第220話 おおさそりが怖かった

「……ていうか、そもそもクロードには平気で嘘をついていたじゃないか?」

「あれは嘘ではない。計略というのだ。一緒にしてもらっては困る……キョロキョロ」


 などと会話しながら村道を歩くアルテマとモジョ。

 蹄沢集落の外に出るのが初めてのアルテマは、竹刀をかまえ警戒を怠らない。


「……こらこら、そんな物騒なものしまえ。悪目立ちしてしまうぞ……」

「いや、しかし……橋を越えたらモンスターレベルが一段上がって危険だと言っていたではないか!?」

「……それは昔のドラ◯エの話だ……ここは安全だから」


 川沿いの広場をぬけ、林に面した緩やかな曲道を曲がる。

 すると隣の集落が見えてきた。そこは蹄沢とは違って道沿いに家々が連なっており、食堂らしき店まで建っていた。


「……な……なんだか、ずいぶんイメージが変わるものだな……」

「……ああ、蹄沢は超がつくほどの限界集落だったからな。こっちが普通だ」

「そ、そうか……?」

「……わたしらもNPOに招かれ、初めてやってきたときにはびっくりしたもんだ。……川に囲まれた閉鎖的な集落に、老人がたったの五人しかいなかったんだからな。空き家も放置され、草木も伸び放題。一通り綺麗にするまで苦労したもんだよ……」


 遠い目をしてモジョがつぶやく。


「そうだったのか……昔はそんな……」

「……おっと、言っている間に着いたぞ。アレがジルさんのゴーレムで修復されたケーブルだ」


 モジョが指差す先。

 そこは田んぼの側に立っている、なんてことのない古びた電柱だった。

 その周りをA型バリケードが囲うように置かれており、誰も近づけないようにされていた。


「……『猛線注意・近寄るべからず 偽島組』……なんだこれは?」


 電柱にくくりつけられた看板を読んでアルテマが首を傾げる。

 上を見ると黒いカバーで覆われたケーブルが何本も通っていて、そのうちの一本が他とは違い、あきらかに太くなっていた。

 アレが師匠のゴーレムか?

 もっとよく見るため、バリケードをどけて近づいてみるアルテマ。


「ああ……それはなぁ……」


 のんびりと、モジョが看板の意味を説明しようとしていると、

 しゅるるる――――ばしいっ!!!!

 太くなっていたケーブルが素早く分裂し、一本がアルテマの体を横殴りに払った。


「痛い!??」


 まったく予期していなかった攻撃に、無防備なアルテマは避けられずに吹き飛ばされ――――どばっちゃんっ!!!!

 頭から田んぼに突っ込んでしまった。


「……迂闊うかつに近寄ると、そういうコトになると……言いたかったんだが……遅かったようだな」

「お……遅いってもんじゃないわーーーーっ!! そういうことはもっと早く言えーーーーーーーーっ!!??」


 全身泥だらけ、真っ黒になったアルテマ。

 モジョは呆れて、


「……『近寄るべからず』って読んだだろう? それにジルさんの魔法ならお前が詳しいのじゃないのか? ……まんまと攻撃されていてどうする?」

「……ぐっ……。ゴ、ゴーレムは精霊魔法の一つで、召喚したらそれぞれに個別の命令を与えるとこができる。……まさか師匠が、こんな凶暴な命令を出しているなんて思わなかったんだよ……」


 這い上がり、はかまの裾を絞るアルテマ。

 昨日のは洗濯してあるし、もう着替えはない。


「……二度と工作されないように、気を遣ってくれたんだろうよ」

「むう……そ、そうか。ま、まぁ……そうだよな、私が迂闊だったようだ」


 いつもはこんな凡ミス、やらかさないのだが……昨日の今日で疲れているのかしれない。

 アルテマは気を取り直し、魔法を唱えはじめた。


「闇の悪魔よ、契約に従い我にその力の一端を授けよ――――婬眼フェアリーズ


 いまだアルテマを警戒して、ヒュドラのようにうねっている通信ケーブルゴーレムに、必殺の探索魔法をかける。


「おお……それな。その便利魔法……ぜひとも解析させてもらいたい……はぁはぁ……」


 アルテマの周囲を踊る幾人もの黒い妖精を眺め、うらやましそうに興奮し、指をくわえるモジョ。

 いろいろ魔法を見せられてきたが、モジョ的にはこの婬眼フェアリーズが一番ヤバい魔法だと思っている。


 なにせこれを悪用すれば、この世の情報など思いのまま。

 うまく使えば金も権力も、欲しいだけ手にすることができるのだ。

 異世界では魔法に対する結界的なモノで、そうそう上手くいかないのかもしれないが、この世界ではそんな防衛策など存在しない。


 もし……アルテマを悪用されたら……。

 コッチの世界は一夜にして大戦争になってしまうかもしれないな……。

 そう考えると、元一がかたくなに集落から出さなかったのもうなずける。


 ともかく、いまはこの魔法でゴーレムがいかにして異世界と繋がりを保てているか調べるつもりなのだろう。構造さえわかれば強化して、通信レベルを上げるのも可能という考えである。


 しかしアルテマは手を空に掲げたまま、固まっている。

 どうしたのかな? 

 反応のない彼女に、モジョが首をかしげると、


「ああぁぁああぁぁぁぁぁ…………忘れていたぁ~~~~……」


 突然悲しげに呻き、ガックリと四つん這いになって嘆きはじめた。


「……? ど、どうしたんだ?? ……何を忘れていたんだって?」

「だ……だから……」

「?」

「私はいま魔法を封じられているんだったぁ~~~~」

「……あ……」


 そう言われればそうだった……。

 そもそもその魔法を復活させるために動いているんじゃないか。

 そのために魔法が必要とか……なんたるジレンマ。

 うなだれるアルテマの背を眺めつつ「……まいったなこりゃ」と首をかくモジョであった。

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