第165話 拒絶の悪魔・季里姫⑦

「うぐ……あ……あがああぁぁあぁぁぁぁ……!!」


 頭が割れるように痛み始める。

 アルテマは苦痛のあまり地面を転がった。

 心が正体不明の憎悪と不安に満たされる。

 侵された精神は血液を逆流させ、皮膚を波立たせる。

 どす黒いアザが全身に広がった。


(――――まずい……これは、この呪いは……やばい)


 飛びそうになる意識の中で、アルテマは仲間たちを心配した。

 地面に伏せ、痙攣してしまっているぬか娘。

 元一、六段も同じように倒れ、すでに意識がない。

 占いさんは結界を張ってかろうじて持ちこたえているが、その中にエツ子たちを保護しているため身動きが取れない。


「ぐ……ぐ、ぐ……これほどの呪気……並の人間ならば……十数秒と耐えられんぞ……わ、わたしの結界も長くはもたん……アルテマよ……なんとか、できんか……?」

「なんとかと……言われてもな、ぐっ……」

 

 厳しい表情を浮かべる占いさん。

 彼女とて年老いた身、消耗が激しい。


 歴戦の戦士である元一や六段はまだ耐えてくれるだろう。

 魔法具使いとなったぬか娘も同じ。

 意識は無くしていても命まではまだ取られない。


『それでももって数分かな☆ やばいね。格上相手に喧嘩して、全滅まであと一歩だぜ~~~~ひゅ~~~~☆』


 呼んでもいない婬眼フェアリーズが飛び出てきて、勝手に状況を分析する。

 妖精とはいえ悪魔の仲間。

 主が死にそうになってテンションが爆上がりしているようだ。


「お前ら……魔素吸収ソウル・イートされたいか?」

『う……いやいや、軽い冗談だぞ☆』


 アルテマのイラつきにビビる婬眼フェアリーズ

 こいつらは帝国領のとある山岳で捕獲した。

 めったに現れないレア悪魔だったので半殺しにして従わせたのだ。


「浄化されたくなければ役に立て。この呪いを何とかする方法を見つけ出せ」

『なに言ってんだい、こいつを起こせばいいだけじゃないか☆』


 こいつとはすぐ側に転がっているクロードのこと。

 聖騎士の魔法を使えば解除できるだろう、とのことだろうが、あいにくいまはアルテマの火炎魔法アモンでコゲてしまっている。

 しばらくは目覚めそうにない。


『自業自得☆ あきらめるんだなケケケ☆』


 普段、無駄口など叩かない妖精が、ここぞとばかりに口数を増やし、神経を逆なでしてくる。


 ……このヤロウ。マジでぶっ殺してやろうか。


 目を座らせるアルテマだが、仕置は後にしておいて、いまはとにかくこの呪いを消さなければならない。

 方法は、無いわけではなかった。

 ただ、できれば取りたくない手段。

 しかしそうも言っていられない。


「……おい、婬眼フェアリーズ

『あいな☆』

「こいつの呪文、解析できるか?」

『呪文? 解呪の魔法リスペルのこと? できるよ。でもどうするのさ』

「私が代わりに唱える」

『へ? 暗黒騎士が聖魔法を? ムリムリムリ~~~~☆ そんなことしようとしたら魔神様に殺されちゃうよ~~~~☆』


 ごごごごごごごごごごごごごごごごごご!!


 そうこう言っているうちにも呪いは容赦なくアルテマたちの命を削っていく。

 占いさんの結界にもヒビが入り、額には玉の汗が浮かんでいる。

 怨霊は呪いの霧を噴出させながらも、手の上で紫の光玉を作り出していた。


「ぐ……呪いに加え……またあの爆裂玉か……いまあんなもの食らったら……ひとたまりもない。時間がない!! いいからやれ婬眼フェアリーズ!!」

『ま、あんたが死んだら開放されるんだ☆ 僕は全然かまわないさ~~☆』


 冷たく言って、すぐに黙り込む婬眼フェアリーズ

 やがていつもの口調で情報を示してきた。


『聖魔法リスペル。神に使える14番目の聖獣。それよりもたらされる神聖魔法。悪魔の束縛を解く力がある。ただし失敗すると快楽に飲まれてバカになるぞ☆』


「……神聖魔法のリスクか……いやらしい聖神ならではだな」


 さらに婬眼フェアリーズは解析を続ける。


『使用条件は神への信仰と呪文の詠唱。神聖なる聖獣モデスへ捧げる、我の信仰と命の灯火、すべての魂を御身に捧げ、悪の呪縛を解き放て――――リスペル。愛の気持ちを抱いて言うんだってさ、ペッ☆』


 つばを吐くのは同意だが、いまはプライドも信仰も言ってられない。

 愛が欲しいなら、くれてやる。

 アルテマは倒れているクロードの体へと這い上がり、胸に抱きついた。

 そして忌まわしき全能神ファスナと聖獣モデスへの信仰を誓う。


「我は魔神に使えし暗黒騎士アルテマザウザー。いまこれより魔への信を捨て神への奉仕を――――うぎゃががぁぁぁぁぁぁっ!!??」


 信仰の乗り換えを宣言しようとするアルテマ。

 とたん、内に秘めた悪魔たちが暴れだす。


 黒炎竜刃アモン魔呪浸刀レリクス呪縛スパウス腐の誓いシスターセル、そして開門揖盗デモン・ザ・ホールの悪魔たちが裏切り者だとアルテマを非難する。

 その音の無い声は、アルテマの身を内側から引き裂き、口から血を吐き出させた。


 信仰を乗り換える。

 それは万死にも値するうらぎり。

 本来ならば魔神みずからの裁きによって、アルテマごとき身など、一瞬で灰にされ無化されてしまうほどの背信行為。


 しかしいまは難陀なんだによって異世界との門は閉じられている。

 信仰の繋がりもかすれてしまっているいま、魔神様の注意は届かない。

 それを見越して無茶を決断した。

 しかしそれでも契約悪魔の激昂はアルテマの身に深刻なダメージを与えていた。


 ボタボタと、クロードの胸に血が落ちる。

 

 こんな小さな体では……とても罰を乗り切れそうにない。

 しかし……このままではどうせ怨霊にやられて全員お終い。


 なら死んでもやるしかない。


「我……は……神への信仰を……ここに誓――――」

「ううん……」

「誓……うん?」


 決死の覚悟で誓いを宣言するアルテマ。

 しかしその言葉が結ばれてしまう直前、奇跡が起きたのか、それとも神の悪戯だったのか、クロードのまぶたが薄っすらと開けられた。

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