第104話 川沿いの攻防⑥

「な……き、きさま……まさかアルテマの姿を……」

「そうですよ。え~~と、元一さんとおっしゃいましたか? そのの正体を世界にバラされたくなければ、大人しく言うことを聞いて頂きましょうか?」


 偽島はスマホに映る、とあるSNSの投降ボタンに手をかけながら威圧的に笑った。そして無様に倒れているクロードへ目線を移すと、


「さ、九郎さん立ち上がって下さい。全ては計画通りになりました」

「……く。そ、そうか……。し、しかし、本当は俺が勝つ予定だったがな……。しばらくぶりのブランクで剣技も魔法も……すっかり錆びてしまっていたようだな」


 見苦しく負け惜しみを言いながらも、よろよろと立ち上がるクロード。

 なんとかストラッシュにやられたアザを擦るとアルテマを睨みつけ、


「……貴様……これで勝ったなどと思うなよ? 今回は俺の腕が錆びついていたのと、そこのジジイが邪魔した結果だ。一対一なら俺は絶対に負けん!!」

「何のことを言っている? 私はお前なんぞに負けた記憶などないが? ……もしかしてあの吊り橋のことを言っているのだったら、とんだ思い上がりだな。あれは陛下を逃がすため、殿しんがりを引き受け、体力と魔力が尽きたところをお前がひょっこり現れただけではないか? まさかそれを勝っただなどと思い込んでいるのならば、そのお花畑の脳みそを治療してもらったほうが良いと思うぞ? なんなら私が祓ってやろうか?」


 言われたクロードは、プライドと怒りでみるみる顔が赤くなる。

 そして再び、手にラグエルの光を灯すと、


「お、お、お、お、面白い!! ならばとことんやり合ってやろうかっっ!!!!」


 激高するクロード。それに反応して元一が弓を構え、アルテマは左手を黒く燃やす。

 しかしそれを偽島が制して来た。


「お止めなさい九郎さん。もう充分です。……それどころか、この世界でこれ以上の騒ぎを起こせば我々の方が不利になってしまいますよ? 宿命のライバルなのはわかりますが、相手は……少なくとも姿形はいたいけな少女なのです。ヘタな行動は謹んで下さい」

「ぐ……ぬぬぬ……」


 そう言われては引くしかなくなる。

 彼とて、この世界で15年生きてきた。

 この世界、この国で、十歳にも満たない少女(見た目だけ)を大の大人が傷つけることは、いかなる理由があろうとも重罪に値する。

 いまの攻防だけでもかなり際どいと言えば際どい。


 偽島が対岸を指差している。

 そこにはスマホを抱えて動画を撮影している半裸の女と葉っぱまみれの女。それから気持ち悪いデブの男。そしてもう一人、本格的なビデオカメラを持った男が、穴だらけの校舎の窓からこっちを撮影していた。


「わかりますよね。今日はここまでにしといた方が良いのですよ。どうやら向こうにも情報の扱い長けた人間がいるようですのでね」


 そういうと偽島は特に校舎にいるヨウツベに注目し、鬱陶しそうに笑う。

 しぶしぶ魔法を引っ込めるクロード。

 それを横目に偽島は元一に忠告する。


「今日はここで引かせてもらいますが、明日からは工事の予定を進めさせて頂きますよ? まずは橋を修復するところから始めますが、邪魔しないで頂けますね? ……もしまたトラブルがあれば……」


 偽島は再びスマホを掲げると、アルテマが魔法の炎を操るシーンとハチマキが外れてツノがあらわになるシーンを映して見せた。


「これが世界中に流されて大騒ぎになります。……そこのお嬢さんは異世界人として……さて、どうなるのでしょうね? 少なくとも、もう、あなたと一緒にのんびり食事をとるなんて穏やかな暮らしは出来なくなりますね、元一さん。……よくお考えくださいね」


 いやらしい笑いを浮かべ、偽島は勝ち誇ったように背を向ける。

 そこへ、計ったように向かえの社用車が現れて、


「さ、九郎さん、帰りましょう。明日からは忙しくなります。あなたには一応私のボディーガードとして働いてもらいますからね」

「クロード、だ。ちょっと待っていろ」


 クロードは忌々しげにアルテマへと近づくと、


「勝負は一時お預けだ。それから帝国への援助も止めろ。……続けるようなら」

「……援助? なんのことだ?」


 とぼけるアルテマに、クロードは一枚のボロボロになった厚紙の切れ端を見せてきた。

『ビタットスメクタ・アルファB錠』

 色あせ、かすれてしまっているがその文字ははっきりそう読めた。

 それを見たアルテマの目が大きく開かれる。

 それは確かにこのあいだ異世界へ送った解毒剤の切れ端だったからだ。


「貴様の師匠……裏切り者のジルの魔素も感じた。……おおかたあのうっとおしい魔術開門揖盗デモン・ザ・ホールでこの世界の物資を転移させているのだろう? ……そのせいで俺は父上に叱責されこのザマよ。……あれから15年経った……その間、どれだけ帝国に援助をした? ……それで我が栄えある聖王国が滅ぼされるとは思ってはいないが、忌まわしい行為には違いない。止めてもらおう。それでもまだ続けると言うのなら。俺はこの地で犯罪者をなろうとも、お前を手に掛け、その首を聖王国に捧げることになる」

「いや、だから……15年って何のこと――――」

「いいか。忠告したからな。殺されたくなければヘタな行動をとるなよ? あと決着もあとで折を見て必ずつけてやるからな!!」


 そう一方的に告げると、車へと乗り込み去っていくクロード。


「いや……けっきょく倒しにくるんじゃないか……?」


 相変わらず格好ばかりで支離滅裂なことをいう聖騎士だとあきれる。

 しかしそんなことよりも、ヤツの言う15年云々の方が気になって、アルテマはその場に立ちとどまり、しばし車を見送るのだった。

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