時間。

 人々に残された時間。

 両方を助けている時間はない。


『アルテマ。決断……できますね?』


 ジルが諫めるように声をかけてくる。

 ここで一番してはいけないのは躊躇ためらうこと。

 この一瞬の時間が結果を大きく動かしてしまう。

 その後悔を、異世界では嫌というほど経験してきた。


 だからアルテマは躊躇わない。

 一瞬で選択する。

 悪魔の道を。


「行くぞ、こっちだっ!!」


 アルテマが選んだのは。

 涙をにじませ選択したのは。


 ――――屋上への階段だった。

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