第150話 私は……?

難陀なんだよ。そなたに聞きたいことがある……」

『なんだ、申してみよ……プ』

「……? 先日そなたは私を見て『違う』と言ったが……あれはなんだったのだ?」

『気になるか?』

「ああ、私も女だし……そ、そ、それにその……未通でもある。な、な、ならばそなたの贄にされてもおかしくないのではないか……?」


 少し赤くなりながら尋ねるアルテマ。

 難陀なんだはゆっくりと首を傾げ見つめなおしてくる。


『……やはり、ヌシは覚えておらぬのだな?』

「覚えて……? な、なんのことだ?」


『我は一度喰らった者は二度とは食わん』





 ――――その日の晩。


 元一は、疲れた顔をして家に帰ってきた。

 隣集落の寺まで、例の祭りのことを調べに行っていたのだ。


「お帰りなさい、どうでしたか?」


 節子が迎えるが、元一は曇った表情で首を振った。


「……だめじゃな」

「わからなかったんですか?」


 靴下を脱いでちゃぶ台に寄りかかる元一。

 台の上には夕飯がきちんと用意されていた。


「いや、文献はあった……しかし内容がな……」


 元一は占いさん、飲兵衛、六段らと調べたその内容を説明して聞かせた。





「……まあ……生贄、ですか?」


 恐ろしい、と節子が怖がる。


「そうじゃ。……『鎮魂の祭り』とは龍の魂を鎮めるものではなく、生贄に捧げられた娘の魂を供養するためのものらしい……」

「では……開くためには」

「生贄を用意しなければならない、ということじゃな」


 聞いた節子は、納得できない顔で質問してくる。


「娘を襲われないように娘を差し出す……同じことでは……?」


 元一は大きくため息をついて答える。


「あの龍は面食いらしくてな……納得できる娘が現れるまで、誘い出したおなごを食い続けたそうじゃ。……ならば最初からヤツ好みの器量良しを準備して少しでも被害を減らそうと当時の村人は判断したらしい」

「なんだか……江戸の悪代官みたいな話ですね」

「まったくそうじゃ。……伝承の通りならヤツも元は人間の男。結局は美人が好きだということじゃな」

「……恋人が美人だったのでしょうね」

「ともかく、生贄なんぞ用意できるはずがない。やつをどうにかするには別の方法を考えにゃならんぞこれは」


 まいったと首を掻く。

 このまま異世界への扉が開かなければアルテマが帰ってしまう心配はなくなる。

 そこは嬉しいことなのだが、しかし異世界の現状とアルテマの心境を考えると放ってなどいられない。


「……アルテマはどうした?」


 ふと気がついて尋ねる元一。

 また若者たちの長屋へ遊びに行っているのだろうか?

 夕飯どきには帰ってくるよう言ってあるのだが。


「いえ、それが……」


 節子は困った顔をしてふすまの向こうを見た。





「私は……やはり、で……いや、しかし……いつ? いまの私は……どっちだ……ているのか……んでいるのか……二度……んだのか……? 誰だったんだ私は……」


 ぶつぶつぶつぶつ……。

 自室の布団にくるまり陰気につぶやき続けているアルテマ。

 どういうことじゃ? と、元一は節子の顔を見る。


「帰ってきてから……ずっとあんな調子なんですよ。なにかショックなことがあったみたいで……」

「どこに行っとたんじゃ?」

「おやつ時に突然飛び出していったんです。……どうもクロード君を追っていったみたいですけど。そのあと大きな音と地響きがして……。クロード君の叫び声が空に響いて……。それからしばらくしてふらふらと帰ってきたんですこの子。なにがあったか聞いても答えてくれないし……泥だらけで」

「おい、おい、アルテマよ、お~~~~い」


 ぱふぱふと布団越しに頭を叩く元一。

 しかしアルテマは反応しないでぶつぶつ言ったまま。

 どうしたもんだと顔を見合わせる二人。


「……なにか妙な物でも食ったんじゃないだろうな」

「まさか、アルテマは利口な子ですからそんなことしませんよ」


 忘れがちだが、こう見えても中身は大人だったな。

 だったら、ますますこのようすはおかしいと怪しむ元一。

 節子はポンと手を叩いて、


「あ、そうそう。良い物がありました」


 そう言うとパタパタと台所へ消えていった。





 しばらくして戻ってきた節子。

 手には徳用と書かれたお菓子の袋が握られていた。


「お前……それ……」


 黒糖ふ菓子とも書かれているそれ見て、元一が目を丸くする。


「……いいじゃないですか」


 寂しそうな顔をして節子が微笑む。

 元一はなにか決心したようにうなずくと、


「いずれワシも買ってきてやろうとしとったんじゃ……先を越されたの」

「気に入ってくれると良いんですけどね……」

「……そうじゃな」


 節子は中身を取りだすと、アルテマの鼻先に近づけた。


「さ、アルテマお食べなさい。あなたの大好きだった黒糖ふ菓子ですよ」


 しばらく反応のなかったアルテマだったが、やがて鼻がピクピクと動いてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る