第233話 止められた時間

 ――――ギキィ!! ――バタ、バタンッ!!!!

 元一家の前に、荒々しく止まるワゴン車。

 その中から、ぬか娘とモジョが転がるように飛び出してくる。


「アルテマちゃん!!」


 玄関の引き戸がわずかに開いていた。

 飛び込むと、そこにはアルテマが履いていた草履がひっくり返っていた。


「上だ」

「うん」


 二人は階段を駆け上がった。

 誠司も遅れてついてきている。

 二階に上がった二人は、例の部屋を探して目線を回した。


 部屋はすぐに見つかった。

 扉が開いていたからだ。

 やはりアルテマはその部屋の中にいる。

 二人はしまったと顔を見合わせた。


 元一に、そこの話題には触れてくれるなと固く頼まれていた。

 だからみんな、この部屋のことも、それに関係する話題も全部避けてきたのだ。

 しかしもう……入られてしまったものはどうしようもない。

 ぬか娘は「ふぅ~……」と気持ちを切り替え、部屋へと歩いていった。

 そして中にいるだろうアルテマに声をかける。


「……アルテマちゃん、いるんでしょ? 私だよ。……大丈夫?」


 部屋は真っ暗だった。

 窓はあるが、雨戸をきっちり閉められて陽の光はわずかしか入っていない。

 事情は知っていたが、実際中を見るのは初めての二人。

 罪悪感を感じながらも、入り口付近にある電灯のスイッチを入れる。

 古めかしい蛍光灯が何年ぶりかの瞬きをして、白く輝いてくれた。


 部屋は想像の通り、可愛らしい子供部屋だった。

 すみに学習机が置かれていた。

 今どきのシンプルなデザイではなく、昭和中期ぐらいに流行ったパステルカラーのキャラクターものが色んなところに描かれた、派手で豪華な机だった。

 その上には赤いランドセルが口を開けて、中から小学4年生と書かれた教科書と、分厚い筆箱がこぼれていた。

 畳の上には古い漫画やボードゲームが散らかって、まるでその時まま、時間を進めないようあえて片付けられていない。

 ケーキにキノコが生えている、意味不明な絵日記もそのままに開けてあった。


「アルテマ……ちゃん?」


 ぬか娘は声をかける。

 部屋の二段ベッド。その上に気配を感じた。

 ハシゴを上がると、やはりそこにアルテマはいた。

 三角座りをして、頭を抱えながらうずくまっていた。


「……ぬか……娘か?」


 そんなアルテマが苦しそうに目を開けた。

 彼女の目からは涙がボロボロとこぼれていた。


「うん……そうだよ。……心配したんだよ」


 アルテマのようすに少し戸惑いながらも、胸をなでおろす。

 ともかく無茶だけはしないでくれていた。

 いまはそれだけで、細かいことはどうでもよかった。


「元一が……うぅぅぅ……元一が……うぅぅぅぅぅぅ……」

「………………うん」

「頭が……頭が……割れるように痛いんだ……」

「……どうして?」

「わからないんだ……。この部屋に入った途端……私の中にポッカリと穴が現れて……。それが何なのか……感じ取ろうとしたら……頭が割れるように痛くなる……。私は……こんなことをしている場合じゃないんだ……。一刻も早く……。なのに……なのに、体が震えて動けない……。怖くて悲しくて寂しくて……ちぢこまるしかできないんだ……」

「アルテマちゃん……」


 そんな二人の下で、机に伏せられていた写真立てを手にするモジョ。

 わざわざ伏せられているものを見るのは無粋で気が引けたが、しかしここまで来ては確認しないわけにはいかなかった。





「ああ良かった……。アルテマさん見つかったんですね」


 部屋のようすにホッとしながら、誠司が入ってきた。

 そしてモジョの見ている写真に気がつく。

 そこには若き日の元一と節子。

 そして二人の娘だろう10歳くらいの少女が、三人仲良く並んで写っていた。


「その……写真は……?」


 少女の顔を見て、誠司がギクっと固まった。

 その子の顔が、アルテマにそっくりだったからだ。

 そっくりどころじゃない。

 角を除けば同一人物としか思えないほど生き写しだった。

 誠司は思い出す。

 30年も前にあった、とある悲劇を。

 一族の身代わりに連れ去られていった少女のことを。


「まさか……?」


 モジョは写真を元に戻して、誠司に言った。


「……いまはいい。……ともかくアルテマを部屋から出そう。刺激が強すぎるみたいだ……」




 三人がかりでベッドから降ろされたアルテマ。

 強い頭痛にフラフラになりながらも、ぬか娘につかまり気丈を保とうとしている。


「わ……私を……ゴーレムのところに連れていってくれ。……元一が……一刻も早く……師匠に……」


 ダメよ、安静にしていなきゃ。

 そう言いたかったぬか娘だったが、アルテマの気持ちは痛いほどわかる。

 止めても止まらないことも。

 だから彼女もアルテマに確認した。


「魔素は集まったの?」

「……ああ」

「わかった」


 うなずくと、アルテマを抱きかかえできるだけ早く階段を下りていった。

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