第147話 クロードの不安

「……九郎さん。あなたいったい何をしているのですか」


 間借りしている仮眠室。そこで布団にくるまり寝込んでいるクロード。

 偽島は額に青筋をたてながらそれを見下ろしていた。


「……クロード、だ。見ればわかるだろう。俺はいま深い傷を負って立ち上がれずにいるのだ……」


 顔を見せずに返事する。

 もう四日ほどこんな調子であった。


「おかしな龍とやらにやられて怪我をしたのは聞きました。しかしあなた当日すでにピンピンしてたでしょう? なんで急に思い出したように寝込むんですか?」

「……心に傷を負ったのだ」

「はぁ?」


 わけのわからないことを言うクロード。

 彼は数日前、アルテマの話を聞いてかなりのショックを受けてしまった。


『龍に取り込まれた魂は龍脈にのってどこに行くのか』


 アルテマは言った。

 きっと異世界へ行くのだ、と。

 自分たちはあの吊り橋から落ちて、おそらく死んだのだ、と。

 死んで魂の存在となり、龍脈を渡ってこの世界へやってきたのだと。

 つまり……異世界ラゼルハイジャンにとって、この世界は死後の世界なのではないかと。


 一見、突拍子もない話で他のみなは目を丸くしていたが、クロードだけは別の意味で驚いていた。

 15年前……初めてこの世界へ落ちてきたとき、自分もまったく同じことを感じたからだ。


 異世界の谷、あの吊り橋の峡谷を思い出す。

 底の見えない漆黒の裂け目。

 奈落の入り口と噂されるそれは、たしかに死と渡航を暗示している。


 考えるたび、頭を振って思考を散らせてきた。


 もし……もしも自分はすでに死んで……あのという名のこの世界に来てしまったのだとしたら、元の世界に戻ることは……はたしてできるのだろうか?

 肉体はどうなったのだろうか?

 谷に落ちたのだ……きっと原型をとどめず、いまごろはとっくに虫のエサにでもなっているだろう。

 そしていまのこの身体は、肉体ではなく幽霊のようなもの……?


 それを認めてしまったら……僅かに残った生きる希望が消えそうで辛い。 


「……俺はもう……異世界には帰れない……。死んで幽霊になったのだ……帰ったところで悲鳴を挙げられ除霊され、またここへ追い返されるのがオチなのだ……。……ああ……もう全てどうでもよくなった……もう、俺のことは放っておいてくれないか……」


 蚊の鳴くような声で言うクロード。

 アルテマも同じことを考えていたと思うと俄然、悪夢に現実味がのってくる。

 偽島は深い溜め息をついて、


「……あなたの帰る帰らないはどうだっていいんですよ。私はあの子供巫女と集落の連中をどうにかするためにあなたを雇ったんです。これ以上無断欠勤を続けると解雇させていただきますよ。もちろんこの部屋からも出ていってもらいます」

「……お前はあれか? 血も涙もない類のエゴイストか?」

「それで結構。働けないと言うのなら、どうぞそこらで野垂れ死んでくださいな」


 それを聞いたクロードはしばらく思案した後、


「そうか……それも一興だな」


 と、病んだ目で起き上がった。





「おそらく……その龍が原因じゃな」


 アルテマの訴えを聞き、水晶玉(ガラス)を覗き込みながら占いさんは言った。

 部屋は四方を紫色のシートで覆ってキラキラと光るラメがふりかけてあった。

 暗いロウソクの火に照らされ、法衣を纏った占いさんが不気味に座っている。


「いや、ワシら相手に雰囲気を出さんでいいから……」

「なんじゃ元一よ、ノリの悪いやつじゃな。いや、最近法力が戻ってきたからな、昔みたいに占いを再開してみようと思っとるんじゃ」

「あんた、悪魔憑き祓いをしとるやないか……ヒック」

「それはそれ、これはこれ。ワシの本職はこっちじゃからな」

「で、その玉に神託が下ると言うのか? あの龍が原因とはどういうことだ!?」


 アルテマが聞く。

 すると占いさんは「むむむむ……」と怪しげに呻くと水晶玉(ガラス)を撫で回すように腕を回した。

 すると水晶玉(ガラス)が法力を受け、怪しく光り出す。

 それを見て占いさんはうなずくと、


「……かの龍は世界の門番。世界は龍によって繋がれ……龍によって閉じられる」


 歌い上げるよに抑揚と言葉をつむいだ。


「……世界の門番……そ、それと開門揖盗デモン・ザ・ホールが使えなくなったのと何が関係してくる??」

開門揖盗デモン・ザ・ホールの半分は異世界の魔素により作られしもの……それを繋いでいるのが龍脈。そしてその龍脈を操っているのが神龍……すなわちあの龍よ」

「ん?……どういうことだ?」


 頭を傾ける六段。

 それにモジョが、


「……ようするに、あの龍が邪魔して開門揖盗デモン・ザ・ホールが異世界に届かないんだ……ねむい……」


 ボソボソと解説する。


「ほお……つまり電波が届かんようなものか?」

「……そういうことだ……ぐうぐう……」

「となると……どうすればいいの?」


 ぬか娘が占いさんに聞くが、


「……それは……わからんな」

「え、どうして? それを占ってくれるんじゃないの?」

「……占いは万能ではない。あくまで、行くべき道を示してみせるだけのもの。苦難を前にして最後に決断するのは己のみ。……若者よ、恐れず進め。なにがあろうと全てが糧になり己を成長させてくれるじゃろう……」

「……とか言いつつ……なんじゃこの古本は」

「おお、なにをする、やめんか!?」


 占いさんの膝の上、水晶玉(ガラス)の死角で見えないそこから元一が取りあげたのは一冊の古ぼけた本だった。


「……これ……住職から借りてきた古文書じゃな。……占いとか雰囲気出しておるが……ただこいつを読んでただけじゃな……」


 あきれ顔で見つめるみんな。

 占いさんはバツが悪そうに頬を掻くが、すぐに開き直って、


「占いなんての、種を明かせばこんなもんよ」


 大の字になって寝そべった。

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