第99話 川沿いの攻防①

 夕方になって。


 パッパーーーーーーーーッ!!

 と、車のクラクションが鳴る。


 桟橋で呑気に釣りをしていたアルテマと元一、六段の三人はその音にハッと顔を上げた。

 対岸の広場には荷物を山盛り積んだトラックが一台。

 異世界へ送る物資を集荷して返ってきたヨウツベたちである。


「こらーーーーーーーー!! そんなけたたましい音たてるなーーーー!! 魚が逃げるだろうがーーーーーーーーーーっ!!!!」


 そんな彼らに理不尽な文句を叫ぶ六段。

 ヨウツベは疲れ切った顔をしてトラックの窓を開けると、


「ひどいこと言わないで下さいよ~~~~!! こっちは汗だくでいままで頑張ってきたんですから、大変だったんですよ~~~~!?」


 荷台には合計1トンぶんの種芋や苗、種がダンボールに山積みされ、その積み込みをした四人はもう完全にへたり込んでいた。

 普段働きもせず怠けていた代償がもろに出ているようだ。


「なにをそれしきで情けないことを言っとる!! ほれとっととこっちに運んでこんか、もたもたしておると日が暮れてしまうぞ!!」

「そっちまでどうやって運ぶんですか!?」

「そのままトラックで橋を進んでこい。途切れたところに板を渡すからそこからはこいつに載せ替えて運ぶ」


 言って六段は用意していた大八車をバンと叩いた。


「ええ~~……ってことはまた1トンぶん……今度は降ろさなきゃいけないの……ダメ……もう腰が限界……お腹もすいた……動けない」


 死んだ魚の目になって、ぬか娘が後部座席でもごもごボヤいているが、


「今日も鮎がいっぱい釣れたぞ。報酬として半分わけてやるからもうひと頑張り頼めないか?」


 釣った魚を両手にアルテマが誘いをかける。


「ア、ア、ア、アルテマちゃんの釣った魚……た、食べる……食べるわ……私……」


 弱々しいながらも目にハートマークを浮かべ、ちょっと元気になるぬか娘。

 隣ではモジョが安い女め……とつぶやく。

 トラックはゆるゆると狭い仮設橋梁へと進んでいく。


「……まだ途中まで運べてよかったよ。連中の作った橋が、まさかこんな形で役に立つなんて皮肉だよね」


 慎重にハンドルを回しながら苦笑いするヨウツベ。

 工事用重機も進めるように頑丈に作られているから安定性に問題はないが、ガードレールのような安全柵が何もない。

 中型免許は持っているが、トラックを運転するのは十年ぶりくらいなのでかなり緊張している。


「……馬鹿を言うな、もともと連中が道を崩さなければ……橋など使うこともなかったんだ……」

「それはそうだけどね」


 疲れて眠気も限界だと不機嫌に返してくるモジョ。

 まあ、彼女の言う通りではある。

 やがてトラックはちょうど川の真ん中あたりに差し掛かる。

 そのとき。


「聖なる光の使者よ、その在りし理の秤を持って裁きの陽を紡ぎ出せ――――ラグエル!!」


 謎の声。謎の詠唱があたりに響き渡った。

「え、なに!??」

 同時にまばゆい光が現れ、それがちょうどトラックの真下にある橋桁へと大砲のように飛んできた!!


「――――なっ!???」


 その力言葉と光の玉にアルテマは見覚えがあった。

 異世界の、聖王国の魔法であった。


 ――――ゴガッッッゴ……ズゴゴゴゴゴゴンッ……!!!!


 光の玉が直撃した橋桁は、まるで抵抗することなくゼリーのように貫かれ、その穴の周囲が水に侵食された砂のように崩壊する。

 支えのなくなった橋はガクンと崩れ、途切れた先が川へ沈んでしまった。


「う……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁっ!???」


 突然傾いた橋に、コントロールを失ったトラックは横倒しぎみにそのまま――、


 ――――ざばっしゃーーんっ!!!!

 と川へと転落してしまう。


「お、おい、お前らっ!??」


 六段と元一が血相を変えて川を覗き込む。

 幸い車の窓は開けていたので水没こそは早かったが脱出も容易で、中の四人は、


「ぶわっな、な、な、なんだいきなり、は、橋が崩れて!??」

「ぶるがぼげぼがぼがぼ、な、な、んなんヨウツベさん!? なにやってるのごばごぼごぼごぼ!???」

「し、死ぬ、死ぬでござる。ま、ま、ま、まだ(ルナ殿)との子供もできてないのに、こ、こ、こ、こんなところで果てるわけにはイカンでござる!!」

「ねえ、あれ?? モジョ、モジョがいないよ??」

「僕じゃないよ橋が勝手に――――モジョなら沈みながらあきらめて寝ているよ」

「ダメダメダメ、いま一番あきらめちゃダメなとき!!」


 大騒ぎしながら、なんとか水面に浮かび上がってきた。


「こいつに掴まれぃっ!!」


 校舎の用具入れからロープを取ってきた六段はそれをヨウツベたちに放り投げる。

 そんなに深くない川だったが、それでも中央付近は車の背丈以上はあった。

 完全に沈んでしまった車内からなんとかモジョを引っ張り出したぬか娘は、届けられたロープを彼女に巻き付けオッケーサインを出す。


「そりゃアルテマ思いっきり引くぞ!!」

「わかった」

 

 ともかく仲間の救助が先!!

 アルテマは魔法の出どころを探す目を止め、六段を手伝った。





「ぜいぜい……はあはあ……な……なに……突然……? なんで……急に崩れたの……??」


 脱出に力を使い切ってしまったぬか娘。息も絶え絶えになって川の縁に転がった。

 ほかの三人も同様にそれぞれ息を荒げながら草むらにひっくり返っている。


「ああ……せ、せ、せっかくの荷物が……流れていく……」


 プカプカと浮かび上がってきた荷物は、それぞれ川の流れにのって小さくなっていく。それを悔しそうに見送りつつも、これはこれでおいしいハプニングだとカメラを回すヨウツベ。


 その傍らで、アルテマはかつてないほどの険しい顔をして対岸を見つめていた。


 殺気に満ちたその視線の先には、長い金髪を風になびかせ立っている一人の男。

 アルテマはその男から放たれる魔力の残滓を感じ取り、それが、あの忌まわしくも憎たらしい青二才聖騎士、クロードのものだとすぐにわかった。

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